第四話 影人の里の戦い 其之一
「フレア様! この崖を降れば我らが影人の里です」
フレア達の拠点を出発して数時間。足場の不安定な森の中、坂を登り今は切り立った崖の上にいる。
数時間も険しい道無き道を歩き続けてなおまだ息が切れないのはこの魔族の体の良い点でもある。思っている以上に心肺機能も上がっているようだ。
泡影は年相応……とは言ってもフレアよりかなり年上らしいのだが、見た目相応の愛らしい笑顔を浮かべて言ってくる。高さが優に二百メートルはあろう垂直どころか抉れたかのような形状の崖。
ふざけるな! と叫びたくなるものの、泡影のキラキラと輝く尊敬の眼差しを受けてはそんな言葉は口には出せない。
何故泡影が此処までフレアに入れ込んでいるのかというと、それはジンギによる説明でフレアが【魔王】なのだとわかったからだ。正確には魔王ではなく、召喚により【魔王になる為の生】を受けたのであるが、それが泡影にとっては衝撃だったのだ。
最初、フレアがこの世界に召喚された時、泡影は何か巨大な力がこの世界に生まれたのを感じた。その様子を様子を見に、その正体を探っているいたらフレアと遭遇したというわけだ。
フレアを襲ったのは取り敢えず無力化してから里に連れ帰ろうと思っていたらしい。
「んで、此処をどうやって降りろと?」
当面の問題はそこ。影人はこの崖のすぐ下にて生活をしているらしく、フレアは超強化された視力を持ってして人々の生活を覗き込んでいる。藁葺きの家から外に出ているのは影人の子供だろうか、数人の子供が木の枝を剣に見立てて遊んでいる。
「それはやはりピョーンっと」
「死ぬぞ。私が」
流石にこの崖を飛び降りたならば死ねる自信がある。
死ななくてもそれに伴う怪我は必須。私にはそんな趣味ないと横目に泡影を、ジンギを、ジン太を見る。なんて綺麗な目で此方を見てくるんだろうか、魔物のくせに。
「じゃあワシらは先に崖を降っときますので」
「っス! 降りるっス!」
こうして悩んでいても仕方がない。この場に案内されたのなら何かしらの降りる方法があるのだろう。取り敢えず先にジンギ達に降りるように指示を出す。
少しは躊躇うかと思ったのだが、この二匹は普通に、さも当たり前かの如く崖に体を預けて器用に降りて行く。
この二匹に出来るのなら私にも出来るだろう。身体能力は私の方が上なのだと思うも、そこで問題がまた一つ。
今降りたらスカートの中身があの二匹に見られてしまう。あの二匹にそういった感情があるのか不明だが、どっちにしても見られたいものではない。
が、そんな事も言ってられない。悩んでいるうちに泡影もお先に行きますと言い降りて行ってしまった。
今のうちに帰ってしまおうか。いや、それはない。帰って彼等からの信用を失えば元の世界に帰る為の協力は得られないだろう。ならばどうする。恥ずかしさに耐えるしかないのか。
考えていても埒があかない。
「くそっ、先に降りればよかった。私の馬鹿」
こうなれば女は度胸だ。とフレアは覚悟を決める。間違って落とさないようにミケを己の服の中、胸元に押し込んでから崖の下を覗き込むと、足元からミシリと嫌な感触が、そしてピシリと嫌な音が、その直後の事だった。
「うえっ!?」
足元の崖が崩れ、フレアは宙に投げ出される。思わず変な声も出る。流石にやばい。これはヤバイ。
これはスカートの中身がなんだと言う前に体の中身をぶち撒けるパターンだ。
「おおっ、流石フレア様、早いですなぁ」
「すげえっス! オラには出来ねっス」
「……すごい」
そんな自由落下して行くフレアをクライミング中の二匹と一体、紛らわしいので三人と言おう。三人はフレアが自分から飛び降りたのだと感動と尊敬の言葉を口にする。
そんな彼等に対しフレアが心の底から怨みがましい叫びを送ったのは言うまでもない……が、今はそれどころではない。
なんとかしないと死ぬ。死にたくはない。では何が出来るだろう。
(くっそ! やるしかないか!)
何が出来るのか、炎を操るしか出来ない。ならば炎で落下速度を緩められないか、またはジェット機のエンジン逆噴射のように、炎を出し続けたら落下速度が緩まり最終的にゼロになるのではないか。
そんな事を考えている間にも地面までは残り凡そ五十メートル。考える時間はない。やるしかない。
スウゥーッと、大きく息を吸う。酸素を肺の中で燃やす、炎に変換する。
泡影との一戦が役に立った。何をどうすれば、何をどう感じれば何がどうなるのか。まだレベルは低くてもなんとなく理解出来たからだ。
そして今、新たな命の危機。フレアはまた一歩階段を昇る。
(よし、やるぞ新技っ! 【灼熱吐息】!!)
大きく吸い込んだ息を炎に変え、勢いよく吹き出す事で推進力をえて地面との衝突を避ける作戦だ。もちろん炎は人のいないところに向かって吹き出している。
と、それは中々の威力のようで直撃した地面は抉れてその周囲が焼け焦げる。弾け散る炎はまるで舞い散る花弁のように華麗に宙を舞い、上空から叩きつけられた炎はその場で上昇気流を生み出しフレアの炎を巻き上げる。
その中央に、ダンッ! と鈍い音を鳴らしながらフレアが着地成功した。
着地と同時、立ち昇っていた火柱は散り散りに消え去り、残されたのは尋常ではない熱気と、それを見ていた者達の歓声。
「うわぁああっ、すげぇー! 見たかよ今の!」
「見た見た! フワッてダンって!」
「おお……なんと……美しい……」
少しやり過ぎたようだ。本人は生きる為に必死でやった事だが、見てる側からすればあまりに派手で、あまりに綺麗であまりに力強かったようだ。
念の為に胸に手を当て、ミケの無事も確認を忘れない。
「ンナァ?」
よかった。無事だ。いつも通りの惚けた声で甘えてくる。
そんな役に立ちそうもない癒し担当の相棒を胸元から出し、いつものポジションである腕の中へ。やはりミケは癒される。
衆人環視の中、猫の腹に顔を埋める炎の術師。影人の里の住民からしてみたらただただ異質。先程の登場には目を奪われたが、この者もやはり魔族、油断は出来まいと残った年寄り達は武器を持つ。
手にした武器は斧はともかく鍬や竹槍、マトモとは言えぬ装備だ。
敵意を向けられてどうしようかとも思ったが、フレアはすぐに表情に余裕の笑みを貼り付ける。
この程度なら戦っても勝てる。全く問題なく勝てる。
まあ戦う必要はないのだが、少しは魔王として畏怖と敬意を集める必要があるだろう。
「クックック、よく聞け者共! 今日これよりこの場所はこの私、爆炎の巫女姫フレア・イールシュタインの支配下とする!」
もう少し考えた物言いをすればいいのだが、純粋にフレアは口が悪いのだ。元の世界での基本的な評価は『根は良い子』なのだ。
基本優しいのだが、口も悪い。弱者や困っている者に手を差し伸べるが口が悪い。見た目も良いのに背が低く口が悪い。彼氏が出来なかった原因である。
ガチャガチャと構えられた武器が降ろされる。年寄り達は皆がフレアとは戦っても勝てないと思ったからだ。
通常魔物や魔族は名を持たない。基本種族名が彼らの生きる名前なのだ。そして一定以上の強さを手に入れた時、その時初めて魔物は名前を得る。
そして影人で名を持っているのは泡影のみ。泡影がいない今、名前持ちならいざ知らず【二つ名持ち】に勝てるはずもない。戦っても皆殺しにされるよりは投降しようと考えたのであろう。
それを勝手に名乗ったものなのだと誰も知らずに。
「ふむ、確かに血は流れない方が私の好みでもあるし、そもそも勘違いをするなよ? 私はお前達を助けに来てやったのだ。泡影に頼まれてな」
あくまで上から目線。泡影の名を出す事も忘れない。
これで少しは信用されるだろうと、フレアは未だ背後の崖を必死に降りている最中の泡影達を親指で指差した。
「おおっ! アレは泡影……と誰だ? 鬼? んんん? デブだ」
どうやらジン太は鬼の中でも鬼に見えぬ程に異質らしい。何のかんので名前持ちですごい存在と言う事実にも驚いた。
「泡影はもう私の臣下だ。よってお前達もわたしの配下に加わってもらう。安心しろ。私はお前らを使い捨てにはしないと約束する」
三毛猫を片手に残る手を腰へ、小首を傾げて朗らかな笑みを浮かべた少女。自分達と同じ魔族であろう少女だが、泡影より……いや、もしかしたら里の子供達よりも若いかもしれない少女に目を奪われた影人達。
突然途方も無い事を言い出すこの少女、信用等ではない
。信頼も有りはしない。どうせこの森の神の加護を受けたこの地を奪いに来た連中となんら変わりはしないはず。
「フレア様! 遅くなりました申し訳有りません! しかし流石は魔王様、あの崖を飛び降りるなど私には真似できません!」
と、そこへ泡影。二匹の鬼ももうすぐ崖を降り切るところだ。
「む、泡影か。手っ取り早い方法を選んだだけだしな。真似をして怪我してもらっても私が困る」
実は落ちて間一髪助かっただけなど決して言うまい。そもそもこんなに目を輝かせて擦り寄ってくる少女にそんな夢のない事は言えない。
「しかし凄い綺麗でした! 上から見てましたがあの炎! 私も使えるようになるでしょうか!」
「あー……うん、頑張ればなんとかなるんじゃないか?で、コイツなんか私をまだ信用出来ないっぽいし、説得してくれないか?」
「はいっ! 炎が出せるように頑張ります! ありがとうございます!」
「炎よりも先にまずは説得してくれないか?」
「では早速修行を見てもらっても!?」
「聞けぇこの馬鹿っ!」
フレアに疑いの目を向ける影人達、疑うなと言う方が無理なのはフレアにだってわかっている。なので泡影に誤解を解いてもらおうと思うも、この小娘はただただ興奮しており人の話を聞こうとしない。
そんな二人のやり取りに影人達は考える。警戒心の強い泡影がここまで懐くのは珍しい。泡影にはまだ幼い部分もあるが、人を見る目は里の誰よりも確かだ。
と、なるとこの少女は本当にこの里を助けに来てくれた、と言うことになる。今しがた鬼が二匹合流したが、それだけの数では心許なく頼りない。あまりにも頼りないが途轍もなく頼もしい。そんな矛盾を孕むも心は決まっている。
「あの……巫女姫様」
「む?どうした?」
立ち位置や着の身のものを見るに責任者だろうと思われる影人の一人がフレアに恐る恐る声を掛けた。
フレアも泡影の相手が嫌なのだろう、すぐに彼らの方へと振り返る。
「本当に……我らを守っていただけるのですか?我らには最早戦力と成り得るものは泡影ただ一人。それに比べ奴らは_____」
「ああ、いい。何も気にするな。お前らは私の民だ。民は王である私が護る」
素っ気なく。なんでもないように。さも当たり前にのように。
それで十分だった。その言葉一つだけで。
「姫よ。我らが命は貴女の為に」
「お前らの命なんかいらん。私の為と言うならお前らの命はお前らの為に使え」
「ならば永遠の忠誠を貴女様に」
「ああ、後悔はさせん。ついて来い」
【緋色に咲く美しき炎の巫女姫。永遠の忠誠を此処に刻む。】
数千年の後、とある旅人により発見された石碑、それに刻まれていた言葉である。
割と、悩みますよね?文章が長くなると分けるか分けないか。今回は分けました。およそ五千字がこのサイトでは多いのか少ないのかわかりません。誰がアドバイスがあればお願いします。




