第七話 影人の里の戦い 其之四
最初はただ過剰に甘えて来ただけだと思った。笑いながらお仕置きと称してゲンコツを落とし、その後で泡影達の元まで連れて行って謝罪させる気だった。
「ぐ……頼む…………里を……泡影を……」
体を動かせるわけではない。苦悶の表情にて懇願する赤星。その背中は何があったのか、大きく肉が抉れて出血が止まらない。
医療の知識など無くてもこれはわかる。放っておけば死ぬ。
「くそ……っ! ジンギ! ジン太! 泡影と合流して里の民を守れ!」
声がかき消されぬよう炎を解除してからそう叫けぶ。
(クッソ! どうして考えなかった私の馬鹿! 赤星がこれだけ悩んでたんだ、なら赤星が裏切らないかどうか見張る奴だっているだろ普通! 最初の襲撃だって何故赤星一人だと思い込んだんだ、普通なら協力者がいると考えるべきだろうが!)
つい先日まで普通の女子高生だったのだ。平和の国からやってきた少女にそこまで考えろというのも酷だろう。しかしフレアはそれを良しとしない。言い訳などしない。全てを背負うと決めたのだ、そこに妥協は存在しない。
「赤星、多分死ぬ程痛いと思う。だから噛んでろ」
赤星を抱き起こし、衣服越しに自分の肩を噛ませる。断じて趣味ではなく治療する為だ。そしてしっかりと肩に歯を食い込ませたのを確認するし、赤星の背中の傷口に触れる。
大きく抉れて出血は激しいが深くはない。これなら出血さえ何とかすれば最悪の事態は免れれるだろう。
これはほぼ直感だ。医者でもないのだからそれが正しいのかなんてわからない。だがどんな形でも血を止めない事には間違いなく死ぬ。
「よし、良い子だ。良い子だがらちゃんと我慢してくれよ」
そうして、フレアは赤星の背中に触れている手に魔力を込める。最初は燃やして傷口を塞いでしまおうかと思った。が、刺し傷などを塞ぐだけならまだしも、抉れた傷口を燃やすのはどうかと思ったのだろう。
だから今回は熱だけを操ってみる。熱を操り体温を上げるのではなく、【熱を奪う】。出来るかどうかなんてわからない。やるしかないんだ、と。
熱を奪う範囲を傷口に周辺に固定、物を燃やす為に熱を操り温度を上昇ささせるのには慣れたが、熱を奪うのは初挑戦。
(集中しろ。里の民はアイツらがいたら大丈夫、今は赤星に集中しろッッ!)
瞳を紅く輝かせ、熱を奪うべく手の平に魔力を集中させる。己の手の平が焼けるように熱い。熱を奪えているという事だろうか。
相当痛むのだろう。赤星も苦悶の表情でただただフレアの肩に噛み付いている。犬歯レベルでしかないが、それでも鋭いキバが深く食い込み血が流れる。
だが、それでもフレアの集中は途切れない。
そして、時間にしてまだ一分も経っていない。フレアは玉のような汗を浮かべ、息を荒く立ち上がる。赤星は気を失い、その場に崩れ落ち、その背中には薄く氷が張っている。
治療……応急処置でしかないが治療は完了した。後は近くで身を隠している黒幕を見つけ出して灰にする。
(しっかし……爆炎っつってんのに凍らせるとか笑うしかないなこりゃ)
一先ずの心配事が無くなり、自身の二つ名を変更しようかと思ってしまう程度には余裕が戻って来た。右肩の怪我、赤星に噛まれた部分は予想を遥かに超えて酷い怪我になっていると思われる。痛みで動かせないのと、出血が想像以上に酷いからだ。
それでも問題はないだろう。
これまでに無い程に頭の中は怒りで染まっているが、妙に冴えている。
「んで、ノコノコ出てくるとはいい度胸だなオイ」
「出て来ないと勧誘出来ないでしょう?我が主の為に優秀な従僕が必要なのですよ」
全てが終わった後、フレアは立ち上がったところで背後に一つの気配が現われた。それだけでわかる。コイツは決して強くない。強くないが、とても危険な匂いがする。
「ふぅん、安心しろ。私はお前はいらんし、お前の主人も燃やし尽くす予定だからな」
そうして振り返り様に炎を一発発射する。
「……なるほど、イライラさせるのが上手いって事は理解した」
その炎は背後に立っていた、まるで黄色を主にしたピエロのような格好の男の胴体に直撃するも、その男が炎に巻かれる事はなかった。炎が直撃した部位が黒い霧のようなのに変化して四散したのだ。
「いやいや素晴らしい威力ですよ?我が主に比べれば大分劣りはしますがね」
「ほう?言うじゃないか」
「事実ですから。ですが貴女が強いというのも事実ですよ?爆炎の巫女姫様」
素顔を隠すように着けられた道化の面の口元、隙間から男の口がいやらしく歪んでいるのがわかる。とても不快だ、そして悍ましい。
「んで、お前の目的はなんなんだ?」
故に簡単に攻撃は仕掛けない。このタイプの相手はまともに相手してはいけない。強いのは此方で間違いないだろうが、リスクが高過ぎる。
「目的?あぁ………まあいいでしょう。私の目的はそこにいる死に損ないの真なる魔人化、我が主の為にさらなる強さを得てもらおうと同胞殺しをけしかけたのですが、貴女に邪魔されてしまい計画はおじゃんですよ」
「んで、顔を出した目的は?」
「単なる腹いせですよ。せっかく育てた魔人が簡単に他の魔族にやられるなど面白くないじゃないですか」
「ふぅん、よくわかった。お前がクソ野郎だって事にな」
怒りに身が震える。短気は直さねばならないと前々から思ってはいたが、赤星は最早フレアの臣下だ。それを馬鹿にされたのはどうしても許せない。
が、相手の実力がまだ未知数な時点で戦闘を仕掛けるのは握手でしかない。先程の赤星との戦いもそう、勝負には勝ったが強さだけで言えば赤星の方が強いのだ。相性と、赤星の心の弱さにより勝利出来たに過ぎない。
そんなフレアの不安を感じ取ったのか、ピエロのような男は戯けたような足取りで彼女の隣へ。
「まあ安心してください。確かに貴女は今はまだ弱いが魔王の器、それを摘むような真似はしませんし、寧ろ強く育って欲しいと思っていますよ。フ、レ、ア、さ、ま」
ゾクリ、と背筋に悪寒が走った。冷汗が止まらない。背中が冷たくなる。
思わず男の方へと向きなおるも既にそこに男の姿は在らず、ただ嫌な空気だけがその場に残る。
“それと、覚えておいてください。私の名前は【カンパネラ】また貴女様を迎えに来る貴女の忠実な僕となるものです”
その声だけが場に響き、止むと同時に嫌な気配も消えていく。
何はともあれこれでこの戦いは全て終わったはずだ。カンパネラと名乗ったあの男の言葉を信じるならば、これ以上この里が狙われるような事はないだろう。
思えば泡影との出会いから緊張の連続だった。
「ンナァーォ」
そこへミケがやってきた。フレアの足元へと擦り寄り、フレアはそんな愛猫を抱き上げる。するとミケは敬愛する飼い主の、フレアの頬に顔を寄せ、ペロリと彼女の頬を伝っていたものを舐め取った。
緊張の糸が切れたのだろう。本当は怖かったのだろう。無理もない。彼女はまだ生まれて十五年、さらに魔族としては0歳なのだから。
そうしてペタンと力無くその場に座り込み、ミケの腹に顔を埋める。
「ミケ……先が思いやられるよ」
誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
こうして彼女の魔族としての、魔王としての異世界生活、初めての戦いは終わりを告げた。
カンパネラ、もちろん名前のモデルはリスト作曲の世界的難関曲です。カンパネラって名前使いたかったんですよ。ずっと




