旦那殺し。
「毒婦ってどういうことなんですか」
驚いて、思わず大声でベンユ爺さんにたずねる。
「うーん、なんといっていいのかわからんが、とにかくあの女は男を不幸にするんだ」
「不幸にするというのは?」
ベンユ爺さんは、いうべきかいわざるべきか一瞬迷ったようだったが、すぐにことばを続けた。
「あれの旦那が3人死んどる」
もちろん、あれだけの美人だし、20を超えている年齢なのだから結婚している可能性があることは理解できる。
シェスティンさんが結婚しているとは、まったく考えもしなかったが。
「はじめに結婚した相手は、たしかフータという大工だったかな。男のほうも器量よしで、美男美女のお似合いの夫婦じゃったな。しかし、旦那のほうが1年もたたないうちに体を悪くして、病でコロッと死んだ」
もちろん、人にはあまり知られたくない過去があるし、そういう私も魔竜退治から逃げ出したのだ。
「後家さんになったあの女は、たしか代官所のなんとかという40すぎのオッサンと再婚したんだが、その相手も半年たたないうちに川で溺れ死んだらしい」
事故死なら、運が悪かっただけかもしれない。
「そのあと、たしかベメという鉱夫と再婚したはずだが、その男も結婚して半年くらいで落盤で死んだ」 「鉱山はもともと危険なんですから、事故が起きても不思議ではないんじゃないですか」
「まあそうかもしれんが、立て続けに3人の男が死んだことはたしかだ。このへんのものは、あの女を旦那殺しってよんどるよ」
「それはひどすぎませんか!」
また大きな声をだしてしまう。ベンユ爺さんは悪気があっていったのではないだろうが、旦那殺しとはあまりにもひどいいいようだ。それに―――
「おまえ惚れたんじゃないのか」
ベンユ爺さんがニタリと笑った。
私はそんなことはないと、首を振る。
「まあ、あれだけの器量よしだから、一目惚れするのはわからんでもない。ただ、ワシはせっかく宿屋を譲った男が、不幸になってもらいたくないだけだ」
「ベンユさん、そういうことじゃなくて」
否定すればするほど顔が赤くなってしまい、ベンユ爺さんのニタニタ笑いがますます激しくなる。
「まあ、店の手伝いをさせるだけなら問題ないかもしれんな。そもそも宿屋の食堂に、飯だけ食いにくる人間がどれほどいるかもわからん」
もともとひと月ほど、宿に泊まらない人にも食堂を開放してみるということだったから、深く考えずに雇ってもいいのではないだろうかと、自分を納得させる。
「そうですね、とりあえず、しばらく食堂だけを開いてどれくらいお客さんがくるか試すだけですから、あまり心配しなくてもいいですよね」
「そうだな、ワシは風呂に入ってくるわ」
そういって、手ぬぐいを肩にかけて爺さんは鉱泉の入口へ入っていった。
シェスティンさんにどんな過去があろうと、仕事の上でのつきあいだから問題はない。
料理の下ごしらえ程度はお願いできるし、むさ苦しい男が料理を運ぶよりはお客さんも満足してくれるはずだ。
大きな町では、飯屋で料理を運ぶのはみんな女性だったし、きれいな女性店員は看板娘などといわれて、その看板娘目当てに男の客があつまる店もあった。シェスティンさん目当てにお客さんが殺到しても困るが、はじめのうちは、まず人を集めないと話にならない。
真剣に、食堂で出す料理のメニューを考えなければ。
ベンユ爺さんに知恵を借りてもいいかもしれないし、シェスティンさんに教えてもらうのも一つの手だ。
いろいろなことを考えながら、退屈な毎日から抜け出すことへの期待に胸を躍らせていた。