実験。
3の鐘が鳴ったので目を開く。けっきょく眠ることはできなかった。
私の左腕を枕にして、シェスが眠っている。
腕を動かす起きてしまいそうなので、我慢しているうちに左腕の感覚がなくなってきていた。
なんとか腕の位置をずらそうとしているうちに、シェスが目をさます。
「ん、おはよう」
眠そうに目をこする動きに合わせて左手の位置を少しずらすと、腕に血液が流れはじめてチリチリと痛い。
掛け布団が少しずれて、シェスの形のいい乳房が目に入ってドキドキする。
「鉱泉に入ってもいいかな」
私がうなずくと、シェスは布団を出て一糸まとわぬ姿で扉にむかった。
その後姿に、つい視線をおくってしまう。
「昨日のことは気にしてないから。男の人は疲れてると、時々あるんだって。あなたも気にしないで」
ドアの手前で振り返ったシェスの白い裸体がまぶしい。
あいまいな笑顔をかえすと、シェスが出ていくのを見送る。
シェスの姿が見えなくなった直後から、自分の局部が元気さを取り戻す。
これが支払という贈物の力なのか。
私は願い、シェスの心を手に入れた。
しかし、それに対する支払は、シェスと肉体的に結ばれることができないということ。
もちろん、緊張しすぎたということが原因であるかもしれないが、なぜかそうではないという確信があった。
女性と同衾するというかつてない緊張から解放され、少し寝ておこうと目を閉じるとウトウトする。
夢の中で私は、2階の自分の部屋にいた。
ある仮説を試そうと試行錯誤中だ。
「お金が欲しい」
なんの反応もない。
そういえば、これまでの3回とも声に出して願ったことはなかった。
頭の中で、もう一度お金が欲しいと願う。
また、なんの反応もない。
自分では意識していないが、心の底からの願いではないのかもしれない。
方法をかえてみることにする。
正銀貨を1枚欲しい。
これもダメだ。
もっと真剣に。
薪のことは考えず、食材費だけでも手持ちのお金ではあと15日も持たない。鉱山の仕事があればいいが、なければ本当に飢え死にしてしまう。せめて正銀貨の1枚でもあれば、仕事を見つけるまで食いつなぐことはできるはずだ。正銀貨があれば、正銀貨の1枚でもあれば!
その瞬間、暗い部屋に黄色い光が満ちはじめた。
こんな簡単に。こんな簡単なことで贈物が発動するのか。
しかし疑問も残る。
いままでの人生で、なんども心の底から願ったことはあった。
飼っていた犬のピピが死んだとき、朝まで冷たくなった体を抱きしめて、生き返ってほしいと願ったのは嘘ではなかったはずだ。
大好きだったおばあさんが死んだとき、どんな代償でも支払うから生き返ってほしいと願ったが、なにもおきなかった。
なぜあの時に贈物は発動しなかったのか。
その時、入口の扉になにかの影がチラチラしているのに気がついた。
ちょうど、金属に光が当たって反射したような影が。
光っている自分の体と、扉の影の位置関係から反射している場所を探す。
窓の下に光っているものがあるようだと見当をつけたとき、体から光が消える。
いそいで窓際に近寄ると、そこに正銀貨が1枚落ちていた。
毎日掃除はしていたが、たしかに自分の部屋の掃除はあまりしていなかった。
しかし、心当たりのない正銀貨が部屋に落ちているなんてありうるのだろうか。
自分が落とす以外、この部屋に正銀貨が落ちている可能性はない。
自分の贈物が、願いをかなえるものであることへの確信はますます高まった。
問題は、なにを支払するのかということだ。