新しい生活。
「3人の亭主にはつぎつぎ死なれ、なにも悪いことはしていないのに疫病神あつかい。この町に連れてこられるとき、手枷をつけられてるのを見られてるから。そのうえ皆から泥棒あつかい。仕事もなくて、飢え死にするか、体でも売るしかない。はじめから運には見放されてる。そんな私の前に、たった1本垂らされた細い縄があんたなんだ。見捨てるくらいなら、なんであのまま縛り首にさせなかったの」
深いところから絞り出すような低い声で、シェスはいった。
「見捨てることなんてできない。シェスが私を見捨てても、私があなたを見捨てるなんてことは絶対にしない」
突然、シェスは私に飛びかかり、私の頭を胸にかき抱いた。
「こういうのも、つらいの?」
なにがいいたいのかわからなかった。
「こういうのは―――」
私の頭を両腕で強く押さえつけ、叩きつけるように口づけをした。
「これは!」
両腕をわきの下に滑り込ませて、その華奢な体からは信じられないような力で私を抱きしめた。
「これもダメなの?」
なんとなく、シェスの考えていることがわかってきたような気がした。
「いや、別に触れただけで痛みを感じるわけじゃないよ」
急に抱きしめる力をゆるめ、上目づかいで私の顔をみるシェスと見つめ合う。
どちらからともなくクスクス笑いはじまり、最後にはゲラゲラと二人で大声で笑いあった。
「パンが半分しかなくても、全然ないよりはまし。それに、たぶん私は子どもが産めない体だと思うの」
ひとしきり笑ってから、シェスが優しい声でいった。
この気持ちが、贈物によるものであるかどうかなんてどうでもいい。
これからシェスを誰よりも幸せにすればいいんだ。
台所で私とシェスがイチャイチャしているのをみて、入ってきたベンユ爺さんが驚いた顔で固まる。
「シェスと私は一緒に暮らすことにしました」
「お、おう、それはよかったな。それより今日は仕事のことできたんだがいいか」
膝の上から降りたシェスが台所の方へむかう。シェスの姿が見えなくなったとたん、ベンユ爺さんが声をひそめて話しかけてきた。
「これはどういうことだ。昨日まであんなに険悪な雰囲気だったのに。それに大丈夫か、あの女はお前の金を盗んだんじゃないのか」
おなじように声を低くして、答える。
「すべてはヴィーネ神のお導きですよ。もう二度とあんなことはおこりません。それに、一緒に暮らせば、あのことは全部夫婦の痴話喧嘩ってことになるんじゃないですか」
ベンユ爺さんはなにかいいたそうだったが、シェスが酒と水差し、木のコップを持ってきたので口を閉じた。
「それで、仕事の話でしたよね」
「そうそう、知り合いが銅山で人夫をさがしておった。日当は銅貨1枚。やる気があるなら紹介するがどうだ」
銅貨1枚だと2人でギリギリ食べていけるかどうかという金額だが、とりあえず収入がないよりはいいだろう。どんな仕事なのかをきいてみる。
「鉱山は深くなればなるほど、地下水が底にたまって掘れなくなるらしい。そこで人夫を入れて水をくみだす仕事がある。誰にでもできるがキツイ仕事らしいぞ」
「背に腹はかえられない。ぜひお願いします」
ベンユ爺さんはうなずき、今日のうちに話を通しておくので、明日の4の鐘の時間までに西鉱山入口前にいくようにといい、今日は鉱泉に入らず出ていった。
「水のくみ上げはかなり疲れる仕事らしいよ。病み上がりなのに大丈夫なの」
シェスが心配そうにため息をつく。
「二人分の食い扶持を稼ぐんだから、せいぜいがんばるよ。無理だったらほかの仕事を探すことにする」
誰かのために生きるということは、一人で生きることよりずっと大変だが、ずっとやりがいがある。
しかし、幸福な時間はそう長く続かなかった。