赤い花。
服を脱ぎ、短剣を手に鉱泉に入ろうとしたとき、あることが頭をよぎる。
全裸だと、後で見つかった時に恥ずかしくないだろうか。
つまらないことばかり気になる自分が、おかしくなって笑う。そんなことはどうでもいいじゃないか。
浴槽に右足を勢いよく突っ込む。
「熱っ!熱い!」
あわてて湯船から足をあげると、湯につかった部分から下が真っ赤になっていた。
「さっきはちょうど良かったのに!」
誰に向けてよいのかわからない怒りから、大声をだしてしまう。
焼いた石からは今も熱が鉱泉に伝わっており、たくさん焼き石を入れすぎたことで湯温が上がりすぎたのだと気がつく。
熱くて浴槽にはいれないので、火ばさみと桶を取りにいき、焼き石を半分くらい取り除いたうえで、鉱泉を流すためにくみ貯めた井戸水を桶で湯船にくわえて湯温を下げる。
全裸で汗だくになりながら、湯温の調整をしていることがおかしくて、ニヤニヤしてしまう。
なぜ今日は、こんなに笑顔がでるのだろう。
世の中のしがらみから逃れることを決めたから、心が軽くなったのか。
もう一度、お湯をかきまぜて湯温を足ではかる。
まだ若干熱い気はするが、入れない温度ではない。
そろそろと湯船につかり、体を伸ばす。
あー、この風呂というものを考えた人は間違いなく天才だ。
体がとろける。
しばらく風呂を堪能する。
このままずっとこうしていたかったが、いろいろと無駄に手間取ったので、あまりゆっくりするわけにはいかない。少し前に5の鐘がなったのはきこえたので、あと1刻もするとベンユ爺さんがきてしまう。
短剣をさやから抜く。
革細工でできた短剣のさやは、濡れてきたない色に変色しているが、手入れをかかさなかった短剣の刃には一点の曇りもなかった。
手首に短剣を押し当てる。
こわい。
死ぬのがこわいのではなく、血がこわいのだ。
左手をお湯につけ、右手の短剣もお湯の中にいれて手首にあてがう。
視線をあげる。
これで見えないはずだ。
手首にあてた短剣を、押しつけながら引く。
引きつるような痛みを感じる。
思っていたよりずっと痛かったので、つい自分のお湯の中の左手を見てしまう。
赤い花が湯の中で咲いていた。
私の命が流れ出している。
そして、なぜか体から黄色い光があふれだしていた。
あまりのまぶしさに、思わず目を閉じる。
この光は魂が抜けるときの光なのか?
もうどうでもいい。目を開くつもりはなかった。
「おい、ここにオッサンがいるぞ」
この声はテシカンだ。
「神託通りです。はやく手当てを。私が回復の術を使いますので、お湯からだしてあげてください」
神官のビッデだ。
「俺たちみんなで魔竜を倒すんだ。先に死のうなんて、そうは問屋が卸さないぞ」
声しかきこえないが、クデンヤがニヤニヤしているのはわかる。
「とりあえず止血を」
この冷静な声はウゼだな。
なんで、みんなここにいるんだ。
まさか私を助けにきたのか?
役に立たないオッサンを?
照れくささと、私をまだ仲間と思ってくれていたことへの感謝の気持ちでいっぱいになる。
私も―――――。
その瞬間、意識がもどる。
浴室には誰もいない。
チョロチョロと鉱泉が流れこむ音だけが響いていた。