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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第二章 死闘
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第四十話 第六魔王、欲望の姫ミネルヴァ

「お前なぁ、主の頭を叩く奴があるか?」


「俺をさりげなく馬鹿にするなっての」


「だってお前は私のなんだ。つまりは私が主だろうが」


「俺がお前のって、モノ扱いすんじゃねェっての」


 フレアの新しいペット、土竜フリューゲルの背中の上でフレアと神崎博之は言い合っていた。内容は先程フレアにゲンコツを落とした事についてだ。

 なんとか助け出そうと画策していたのに、他の男と仲良さそうにドラゴンの上ではしゃいでいたからではない。、嫉妬ではないと彼は述べているが、同じくドラゴンの背に乗っている女拳士はこの二人のやり取りを見てからベルモートの方が可哀想だと、哀れだと視線を送る。


「カトレア殿……何も言わなくてもよい。私とて諦めたわけではないのだから」


「まあ、私はどっちでもいいんですけどねー、修羅場を見るのも好きですし」


「……あんたら、ここが戦場だって忘れてない?」


 この場でマトモなのは私だけかと、クレアは溜め息を吐いて己の手の中にある砕けた首輪と腕輪を見る。

 これは先程までフレアが着けていた魔封じの首輪と減力の腕輪だ。フレアと合流直後、神崎博之が左手で首輪と腕輪の力を吸収して無効化、外したものだ。


 考えれば考えるだけ恐ろしい。神崎博之の能力は。

 ただの吸収放出だけと考えると何でもないように思えるが、このような魔法道具アーティファクトの力さえも吸収し破壊出来る。さらに限界はわからないが、少なくともフレアの炎を吸収し、あまつさえそれをストック出来るのだ。何の苦労もなく他者の能力、魔法道具に込められた古代魔法をその手にする事が出来る。それはどれだけ凄まじいものなのか。


「この中で一番の理不尽ってヒロユキなのかもね」


「ん? 何か言ったか?」


「ううん、なんでもないわ……ほら、次の魔物の一団よ」


 言葉を濁して先を促す。どうしてこれ程の強力な能力が世に存在するのか。また、彼のその幾らでも応用の利く能力はどの魔族や人間組織が欲しがるであろう代物。

 神崎博之だけは誰の手に渡す事もなく、守らなければならない。クレアは一人でそう決意する。


 と、そこまで考えていたところで目的のものが見えてきた。

 それは彼女達を貶めた張本人であり、魔物を使ってこの国の頂点に立とうとした男。

 この城塞都市国家ダムドにおいて、評議会にて国王に次ぐ発言権を持つ権力者、公爵グラン・エスカトリーナ。


「ま、魔王に滅ぼされたとでも思って諦めて? 一応アンタの魂だけは私が籠に入れて飼ってあげるからさ、少しは安心してねぇ?」


 その公爵が今、一人の金髪の女性……蝙蝠のような羽を持つ一人の魔族に殺されようとしている。本音を言えば見殺しにしたいが、この男は後々使える。

 フレアはクレア、そしてベルモートと目を合わせてから小さく頷くとドラゴンの背より高く跳躍。


「燃え尽きろッッ、灼熱吐息フレアブレスボムズッッ!!」


 彼女の厨二心の詰まった口から吐き出す火炎放射弾。それは真っ直ぐにグランのすぐ傍、周囲の大気を焼き焦がしながら蝙蝠の羽を持つ魔族へと向かう。

 やっとの事で魔封じより解放されたその炎の持つ熱量はまるで鬱憤を晴らすかの如く凄まじく、なんて威力の術なのだとクレアですら最中に冷たいものを走らせる。


 これ程の術者、敵に回した場合勝てる見込みは限りなく低いと。


 しかしギルドA級、世に名高い黄金騎士ですら戦慄したフレアの炎を、その魔族は片手で受け止めた。手になんらかの防御の術式を施しているのだとは思うが、それでも彼女の全力に近い威力の炎を受け止めたのだ。


 大気を地面を焦がし四散するフレアの放った自慢の火炎弾。通常の放射と弾として撃ち出し爆発力を待たせた自慢の火炎弾なのだが、それでも何事も起こらず、ただその炎は消滅した。

 ただプスプスと地面が黒く焦げ、熱気と共に煙が上がり大気が歪む程度で狙った魔族の女性には恐らく少しのダメージも入ってはいない。


 これは非常に厄介だ。今の攻撃が通用していない……それはフレアが過去に出会った中で最強クラスの敵だと言う事になる。流石にあの聖騎士よりも上だとは思えないが、それでもフレア軍団最強の将であるクレアですら手も足も出ないだろうと。


「お前ら……動くなよ?」


 殺気もなにもない。ただ空気が凍り付いていて、フレア達は冷や汗を流す事すら出来ないでいる。それ程に空気が張り詰めている。

 動けばその瞬間に殺される。フレア自身は問題無いが、その他を守る事は恐らく出来ない。目の前で無惨に殺されて終わる……はずなのだが、なんだろう、かなり際どい場違いが格好をしている金髪の魔族は炎を受け止めたその右手をマジマジと眺めている。

 そしてフレアを一瞥し______


「なんじゃ、まだこの程度しか使えぬのか」


 興味を無くしたかのように一言。

 当然短気な我らが姫様はその言葉でプッツンと。

 今度は本気で魂そのものまで燃やし尽くしてやると両手を頭上に掲げて巨大な炎の塊を生成、これを受けられるものなら受けてみろと、聞こえはしないだろうがポツリと呟く。

 彼女の怒りの炎は触れるもの全てを灰塵と帰す最大最強の一撃。これは流石に受けられまい。熱量は先程の炎の十倍だ。


 その炎を魔族の女性は避けようとも受けようとも素振りを見せず、ただその場から動かない。動かずにニヤリと笑みを浮かべ、そのまま炎に飲まれた。

 凄まじい破壊音と熱風、衝撃波が周囲を包み込む。神崎博之が先にグランを回収していたおかげで味方側の人的被害はないが、その魔族の女性に殺されたのであろう人間の兵士達の死体は焼かれて消失する。

 次第に鞭打つどころか問答無用の火葬である。


 と、相手が普通の魔物や魔族、魔人程度であるならばこれで骨も残らず焼失したであろうが、炎を受ける直前に見せたあの笑み、恐らくどころか普通に生きているであろうとフレアは警戒を緩めない。

 自身への攻撃への警戒を緩めていないが故、穴が空く。


「クレアッッ!」


 音も気配すらなく、黄金騎士と呼ばれるクレアが剣を構える暇すらなく、ソレはクレアの前に立ち、ゆっくりとした所作で右手の人差し指を、それに気付いたフレアが駆け付けるまでのほんの僅かな瞬間に、その尖った爪を彼女の右目に突き刺した。


「______ッッァァ!?」


 焼け付くような痛みが脳を焼き、そこでクレアはようやく攻撃を受けたのだと気が付き、瞬間的に背後に飛ぶ。その際に右目はさらなる違和感を彼女に与え、距離を取った彼女が見たのは一体の悪魔が人差し指に刺さっている己の眼球。

 咄嗟に手で右目を覆う。無い。そこはただ空っぽであった。


「ざっっけんじゃねェェェェッッ!」


 そこへ背後からの神崎博之の強襲。人間としては少しばかり優秀な程度の神崎博之の動きは上位の魔族や魔人からしてみれば雑魚という部類にすら入らない。故に油断する。その証拠に神崎博之は赤星と何度か模擬戦闘を行なっているが、初めて戦った時は神崎博之が勝利を収めている。

 そしてその勝利を収めた最大の要因……


「喰らいやがれッッ!」


 それは彼の持つ固有能力、【吸収】と【解放】。

 左手で様々な魔術や魔法、能力を吸収して最大三つまでストックし、それを右手で解放、放出する能力。クレアの評価では能力頼りの相手と一対一での戦いになれば無敵の脳力だ。

 そして、そこで放ったのは彼が切り札として取っておいた攻撃系の術。フレアより授かっていた炎の刃、【火炎刃フレアブレード】。


 全てを切り裂く炎の刃をその右手より発現させ、そしてそれを放つ。

 理屈上では鉄をも切り裂くこの炎の刃に切れぬものなどない。回避するしかない受ければ即死の一撃を神崎博之は放った。受ける事は許されない一撃を。


「なんじゃこのつまらぬ技は」


 それを、神崎博之にとってもフレアにとっても、最大の切り札である一撃をソレはつまらなさそうに右手を振るい、直接その手に触れて搔き消した。

 同時に理解した。そのような芸当、他に出来るものがいるだろうか? 上位魔人の域に手が届いているフレアの一撃をそのように軽く搔き消す存在がいるのだろうか、いていいのだろうか?


 故にフレアは答えを出した。これが自身が追い求める、目指すべく境地。


「……おい、名乗れよ魔王」


「ほう? 察しの良い小娘よの」


 炎の熱気。遠くから今も聞こえる悲鳴。近くにいる仲間クレアの激しい息遣い。

 ジャリ、と魔族はフレアに一歩近付いた。


「じゃが、妾がお主のような小虫に名乗らねばならん理由があろうてか」


 ニヤニヤといやらしくも色のある笑みを浮かべ、スッとフレアへと手を伸ばす。

 二人の距離は五メートル程、手を伸ばした程度で届く距離ではないのだが……


「ほれ、近う寄れ、娘よ」


「……何のつもりだ」


「何の? 戯れに決まっておろう。先日の貴様の活躍は妾も見ておったぞ。故に今日はその力を少しだけ見ておこうと思ってのう」


「そのついでにこの国をってか」


「人間の国など腐る程ある。所詮は遊びよ」


「遊びで私の仲間の眼を奪ったのか貴様は」


「最初に手を出したのはそちらであろう? 無礼な小虫に礼儀を教えてやっただけの事。殺さなかっただけ感謝してほしいものなのじゃがのう」


 声色も表情もなく、ただ淡々と話す目の前の魔族とは対照的にフレアの怒りは色を濃く増していく。

 仲間の、友の眼を奪われて怒らない方がおかしい。が、そんな事は関係なく、魔族からしてみれば仕掛けてきたのはお前らだと。


 そんな事はなんだっていい。どうでもいい。ただそんな感情など全て抜きにして、ただ一つの事を考える。

 それはこの場にいる全員が、その魔族を除く全員が同じ事を思った。

 炎を打ち消されたフレア。眼球を奪われたクレア。現状で戦う力を持たない神崎博之。ドラゴンの背で凍り付いたかのようにただ固まっているカトレアとベルモート。

 彼らは一様に、そして同時に。


 この魔族には勝てない。


 まだ試していない事は山ほどある。しかし、それが通用すると思えない。通じるイメージが湧かない。


「わかったであろう? 無駄死にしたくなくば弁えよ」


 無駄死に。

 まさしく言葉の通りだろう。このまま戦えば全滅する。それは無駄死にでしかない。


 そこまで考えてフレアはゆっくりと歩を進めた。目の前の魔族へと。

 互いに手を伸ばせば届く距離にまで。しかし彼女は差し出されている魔族の手は取らない。


「どうした? 取らぬのか?」


「取らん。だが、確認したい」


「確認、とな?」


「ああ、私とお前の本当の距離をだ」


「何の為に?」


「偉そうなお前のその顔面をぶん殴る為だ」


「……ほう、ならば感じよ。妾と同じ舞台に立ちたくば」


 そうしてフレアは魔族の手を取り、その次の瞬間、その場に静かに倒れこんだ。意識はない。ただ、ふと意識が飛び、彼女はその場に倒れ込んだ。

 咄嗟に駆け寄る神崎博之、フレアの体を揺さぶるも反応はない。

 何をした? その言葉を掛けるよりも先に答えは来た。


「安心せい、妾の魔力に当てられて気を失っただけじゃて」


 楽しそうに笑う魔族。

 フレア程の魔力量の持ち主が他人の魔力に当てられて気絶する。一体どれ程の魔力をぶつけたと言うのか。

 そんな警戒の中、楽しそうに、嬉しそうに魔族は口を開く。


「この娘の気概に応えよう。妾が名は【ミネルヴァ・ミストルティン】。【欲望の姫】こと夜の魔王、【第六魔王ミネルヴァ】よ」

更新遅れてすいません。今プライベートが恐ろしく忙しく、そのせいか話も若干巻いてる感もあります。

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