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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第二章 死闘
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第四十六話 雪解け

「いやー、かなり溶けてきたなー」


「そうですね。これで森の恵みも少しは回復する事でしょう」


「うむ、停まっていた田畑の世話も再開しなければな。今からまた忙しくなるからな。覚悟しろよ?」


「はい、必ずや姫様のご期待に添えてみせます」


ニコリと柔らかな笑みを浮かべ、自身の育てた茶葉を用いて淹れた茶を啜り、風精霊(シルフ)のメルシィは答えた。

本来ならば農作物の管理などは森精霊(エルフ)に任せたい所なのだが、残念ながらこの国、緋色の国フィリアにエルフはいない。


森精霊、エルフとは森や泉、地下や遺跡などに居を構える事が多いとされる長寿の種族である。

長寿とはいえ、それはあくまで人間に比べての事であり、数千年生きたり……とかではないが、城塞都市国家ダムドの王立図書館には二千年生きたエルフの魔女伝説を綴った小説(全六十三巻)があり、現在緋色の国フィリアの中央広場となっている場所に建てられている東屋で、メルシィとお茶を共にしているこの国の王であるフレアも二十巻まで持っている。


二人はこの大雪のせいで停滞していた食料についての話をしている。

今でこそ大雪でなくなったものの、魔物達の国、楽園となったこのフィリアには多数の移住希望者がいる。戦闘に長けた種族から戦う事が出来ずに庇護を求めてやって来た種族まで様々だ。


戦えない者、傷を負い満足に働けない者、それらの全てを赤毛の魔王は受け入れている。彼女はとても甘い性格で既に有名になりつつある。


「で、姫様、このまま雪が溶ければ次は移住希望者の対応になります。老鬼様が頭を痛めてましたよ」


「あぁ……ジンギには頭が上がらんよ」


「でも姫様は受け入れを止めるつもりはないんですよね?」


「あぁ、私が国を作ったのは力無き魔物達を守ろうと思ったからだ。力が無くとも平和に生きられる国にしたいんだ。私は」


「素晴らしい心掛けです。流石我が姫様です」


微笑みながら空になったフレアの湯飲みにメルシィはお茶を注ぐ。この大きめの丸太テーブルはフレアのお気に入りで、割と本気で忙しいジン太に無理を言って作って貰ったものだ。


そのテーブルの上にコトリと小さな音を立て湯飲みが置かれる。茶柱は倒れている。ちなみにメルシィの湯呑みは茶柱は立っている、

深緑の茶は土を焼き固めて造られた湯呑みの高い保温効果に助けられ、淹れられて時間が経つものの未だに湯気を立ちのぼらせている。


そんな自国産の湯呑みを両手で持ち、あちちと漏らしながらもフレアは一口。これがまた美味い。と頬を緩ませる。


「なあメルシィ。そろそろコイツも売りに出せるんじゃないか?」


「んー……そうですね……現在数はある程度揃えられましたが、それでもまだ二百に満たない数ですし、工房も暫く停まっていましたし、量産体制は整ってはいない……というのが現状です」


「逆だよ逆。量産体制が整っていないからこそだ。市場流通量が多ければ一つあたりの価値はそれだけ下がる。が、逆に流通量が少ないとなればどうなる? 一つあたりの価値としては跳ね上がってもいいんじゃないか?」


これは湯呑みの話だ。フレアは口から離し、テーブルの上にコトリと置いたその湯呑み、それを売りに出そうと考えているのだ。


この大雪のせいで野生の魔物素材の採集が行えず、武器や防具の作製販売に力を入れていたフィリアにこれは痛い。しかし、この湯呑みなら……土を焼き固めて造る茶器等生活用品なら直ぐにでも取り掛かれるのではないかと思ったのだ。

確かに現在は専門の工房は停まっている。しかし、その工房自体は材料となるフレアの屋敷の裏手の崖の麓から幾らでも採取できる。


採取は出来るのだが、問題は造る事の可能な量だ。市場に流す為、数を売るためには数を造る必要があるのだ。

しかしフレアはそれは必要ないと。

需要と供給の関係で、供給に対し需要があまりにも多かったらどうなるのか。答えは一つしかない。

手に入らない物を手に入れるには金を積むしかないのだ。

所謂プレミアである。


「しかし姫様、言いたい事はわかりますが、それにはまずこれらの物に大衆が目を向けさせ購買欲を高めなければなりません。いきなり販売して売れるというわけでは……」


「そりゃそうだ。いきなりポンと出して売れるわけがない」


「ではどのようにするおつもりですか?」


メルシィは少々……いや、かなりの疑いの目をフレアに向けている。フレアがあまりにも自信満々に話すからだ。

フレアが自信を持って何かを提案したものは失敗する。それはこの緋色の国フィリア幹部の間では常識だ。


哀れな王はそんな猜疑の目で見られているなど気付かずに無い胸を張る。


「簡単だ。購買意欲を高めてやればいいんだよ。コイツは物としての性能はいいんだ。じゃあそれを信用に足る者が宣伝すればいいんだよ。そうすりゃ簡単に火が着くさ」


ニヤリと笑みを浮かべ親指で一つの家を指す。それはこの国に常駐している城塞都市国家ダムドの国交大使、ベルモート・ダムステリアの住む家だ。


「ベルモートはダムド国内では無類の人気を誇る王族で、第六魔王襲来の際に終戦の立役者と【されている】男だ。ダムド国内でイベントを開催し、その時にベルモートがこれらの土器を使えば知名度は跳ね上がる。それにそもそも性能なら他の茶器と比べてウチのは断トツだしな」


後は知名度だけだ。と続け、フレアは湯呑みを持ちお茶にフーフーと行きを何回も吹き掛ける。炎の使い手なのに猫舌なのはどうなのか。……フレアの猫舌はともかく、メルシィは考える。今回のフレアの提案は悪く無いのだ。


ベルモートが宣伝役となるならば知名度において問題は無い。一つだけ……不安な点があるとすれば、それはフレアの言っていた【イベント】。一体何をするつもりなのか、お茶会でも開くつもりなのだろうか。


「内容は前から考えていたんだ。ダムド国内ではまだ魔物差別が強く根付いている。それを払拭する方法をな」


「それでその方法とやらにベルモート様をこの茶器の広告塔として参加させる、と?」


「そういう事だ」


「……まあ確かに……ダムドは我が国と国交を結ぶ唯一の国にして人魔共生を唱えてはおりますが、未だに魔物差別は絶えません。差別な対する刑法まで出来ているのに、それを取り締まる役人が差別を行うような状況ですからね。姫様が何を考えているのかは分かりかねますが、差別解消の種となるならば……と、私は思います」


メルシィは晴れ渡る空を見上げる。

雲がいくつか連なり何本もの道を作り空を駆けている。雲に彩りを奪われまいと青い空はこの季節に対し全力の太陽を刺客に送る。

雲一つない快晴とは違うが、数日前までの吹雪とあいまり心地の良い陽気となりフレア達を包んでいる。


氷精(ブリザード)達は皆つまらなさそうに口をとんがらせていたが、それでも大雪が続くのは一国民として心配していたらしく、今ではどこかホッとしたような表情を見せている。


この国は、緋色の国フィリアは平和だ。魔物の国という性質上、その平和という言葉には幾許かの疑いはあるが、とにかく彼らは平和である。つい先日まで大雪と言う攻撃を受けていたのは忘れよう。


そしてメルシィは思う。姿形は様々で、美形のもの、醜いもの、人型のもの、異形の種、様々な種族が此処には住んでいるが、皆なんの諍いもなく協力し合って生きている。

なのに何故人間はああなのだろう。自分達とは少し、姿形が違うだけで恐れ、見下し、迫害する。

もちろん魔物は凶悪だ。人語を理解せずに人を襲い、喰らう種もいる。しかし、全てがそうではないのだ。人間にだって狂ったように魔物を襲う者もいる。

互いが互いを恐れ、嫌悪し、殺し合う。極端に言えばお互い様なのに。


「姫様、正直私は怖いです。人間は」


メルシィは元奴隷だ。その見目麗しさから性奴隷として売られる所をフレアと神崎博之が彼女を解放した。

彼女が人間に囚われる時、共に住んでいた一族の者は奴隷商の雇った傭兵に殺された。正直彼女は人間を憎んでいる。


「メルシィ、それは私も同じだ。私は人間が恐ろしく、そして憎い。あれ程醜悪な種は他にはいないと思っている。もう本当に大嫌いだ」


だが、それはフレアも同じ。元人間として、魔物となり人間を見て、フレアは【人間】というものに心の底から失望した。人間は滅ぼすべきだ……とまで、今でもそう思っている。

しかし、全ての人間が醜悪なわけではないとも理解している。この国に住む百人近い人間達、ベルモート、カトレア、クレア……そして神崎博之。


「だがな、私は私を信じる者を守る。神崎博之達も、私を信じてくれる私の大切な者達だ。奴らを私は裏切らん。そして私達の国の発展に人間の力は不可欠なんだ。気が進まんのはわかる。だが堪えてくれ。全ては私達の平和な未来の為だ」


「……いえ、申し訳ありません。言葉が過ぎました。


「過ぎちゃいない。お前達の言葉を聞き、そして真剣に考えるのが私の仕事だ」


「ありがとうございます。私は本当に……この国にこれて幸せです。生涯を掛けて姫様に仕えます」


「なら【姫様】ってのはそろそろやめないか?」


「却下です。姫様は姫様なのですから」


一体いつになれば姫様呼びは無くなるのだろうと、この国の王フレアは溜め息を吐きつつも、どうにか話を反らせたと安堵の息を混じらせる。


ベルモートにも参加させるダムド国内で行なうイベント……まだメルシィに聞かれるわけにはいかない。聞かれたら恐らく……いや、間違いなく拒否されるだろう。泡影に話を持っていくのもいいが、きっと彼女も嫌がる。だから水面下で、もう引き返せない所まで進ませるのだ。


(クックック……普段私を軽く見る我が臣下共よ、思う存分私の役に立つがいいわ)


「ん? 何か仰いましたか?」


「いや、なんでもないぞ?」


「でも、なんか笑顔が怖いですよ?」




◇◇◇




その頃のクレアさん。


「あら、どうかしたの? 鳥肌が立ってるわよ?」


「何でもないわ……いや、なんとなくね、私の親友が何か途轍もない悪巧みをしてるような気がしただけよ」


「凄いピンポイントな予感ね……」

だいぶ亀ですが、少しづつ書けるようになってきました。

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