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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第二章 死闘
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第四十五話 八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を

バキバキバキィと、大木が悲鳴をあげてその場に倒れる。

天を裂く雷が辺りを火の海と変え、降り注ぐ大粒の雨がそれを掻き消していく。

一人の黄金の少女の呻き声や悲鳴をあげる体に鞭を打ち必死に大地を蹴りつける音。それらの全ては雷の音、燃え盛る火炎の音、激しい雨の音に掻き消されて誰の耳にも届かない。


刻は既に深夜。

篝火などあるはずもない人の立ち入らぬ死の山は人の目では一寸先すら見えぬ闇。有り難いのか有り難く無いのか荒れ狂う天の雷が照明の役割となり、そこで見えるは激しい戦闘の軌跡。


薙ぎ倒された木々に抉られた大地、焼け焦げ煤けた樹木を辿っていけばそこではまたも戦闘の傷痕。さらに辿ればそこにあるのは大口を開けて喰らいつこうとする怪物の頭に剣を突き入れる黄金の少女。

この雨と雷はそんな怪物の断末魔をも搔き消している。


一体いつから戦い続けているのだろう。

一体いつから雨は降り続いているのだろう。

時間に換算すればもう十時間近くは戦い続けているのではないだろうか。


目の前の怪物が生き絶えたのを確認したのち、少女はこの山に入ってから初めての休憩を取ろうと近くの浅黒い肌の樹木に背を預ける。

疲れた。否、そんな次元はとうに超えている。剣を振るう腕は限界を超え幾多もの毛細血管が切れ、全体的に紫がかっている。……いや、紫がかっているであろうとの推測だ。この闇の中で青白い稲光りに照らされる少女はあまりにもか細く見えた。


「*******」


少女の口が僅かに動いた。

何かを呟いたのだろう。それが何かに向けた言葉なのか、はたまた独り言や弱音なのかはわからない。

わからないが、口を僅かに動かした後に少女は再び歩き出した。


それからまたいくつかの死闘を超えた。

少女の体にはいくつもの傷が付いており、また全身は返り血で濡れている。それがこの山での戦いの激しさを物語っている。


切り捨てた魔物の数は百を超えたところから数えていない。そのどれもが凶悪極りない怪物そのものであった。

そしてそんな怪物共を屠り続けた少女もまた、人の身を捨てているのかもしれない。





「やっと……本丸……ね」


幾多の戦いを越えた少女が辿り着いたのは山頂にポツリと佇む然程大きくはない一軒の屋敷。

此処にフィリアに大雪を降らせた元凶がいるのかと、屋敷のみずぼらしさに若干の困惑を覚える。指定地域に大雪を降ら降らせるなどあまりに規模の大きな魔術の使い手が居している等とはとても思えない。


二階建てで、平米数で言えば百程……これでは屋敷というよりはただの一軒家だ。騎士王国サザンドラにある彼女の家の方が十倍近く大きい。

屋根や外壁は長い間風雨に晒されていた為か所々剥がれ落ちており、外壁も何箇所か煤けた部位が目立つ。

明らかに人が住めるような屋敷、一軒家ではない。


が、油断は禁物だ。

世の中には東屋のようなボロ屋に住む実力者だっているのだ。少女の親友の赤毛の魔族も最初は屋根も何もないハンモックで夜を過ごしていたと聞いている。


何よりも屋敷の中より漏れ出てくる尋常ではない程の恐ろしい何者かの気配。

相対してはいないもののこの気配、中にいるのは黄金騎士の称号を持つ彼女が万全の状態でも勝てるかどうかは怪しい。さらに言えば今の体調は最悪と言って差し支えない。


しかし、逃げるわけにはいかない。親友の為にも彼女は戦い、そして勝たねばならない。

生まれて初めての……魔物を憎み騎士として女を捨てて生きてきた彼女の生まれて初めての同性の友人の為に、彼女は意を決して屋敷の扉に手を掛けた。



「あら、いらっしゃい」



扉を開けてすぐ、少女は地に……床に伏した。

体調の悪化でも体力の限界でもない。単純に言葉の【重さ】に押し潰されて。


同時に理解する。

【これ】はこの大雪の犯人ではない、と。


【これ】の力、些細な言葉にすら人を殺せるであろう重さを持たせる事の出来る実力者ならばフィリアは今頃氷漬けだ。

故に【これ】は犯人ではない。

犯人は……そう、【あれ】だ。


少女が視線を泳がした先にあるのは苦悶の表情で生き絶えている_____と、思われる_____魔術師のような格好をした床に転がる木乃伊(ミイラ)だ。

何があったのかはわからない。しかし、場を見る限りでは【これ】が【あれ】を殺害したのだろう。


そして【これ】は少し意地悪そうな笑みを浮かべて少女を見つめている。

ロッキングチェアに座り、手に読んでいる最中と思われる小説…に見える一冊の本を持ちながら。


「で、お嬢ちゃん。貴女の目的は私? それともこの死体?」


【これ】は少女に向けた話し掛けた。その言葉には先程のような重さはない。

見た目こそ【これ】も少女だが、その身に纏う魔力とも違う別次元の力を見るに、【これ】は少女ではない。

見た目だけならば十代後半……しかし、その実数百年もの時を生きているかのような落ち着きが感じられる。


_____間違いない。【これ】は魔王だ。それもかなり上位の。


そう結論付けた少女はゆっくりと立ち上がる。もう重さは解かれている。

そして【これ】の横に転がっている木乃伊……やはり死体のようだ。見る限りでは特に外傷は見当たらない。何か能力による死なのか……。


どちらにせよ勝てる相手ではない。彼女の親友の赤毛と、黒髪の少年と三人で掛かったとしても二秒も持つまい。それ程の、それ以上の差が感じられる。


「貴女は……何なの?」


聞きたい事、知りたい事は他にも沢山有ったろう。しかし口に出せたのはそれが精一杯。


恐怖からなのか、はたまたただの緊張なのか、妙に喉が乾く。

そんな少女の心境、知ってか知らずか【これ】はとても和やかに笑みを浮かべた。


「私は私よ。他者は私を魔王だとか好き勝手に呼ぶけども、私は私の自由を謳歌する一人の一つの生命体。それが私よ。……で、自己紹介はこれでいいのかしら? 貴女は私に貴女を紹介してはくれないのかしら? 騎士王国サザンドラ出身、城塞都市国家ダムドの冒険者ギルドに籍を置き、今は森を治める炎の巫女姫を守護するA級ギルドナイト、黄金騎士のクレア・アームレストちゃん」


「そこまで私の事を知っているんなら必要ないでしょ。それより、私は貴女の事を何も知らないわ。私の事を知っているんなら、私だって貴女の事を知る権利はあるわよ」


「権利とは義務を果たした者が得られる褒賞よ? 貴女は何かそれだけの義務を果たしたのかしら?」


「そうね、なら権利という言葉は取り下げるわ」


「殊勝な心掛けね。で、どうするのかしら?」


「お願いするのよ。私は私の友の為、何よりも私の為に貴女を知るのは大きな意味がある。と、ね」


少女の……クレアの背中は冷たい汗で濡れている。面と向かい合うだけで発狂しそうな程に恐ろしい。

発狂しそうな程に恐ろしい反面、どこか守られているかのような安心感もある。魅了させられてしまったのかとも思ったがそうでもない。

【これ】には安心出来るだけの何かがある。それが圧倒的な強さなのか、はたまたカリスマなのか、その正体はわからない。


「友の為、ねぇ……確かにあの子は数千の魔物を率いて国を起こした大魔族、魔族の国の王、魔王と呼んでも差し支えはないのだろうけど、それで私を知るのとはどう関係があるのかしら? まさか私を知って私に戦いを挑もうとかは思わないわよね?」


「いいえ、無駄な争いを避けるためよ」


「私の力を利用でもするつもり?」


「利用されるつもり?」


周囲の温度が下がった。_____気がした。実際にはそんな事はないのだろう。しかし、そう感じる程にクレアの全身を寒気が襲った……が、それだけの事。殺す気ならとっくに私は殺されている。逆に言えば生かされている。生かされているのなら可能性はある。


「そうねぇ……ここ百年、何も目新しいものなど無かったのよねぇ……」


クレアの問いに腕を組み、相も変わらず和やかな笑みを浮かべたまま此方をジッと見つめてくる。あまりに真っ直ぐ見つめてくる。裏があるのかないのか、それすらもわからぬ程に真っ直ぐに。


しかし相手は魔物、魔族である。それも非常に強力な、赤毛に会う前ならばその存在を知るや否や聖騎士に助力を乞いすぐさま討伐に向かうであろう程の。

油断は出来ない。一挙手一投足に全神経を集中させて様子を伺う。


きっと何かしらの無茶な要求をしてくるだろう事は分かっている。魔物は狡猾なのだ。下手をすれば緋色の国フィリアの軍事的な情報を引き抜こうとしてくる可能性もある。なんとか可能な限り此方側に不利な交渉は_______________


「そうね、貴女達の国に遊びに行ってみたいわ」


ほら来た。緋色の国フィリアの内部情ほ_____


「それと勘違いはして欲しくないから先に言っておくけれども、別に緋色の国の内部情報とかそんなのいらないわよ? だってそんなの必要ないもの」


違った。


「え……どういう_____」


「言ったでしょ? 遊びに行ってみたいと。ずっと代わり映えのない退屈な毎日なのよ? たまには新しく出来た町に行って羽を伸ばしたいと思うのは人間の貴女も一緒でしょう?」


いつの間にか【これ】はクレアの背後に。肩にポンと手を置き、優しく危なく怪しく恐ろしくも安心してしまうような笑みを浮かべる。


「と、言うわけで善は急げね。向かいましょうか。私達が戻る頃には緋色の国も雪は止むでしょう。犯人は私が殺したものね」


何処と無く楽しそうに、【これ】はクレアの手を取り引っ張って行く。本当にただ面白いものを見に行くだけのつもりなのか、本当のところはクレアには知るよしもない。


「わ、わかったから、わかったから引っ張らないで」


「なら早く歩きなさい。そんなにゆっくりしていると退屈に追い越されるわよ? 魔物嫌いちゃん」


「私は生き急ぐ気はないの。……それよりも私の名を知っているのなら名で呼んで。それと、まだ貴女の名を聞いてないわ」


「あらごめんなさい。よろしくお願いするわね、クレアちゃん」


「そうね、『よろしく』お願いするわ」


目の前の異形より手を差し出され、クレアはそれを取った。果たしてこれが吉と出るのか、それとも凶と出るのかは今はまだわからない。


「と、私の名前だったわね。私の名は【八雲(ヤクモ)】よ。誰が付けたでもなく、気が付いたらそう呼ばれていたわ」


幾重にも重なる雲の名を持つその魔物。背はクレアと同じくらい、格好は赤と白のチェックのワンピースといった消してセンスが良いとは思えない。

しかし、そんな事などどうでもいい。何故なら彼女の髪と瞳の色が悍しいほどに紅かったから。

更新がずっと止まっていて申し訳ないです。仕事を変えまだ落ち着いておらず、中々更新出来ずで楽しみにしてくださっている方々、すいません。


今回のタイトルは日本神話にてスサノオが詠んだ日本初の和歌です。知っている人は知っていたかと思いますが、このタイトルが果たして伏線なのか、なんとなく使ったのか……どうなる事やら(困惑)

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