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なんで教えてくれなかったんだ?

 「ひまだなー」

 「お客さん全然きませんね。よびこみでもしましょうか」

 「まだ食堂をはじめて3日目なんだから、しかたないよ、シェス」

 まだ、シェスと呼ぶたびに少し恥ずかしい。

 もうすぐ正午の六の鐘がなるというのに、食事をしようとするお客さんは一人もこない。

 食堂が奥まっていて外から見えないことも、閑古鳥が鳴く理由の一つなのかもしれない。

 しかし、このヒマな三日間で、いろいろろシェスのことを教えてもらった。

 その中には、知っている話もあれば、知らない話もあった。

 結婚していて、夫とは死別し子どもはいないこと。

 3人の夫がいたことまでは、心が痛むのか話してくれなかったが。

 生まれ故郷ははるか南の漁村で、父親が鉱山で一旗揚げようと子どものころに引っ越してきたこと。

 父親は鉱山の落盤で死に、母親に育ててもらったが、その母親も最近病で死んだこと。

 肉より魚が好きだが、このあたりでは魚はあまり食べられないので悲しいこと。

 生まれてから、自分の母親以外の女性とこれほど話をしたことはなかった。兄の嫁とも、ほとんど口をきいたことがないのだ。出会ってたったの五日だが、シェスにどんどん惹かれていく自分がいた。


 「おい、客を連れてきてやったぞ」

 表の方から、ベンユ爺さんの声がする。はいと返事をして、出迎えにいくと、ベンユ爺さんと見知らぬ壮年の男がいた。

 「たしか、はじめてだったな。これがワシの息子のパノカンだ」

 男は軽く頭を下げていった。

 「いつも父が迷惑をかけて申し訳ない。ロワさんには本当に感謝しています。こんな寂れた宿屋を買っていただいたおかげで、息子をハリシルの学校へやることができました。本当にありがとうございます」

 バノカンさんは30歳くらいに見えるから、私より間違いなく年下だろう。年齢的に子どもは十を少し越えたくらいだろうに、遠くの町の学校にいくというのは、どういうことなのだろうか。いろいろと疑問を覚えるが、初めてのお客様にまずは料理だ。

 「いえいえ、こちらこそいつもベンユさんにはお世話になっています。料理をだしますので、そちらのテーブルに座ってください」

 シェスが、笑顔でいらっしゃいませとあいさつをする。

 なぜかバノカンさんが、一瞬ぎょっとしたような顔をした。

 「料理は一種類、日替わりで用意していんですが、それでかまいませんよね」

 二人がうなずいたのをみて、台所にむかう。

 かまどで炙っていた鶏肉の表面を、包丁でうすくそぎ落とすように切る。これは旅の途中、屋台の店が炙った鶏肉をパンにはさんで売っていたのをみて思いついた料理だ。平たい皿に辛子をそえた鶏肉を盛り付け、横にはパンの塊をのせる。朝食用に用意したスープを、小さめの木の椀によそう。町の食堂で見た日替わり定食というのがこういうものだった。二人分を用意し、シェスにテーブルまで運んでもらう。包丁の脂をさっとふき取り、食堂にもどる。

 「味はどうですか。大きな町の食堂で出していた、日替わり定食というのを参考にしてみたのですが」

 二人はちょうど鶏肉を辛子につけて食べているところだったが、なぜか浮かない顔をしていた。

 「この鶏肉はうまい。しかし、いいにくいんだが、なんでこのスープ味がしないんだ?」

 もちろん味見はしているし、煮詰まって味が濃くなることはあっても、味がうすくなることはないはずだ。

 「ベンユさん、味見させてもらってもいいですか」

 ベンユ爺さんの椀から直接スープの味をみる。

 ちょうどいい塩気だ。

 バノカンさんをみる。バノカンさんも無言でうなずく。

 シェスをみると、バツの悪そうな顔をしてうつむく。

 なんで教えてくれなかったんだ?

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