拒絶。
シェスがハッと息をのむのがわかった。
なにかをいいたそうな表情でこちらを見るが、自分からことばを発することはない。
「夫婦のあいだの出来事には、おたがいの合意があれば、罪を軽くすることができるという法律があるそうです。あなたと私が結婚していたなら、それほど重い罪にはならないと思います」
「でも、あんたと私は結婚なんて―――」
「結婚していたことにすればいいんです。正式なものでなくとも、二人が実は結婚していたといえばそれでいい。たったそれだけのことで、あなたは縛り首にならないんです」
ことばが牢獄の壁にしみこんだころ、シェスは突然ケタケタと大きな声で笑いはじめた。
「金で私を自由にできなければ、今度は命をカタに私を自由にするつもりかよ。お前のいいなりになるくらいだったら、縛り首になるほうがマシだ。スケベじじい! はやくここから出ていけ。それとも力ずくで私をものにしようとするのか?」
釈放されたあとに、シェスを結婚の名のもとに縛りつけるつもりもなかったし、お金でいうことをきかせようというつもりもなかった。
ただただ悲しかった。
私は、シェスが縛り首になるのをみたくないだけだ。
金貨20枚は、昔の生活のことを思えば途方もない大金で、それを失ったことへの失望で私は自分の命を絶とうとまでした。しかし、こうやって助かってみると、お金なんてくだらないもので、働けば自分の飯代くらいは稼げることに気がついた。それにこの町唯一の宿屋は自分のもので、雨風をしのげて安心して眠れる場所があるのに、なぜ死ぬ必要があったのか。自分の愚かさに気がつくことができたことを、ヴィーネ神に感謝した。
「なにしてるんだい。あたしもタダではやらせないよ。指くらいかみちぎってやるから、覚悟してきな」
毒づくシェスをみて、なぜか涙があふれてきた。
惚れたものの弱みか、これほど嫌われてもシェスを憎むことができなかった。
シェスを抱きしめたかった。守ってあげたかった。そして自分のものにしたかった。それができるなら―――。
チキチン、チキチン、チキチン。
おもわず振り返るが、後ろには音のするようなものはなにもない。
音のことをきこうとするが、驚きの表情で私をみつめている姿をみて、自分の体がまた黄色く発光していることに気がつく。
「あんた魔法を使ってるの」
シェスは、おびえたようにこちらをみていた。
違う、といいたかったが、ドアをノックする音でさえぎられた。
鍵を開ける音がして、すぐにドアがひらかれる。
「次の見張りが早めに出勤してきた。すまんがはやく出てくれ」
体からの光はすでに消えていた。
シェスに背を向けると、牢獄をでていく。
ある決意を胸にして。
翌朝、ベンユ爺さんとともにメコアの代官ネドのところへむかう。
代官所の入口でベンユ爺さんが取次ぎを頼むと、ほとんど待たされることなく奥に案内された。
「おはよう、ベンユ殿。そしてロワさんだったかな」
普段より何倍も丁寧にあいさつし、すすめられるまま椅子にすわった。
ベンユ爺さんが、なぜ代官にこれほど顔が利くのかはわからないが、頼りになることはたしかだ。
しばらく天候の話などがかわされたあと、ベンユ爺さんが今日代官所をたずねた理由を語りはじめた。
「ニカン・ネド様。じつは、このロワがネド様にぜひ頼みたいことがあるというので、お時間をいただきました」
代官はチラリと私をみて、爺さんに話の続きをうながした。
「単刀直入にいうと、このロワから金を盗んだシェスティンという女の罪を許してもらいたいのです」