第四十三話 黄金騎士、出陣
遅くなりました。ようやく更新です。
それは豪雪荒れ狂う辛い程の寒さ。体感は【寒い】ではなく【痛い】。
もし温度計、気温計などと言う物があれば恐らく気温は氷点下を優に突破している事だろう。だって振り回した濡れタオルが二秒で固まるんだもの。
いつもなら視界に入るのは昔と比べ立派になった木造建築物にはしゃぎ回る子供達なのだが、今その目に映るのは陽気に飛び回る氷精達。人の形はしているがその体は氷で形成され目も口もない氷を司る精霊族。
その隣で優雅に舞を披露するは透き通るような淡い水色の髪と白い着物の雪女。
現在緋色の国フィリアは前代未聞の大豪雪に見舞われ雪や氷の魔物達の楽園と化している。
楽園……民を治める王として国民が楽しそうに過ごせているのは良い事なのだが、異常気象とも言えるこの吹雪の中で無理矢理外に連れられ無駄に高いテンションの氷精達に雪合戦を申し込まれ、此処ぞと集中攻撃を受けるのは何か違うぞ、と半ば諦めたような表情でこの国の最高権力者にして国内最強の魔族、魔王を名乗る赤毛の少女フレアは甲子園球児真っ青の投球フォームで雪玉を投げ返す。
しかして流石は氷を司る精霊である。この吹雪で力が増しているのか風を切り裂く速度でフレアの豪速球を苦もなく躱し、逆にフレアの顔面へと投げ返す。
雪や寒さで力を得る氷精達とは違い、フレアの持つ属性は【火】。
寒さに弱いわけではないが、能力、力を百パーセント発揮するのはどうやら厳しいようである。その証拠……と言えるものかは微妙だが、己の能力である【炎熱操作】により暑さ寒さには滅法強いフレアも今は首にマフラーを巻いている。
「ねぇ……赤影さん、ここって毎年こんなに吹雪くの? だとしたらよく今まで生きて来れたわね」
「いんや、これは紛れもなく異常ですな。この地は元々雪は滅多に降らぬのですよ」
「って事は?」
「何かしらの魔物、または人間の高位術師の仕業でしょうな」
「ふーん……兵糧攻めってやつ? 全く……いやらしいわね……あ、フレア、流石にダウンしたわね。この寒さの中よくやるわね、本当に」
黄金騎士クレアと影人族が頭領赤影。二人は現在雪合戦が繰り広げられている広場に設置されている東屋にて茶を啜っている。この国、フィリア原産の特製茶は微量ながら体力回復の効果を持つ優れもの。この茶は現在同盟を結んでいる城塞都市国家ダムドに輸出、最高級品として売られている。
輸出されるのは茶に限った事ではなく、魔獣の皮や骨、爪など様々な素材を使用して武器や防具を作製し、販売している。
城塞都市国家ダムドを拠点にする冒険者達には鋼材装備よりも安価で、さらには軽くて使いやすいと評判だ。さらに言えば魔獣の骨素材、これらはその魔獣の能力を引き継いでいるものが多い為に買い手は後を絶たない。
経済は順調。しかし、されど問題が一つ。深刻な問題が一つある。
それは雪。あまりの吹雪に城塞都市国家ダムドへと交易に出向かないのだ。この寒さの中自由に動けるものなど氷精くらいのものだろう。フレアですら鼻水を垂らしているのだから。
緋色の国フィリアでの食料自給率は現在五十パーセントを切っている。故にこのまま雪が止まず、ダムドからの食材の輸入が滞ったままであれば二人に一人は飢えてしまうのだ。そしてフィリアの人口は凡そ三千、その計算だと千五百もの国民が飢える事となる。
そうなると何故、この国がこのような攻撃を受けているのか、クレアには心当たりが多過ぎる。
まずは新たに誕生した魔物の国、それを良しとする人間の国など殆ど無いと言ってもいいだろう。それと今度は他の魔族……ここ一年、突然現れた魔人級の力を持つ魔族が国を起こす……同じ魔族としても警戒するなと言う方が無理だろう。
「……で、フレアはなんで言ってんの?」
「今はカーリーに探らせているとの事で、犯人が判明し次第打って出るとの事で」
「へぇ……犯人も…………馬鹿な事をしたものね。私達を敵に回すなんて」
「全く同感ですな」
ズズズとお茶を啜り、あまりの寒さに体を震わせながら二人はピクリとも動かなくなったフレアをただ眺めていた。
「助けてくれたっていいだろ!」
「助けろって、私は最初に止めたはずよ? 風邪引くからやめときなさいって」
「だからって雪の上に一時間放置はないだろ!? 割と本気で凍え死ぬかと思ったぞ!」
「だって……フレア、貴女は痛い目を見ないとわからないでしょ?」
雪上の戦いより数時間。この時期は日が沈むのも早く、辺りは真っ暗な宵闇に……と言いたいが、月明かりが雪に反射して昼間のようにとはいかないがそれなりにまだ明るい。
外ではまだ氷精達はまだ元気に遊んでいるが、フレアはもう限界だと部屋に戻り己の愛猫を膝の上に乗せ、その上から布団を被っている。
ズルズルと鼻をすする音が聞こえる。健康が売りのフレアも流石に風邪を引いたようだ。
そんな鼻垂らしの魔王は今、人間の英雄と口論を繰り広げ、そのすぐ側では泡影が慌てたようにフレアに生姜茶を飲ませようと躍起になっている。
「しかしマズイな……」
「えっ!? そんな、フレア様……すいませんすぐに淹れ直しますっっ!」
「いやいや違うから落ち着け。お前の淹れてくれたこの茶は美味いから安心しろ」
本音を言うと生姜成分が多過ぎて飲み辛い。
己の淹れた茶が不味いと言われたのだと勘違いし、泣きそうになる泡影を宥めてフレアは息を吐く。
茶が不味いのではなく(不味い)、この状況がマズイのだ。
フレアは種族名はわからないが、暑さ寒さには非常に強い種族である。そんな彼女が風邪を引く程の、凍えてしまう程の寒波。既にジンギ、赤星、神崎博之は風邪を引いて寝込んでいる。
街を歩いて話を聞くとそこもやはり。風邪を引いて寝込んでしまっている家庭、個体が非常に多い。このままでは皆が仕事をする事が出来ない。
田畑や果樹園などはフレアとジンギが作ったドーム型の温熱結界、謂わば温室で囲ってあるので問題はないのだが、問題はその作り手である。
いくら温室が無事とは言え、作り手が無事でないのなら意味はない。
それと狩りだ。狩りが行えねば肉類の調達はおろか魔獣素材の武器や防具の作成も行えず、財政にも打撃を与える。……いや、もっと根本的な問題で、今この森にはこの寒波に耐えられる魔獣しか生息していない。他の魔獣は死ぬか他の地域に逃げてしまったのだ。
この状況は非常にマズイ。他の谷などの支配地域は此処までの寒さではないようなので、そちらに関しては安心なのだが、それでもこの緋色の国フィリアの中心部が麻痺しているこの状況は非常にマズイ。
そのおかげと言うには癪だが、少なくともこの局地的な寒波はこの森、フィリアのみを狙って作られていると言う事がわかる。
「で、どうすんの? カーリーが戻ってもアンタがそんなんじゃ動かないでしょ? 私が行って消してくる?」
「いや……こんなふざけた奴は私が……ァッックションッ!! …………いや、泡影、すまん」
「……いいんですよ。フレア様の鼻水と唾液なら御褒美だと____」
「いや、マジで怖いからやめろ」
顔面鼻水まみれの泡影をメルシィに付き添わせて退場させ、寒いのだろう身震いをして肌を摩るフレア。
絶対に燃やし尽くしてやると犯人への怒りを露わにするも、体調不良のせいだろうか満足に炎も出ない。
どうやらフレアの能力は体調により大きく左右されるらしい。フレア自身も風邪を引いたのは生まれて初めてであり、特に魔族となってからはずっと健康体であったので知らなかった。
同時、クレアの背筋には冷たいものが走る。
これは明確なフレアの弱点である。満足に能力を使えず、また自慢の体術もこの調子では見る影もないだろう。
もし……もしだ。もしこの寒波を作った者がフレアのこの弱点を知っていたら? もしフレアのこの弱点が他の魔物……この間の第六魔王ミネルヴァやカンパネラ達に知られてしまったら?
絶対に、今フレアを外に出してはいけない。幹部以外の誰にも知られてはいけない。
「……フレア、まさか文句は言わないわよね?」
「……わかったよ。頼んだぞ」
炎が満足に出ないとわかった途端、フレアもクレアと同じ思考に至った。故に首を縦に振る事しか出来ない。
知られるわけにはいかないのだ。他の魔王達に、何よりカンパネラに。
「……無茶はすんなよ?」
「誰にもの言ってんのよ。私はギルドA級の黄金騎士様よ?」
「クク……ッ、全く頼りになるなぁ人間の英雄様は」
「魔族の王様が頼りにならないからね。やるしかないでしょ」
呆れたように、手のかかる親友を頭のクシャクシャと撫で、早く治せと布団に押し倒す。
少しでも早く治して貰わねば、この国そのものが危ないのだ。
カーリーよ早く帰ってこい、と。フレアに熱冷まし効果のある解熱草を咥えさせて額に濡らしたタオルを置く。
気持ちが良いのかフレアは大人しく、目を閉じて何処か嬉しそうにそれを受け入れている。
(……これは泡影の気持ちも少しわかるわ。可愛いわねこの子)
猫を抱いて目を閉じ、いつの間にか眠りについてしまったまだ幼い元人間で現魔族の少女。
未だ信じられない。今の自分とほんの数ヶ月前の自分。
魔物嫌いの黄金騎士様は今は魔物と共に暮らしている。魔物の魔族の味方をしている。
それはフレアが元人間だからではない。神崎博之がフレアを信じているからではない。
フレアがフレアであるからこそ、私はこの赤毛の少女に惹かれ、そして護りたいと思ってしまったのだ。
今も魔物嫌いなのに変わりはない。
変わりはないが、知った。魔物も人間と同じ、心正しき者。そしてそうではない者がいる事を。
カーリーが戻って来たのはそれから二日後の明朝の事だった。持って帰って来た情報はこの寒波の犯人の正体。
「あにゃにゃにゃにゃにゃざぁむぅいぃぃいいいっ!」
「ゴホ……ほら落ち着け。直ぐに泡影が(不味い)生姜茶を淹れてくるから」
「フレア……貴女も寝てなさいったら」
クレアによりフレアとカーリーは布団を被らされ小さく丸くなっている。それでもなお寒いのだ。
この二日で寒波もさらに激しさを増した。このままでは兵糧攻めなどではなく、この街に住む全員が凍死してしまう。
「とにかく、この異常気象の犯人は此処から北、ラブラスの大連峰に居を構えてるって事ね?」
「はい、そうですー。大連峰の南端、エルモの屍山の頂上に城を構えてましたー」
「なるほどね、相手は?」
「あの屍山の主である死霊使いですー」
「死霊使い……ね。嫌な相手ね全く……」
少し愚痴を零してからクレアは立ち上がり、腰に提げた愛剣に手を掛ける。
死霊使いとは言葉通り、文字通り死霊を操る。さらに不死者としての特性を備えている者も多く、その特異性から人間の国では【災害級】との評価を得ている魔物である。
しかし、如何に死霊使いと言えど遠く離れたこの地に異常気象を起こす程の力が有るとは思えない。
不死者が氷系の術を得意とするのはよく有る事だが、此処までの力を保有しているなど聞いた事がない。
(……ま、行ってみればわかる事よね)
が、それでも彼女はギルドの英雄。大陸有数のA級ギルドナイト。
黄金騎士の称号を持つ彼女ならば相手がドラゴンであったとしても一人で勝てる。
「んじゃ、ササッと終わらしてくるわ。だからそれまでに風邪を治しときなさいよ?」
そうしてクレア・アームレストは一人で出陣する。
共などいらぬ。一人で勝てる。それだけの実力があるのだから。
更新、大変遅くなって申し訳ありません。
未完で終わらせるような事だけはしないので、それだけは安心してください。




