掃除と確信。
久しぶりにゆっくり眠ることができた。
意識を失うようにだったり、朝方までおきていて、疲労に耐えきれず少しだけ眠るような浅いものではなく、しっかりとした深い眠りだ。
布団の中で手足を伸ばし、左手を握ったり、開いたりしてみる。
違和感はもうない。
枕もとの水差しから木のコップに水をそそぎ、一気に飲み干す。
階段を下りて、一目散に鉱泉にむかい、肌着を脱ぎ散らして飛び込む。
鉱泉が真っ赤に染まっていたのは何日前のことだろう。
今はその痕跡はどこにもない。
ベンユ爺さんが洗い流してくれたらしいが、あのまま私が死んでしまえば、爺さんもこの鉱泉を使いにくくなっただろうと思う。
まだまだ暑い日が続いているので、鉱泉は少し肌に冷たくて心地よかった。
食堂の営業もやっていないので、今日も掃除くらいしかすることがない。
体力はほとんど回復したように思えるので、明日にもベンユ爺さんに鉱山の仕事を頼んでみてもよいだろう。
食料の在庫もほとんどなくなってきたので、食うためには働かなくてはならない。
鉱泉を堪能し、乾いた布で体を拭くと、脱ぎ捨てた衣服を身に着けて表の扉を開けておく。
急に泊り客が来るとも思えないが、閉まっていると勘違いされるのもこまる。
中庭の井戸から水を汲み、食堂の水のかめを満たし、鉱泉の中にある体を流すときにつかう水も継ぎ足しておく。
乾燥豆と香草はあったが、肉も野菜もなかったので、麦粉をスープに足してとろみをつけて腹を満たそう。
かまどに火を入れ、これも少なくなった薪を使って、鍋に入れた水を温める。
小袋から、残っているお金を全部テーブルの出して所持金を確認する。
銅貨10枚に鐚銭3枚。
パンくらいは買っておくべきだろうか。それとも、せっかく窯があるのだから、自分でパンを焼くのはどうだろう。しかし、パンを自分一人で焼いたことはないし、薪代だってバカにならない。家ではいつも母親が2週間に1回パンを焼いてくれたが、7人家族のパンを焼き上げるのは一日仕事だった。男一人で食べるパンなら、買ってきたほうが間違いなく安くつくだろう。
鉱泉を温泉にするために、薪を山ほど使ったことをいまさら後悔した。
鍋が煮立つ前に、乾燥した豆と香草を入れる。肉もなにも入っていないので、腹を満たすだけのものになるがしかたない。
スープができるまで、1階の部屋の掃除をしていく。お客さんもいないのに、なぜ毎日掃除してもホコリが無くならないのか不思議だが、箒と雑巾で各部屋をきれいにしていった。
1号室と2号室を片付け、もうそろそろスープができたころかと台所にもどる。
クツクツと鍋が煮えていたので、麦粉を水に溶いたものを素早く鍋に回し入れた。
これで豆がゆの出来上がり。
木の椀によそい、食べはじめる。
味も素っ気もないが、腹はくちくなった。
木の椀を水につけ、掃除の続きだ。
1階の掃除を終わらせ、2階の掃除にうつり、気がつくと6の鐘が鳴っていた。
すみずみまで掃除をした満足感に包まれながら階下に降りると、入ってきたベンユ爺と出くわした。
いつもは鼻歌交じりで入ってくるベンユ爺さんの顔が、なぜか曇っていた。
「なにかあったんですか」
「表に、あの女がおる。気をつけろ。お前を逆恨みして殺しにきたのかもしれん」
渋い顔でいうベンユ爺さんのことばとは裏腹に、私の心は浮きたった。
シェスに会える。
向こうから会いに来てくれた。
私には、ベンユ爺さんの心配は杞憂であろうという自信がある。
そして自分の身に起こっていることへの疑念が、確信にかわりつつあった。