第五話 影人の里の戦い 其之二
「んで、そもそも何故狙われているんだ?見るからに何もないただの荒れた土地だろ?」
影人の里、里長の家。そこにフレアはいた。
この里を守る為に戦おうにもこの里の何を守るのか、敵はなんなのか。知らねばならない。
木材を適当に組み、そこに藁を重ねただけのような質素な家、床も地面に藁が敷いてあるだけである。里長の家でこれなのだ。この一族相当には貧しいのだろう。
それでもせめてもと、主君の為に差し出された途轍もなく苦いお茶。しかも湯呑みは大きめの木の実をくり抜いて作ったであろう歪なもの。
だがどんな物でも、どんな者でも私の民となった者達だ。受け入れ流ことすら出来ずなにが王だと苦いお茶を飲み干し、パサパサのおにぎりを口に詰め込みながら話を聞いている。
「それは一年程前の話になりま___」
「森の神が消えて、その隙をついて魔物やら魔族やらが襲ってきたんだろ?それは泡影から聞いた。私が知りたいのは魔物が何の理由があって此処を襲ったのか、だ」
横になり、頬杖を付きながらもまだおにぎりを食すフレア。彼女は襲われるのなら襲われるだけの理由があるはずだと考えている。しかし、与えられた情報は少ない。
影人は森の神を祀る種族。
森の神の加護の元に生活している。
この二点ならばまだわかる。この影人達だけが加護を受けているのが気に食わないのだろう。それで横取りを試みる。だが、問題は森の神が消えてから襲撃が始まったという事実。
「お前達は何か他の魔物に恨まれるような事はしてないのか?」
次に考えるのは怨恨。今までは森の神の加護があるから手が出せなかったパターン。これなら加護さえなくなれば恨みを晴らす事が出来るのだから。
「とんでもない! 我らはただ少ない森の恵みの恩恵にて必死にこれまでを過ごしておりました。争い事は森の神の嫌う事でもあったので、そのような原因となる事は決してしておりません」
「そうです! むしろ私達は森の番人としても知られており、逆に皆を守ってきた歴史もあります」
恨み……と言うと、顔を真っ赤にして反論してくる里長と泡影。
これは図星か、それとも純粋にあらぬ疑いを掛けられて怒っているのか確かめる術はフレアにはない。
ならばとフレアは冷静に、的確に突かれては痛いであろうところを攻め始める。
「森の番人……ねぇ、その森を番する者が、その一族が魔物の襲撃を防げなかったのか?犠牲者の数の半端じゃないんだろ?」
シャリ、と今度は砂のように乾いたリンゴに齧り付く。歯応えは特になく、口の中にザラザラと嫌な感触が残る。
「そもそもおかしいんじゃないか? 此処は地形的な確かに集落を作るのには適しているかもしれん。背後は崖で、臭いから察するに近くに川も流れている。守りさえ固めれば、番人と呼ばれる程の力を持つ者達なら多少の魔物達の襲撃があってもこんなに被害は出さずに済んだんじゃないのか? ……なぁ、本当の事言えよ。お前らが何をしてようが今はもう私の臣下だ。民の、臣下の罪くらいは一緒に背負ってやる。だから話せ。本当の事を」
本当の事を話せない事情があるのはわかる。それくらいは察せる。だが、本当の事を言ってもらえないと動けないのも事実だ。
仮にこの影人達に罪があるのならば、それを知らずに迫る魔物達を退治していいはずもない。人として、王として、罪なき者を裁くのは許されるはずがない。
そこまで考え、服の中に潜り込んでいたミケを引きずり出してそのモフモフに顔を埋める。一時間に一回はこれをやらないと死ねる。
やがて、沈黙が流れる。時間にして一分程だろうか。
里長はポツリと、話し始めた。
「…………この里を襲う魔物、いや、魔人は名を【赤星】と言います。元はこの里の出身者で、此処にいる泡影の兄にあたる優秀な若者でした」
「………………。」
里長の隣に座る泡影は下を向いたまま動かない。
「事の始まりは今より十年程前。泡影が熱病に掛かりまして、普段の我らならどうって事のない、数日もすれば治る程度の軽いものでしたが、泡影は一月もの間苦しみました」
フレアは熱病と聞いてインフルエンザを思い出す。アレは辛かった。
元々【実花】出会った頃、彼女はとても病弱で、よく兄に面倒を掛けていた事があった。
(兄さん……大変だったろうなぁ……)
ふと日本に、元の世界に残してきた兄の顔がチラついた。決してモテるタイプではないが、カッコいいわけでもないが優しい自慢の兄である。が、家事が一切出来ないので早く元の世界に戻ってあげないと家が大変な事になる。
(その為にも、今は頑張るしかない、か)
と、思考が脱線し始めたがなんとか軌道修正。
「赤星はそんな、苦しむ泡影を見兼ねて此処より遥か北。旧魔王領にある帝国へと向かいました。薬を手に入れる為に」
(なるほど。それで帰って来ずに、暫くして帰って来たと思ったら人が変わってたってパターン、か)
正解である。
泡影の兄、赤星は帝国へと出向き、そのままこの里は帰って来ることはなかった。薬だけが赤星の飼っていた鳥型の小型魔獣によって届けられたのだ。
そして一年前、赤星はこの里へ帰って来た。まるで別人のように残虐な性格となって。
「最初は他の魔族に操られているのかと思いました。しかし、記憶も意識もしっかりとあるのです。ただ残虐となり、強くなり、赤星を討つのに躊躇うばかりに里の者達は次々と殺されて行きました」
「……赤星とやらは影人なんだろ? 影人ってのは魔族って括りでいいのか?」
「へ? ……あ、はい。そうですが、なにか?」
「里長よ、お前さっき赤星の事を魔人って言ったよな?何なんだ魔人ってのは」
それは素朴な質問だった。
フレアは最初にジンギから受けた説明の中で、魔物と魔獣、魔族があると聞いている。
例外はあるが、簡単に魔物のエリートを魔族。知性のない動物型の魔物を魔獣。そのどちらでもないものは一括りに魔物になると言っていた。
つまりその説明でいけばフレアや泡影、影人達は魔族。一応名前持ちであるジンギやジン太も魔族になるのだろうか。魔獣でもいい気がするが。
「あ、はい。魔人とは魔族より頭一つ抜けた存在……と思っていただければ間違いはございません」
「ふーん、力を持った魔物が魔族で、その魔族の中でもさらなるエリートが魔人ってとこか?」
「はい、そのような解釈で合っております」
「ふむ、なるほどな……つまりお前らは、自分達では手に負えない不良息子を私に押し付けて殺させる気だったと?」
段々と語気が強くなる。眼にも怒りの色がまだ僅かだが宿っている。
「私に、身内殺しに加担しろと?」
声のトーンが低い。紛れもなく怒っている。
その空気に耐え切れず、里長と泡影が頭を下げる。例え血の繋がった兄だとしても、これ以上の悪事は許されない。すでに同胞を何人も殺し、その身を朱に染めてきた兄を、どうかこれ以上の被害が出ない内止めてください、と。
事情は理解した。涙ながらに地面に額を擦りつけながら懇願してこられては溜飲も下がる。それに、護ると約束したのだ。相手が誰であろうとその約束を破る気はない。
だが、泡影の兄なのだ。フレアも、実花も兄が何かをしでかしたならばきっと涙ながらに同じように懇願するだろう。一番辛いのは泡影なのだ。
そう理解し、「よっ」と小さく声を漏らして座り直す。
「先に言っとくぞ。結果がどうなるかなんてわからんが、私はその赤星を殺すつもりは欠片もない。だが、止めてやる。止めて大人しく真面目に罪を償わせてやるよ」
甘い。甘過ぎる。なんて魔族らしからぬ。なんて魔王らしからぬお言葉だと。されどなんて暖かく優しく、力強い言葉なのだと、里長と泡影は体を震わせる。
本来我ら魔族は力こそが全て。弱者は強者に付き従うのみ。戦いとは常に命を賭けるもの。その常識を根底から覆す言葉にこの二名は並々ならぬ期待を寄せる。
確かに強者の風格はある。それだけの力を感じる。だが恐らくは赤星のほうが強い。だが、目の前の太々しい態度を取るこの新しい主君はそれだけではなかった。
己の全てを捧げられる。尽くし、支えて行きたいと彼らの内に深く広がるその想いに嘘は付けない。
「巫女姫様、どうかお願い申し上げます。どうか我らが同胞赤星をお救いください」
心よりの平伏。その様にフレアは嬉しそうに口の端を持ち上げる。その隙より見える牙が妖しく色気すらも感じられる。
「さて、それじゃその赤星とやらに備えて参戦会議でも____」
突如、爆音。空気が爆ぜ、酸素が大地が木々が燃える。
ほんの数秒前まで聞こえていた子供達の笑い声は悲鳴と変わり、泣き叫ぶ声も聞こえてる。
「クッソッッ! タイミングが良過ぎるにも程があるだろ!」
恨みの呪詛を口ずさみながら里長の家を出る。そこに広がるのは一面の炎。藁葺きの家々はあっという間に炎に巻かれて崩れ落ち、どのような質素なものであっても我が家が崩れる事実に泣き崩れる老人達。
怪我人もチラホラと見える。ジンギとジン太が抱き抱えて他の者を引き連れ避難を促している。
影人は泡影曰く十四名。此処から見えるだけで九名、里長の家に二名、まだ三名の安否が不明だ。
咄嗟に走り出しその三名を探し出そうと駆け出したその瞬間、彼女の額に鈍い衝撃が走った。
「____っグ……ク、……痛ぅ……」
思い切り仰け反り、思わず呻く。この痛みは元の世界で野球部のファールボールが額に直撃した時のそれよりも痛い。涙目どころではなく普通に涙が出て来るが、今はそんな事より影人達の身の安全を。
そう思ったのも束の間、今度は頭頂部に剣道部の田嶋から受けた本気の面打ち以上の衝撃を受け、無様に地面へと這いつくばる。
意識があるだけ凄い。とも言いたいが二発の頭部への攻撃、そのダメージはフレアの体から自由を奪う。元々人に本気で殴られるなど経験してるはずもなく、他者からの直接的な悪意をその身に受ける事すら初めてなのだ。
本当なら恐怖に押し潰されて泣き出しても誰も責められまい。
しかし、彼女は違った。
動きたくないと、寝ていたいと叫び声をあげる体を恐怖政治で支配、無理矢理にでも動かして立ち上がる。ゆっくりとした動作だが、その様は心配して駆け寄ろうとしていた泡影を立ち止まらせて、黙らせる程に。
白い肌に、端整な顔に血の筋が出来ている。が、その眼は血の色以上に怒りに燃えている。
「へえ……凄いね。本気で殺すつもりで打ち込んだのに生きてるどころか立ち上がれ____」
「お前が赤星……か?」
「ん? あぁ、そうだよ。俺が魔人赤星。この地を統べる本物の王者だ」
「そうか……取り敢えず赤星」
「ん?なに?」
「取り敢えず跪け。私は今激おこだ」
うーん、展開早いかな?それとも進みが遅いかな?気になる点やアドバイスなどありましたら是非ともお願いします。




