第三十九話 合流、そして理不尽な暴力
今回ちと短いです。待たせてすみません。
王子は憂いていた。
今己の置かれたこの状況にではない。長年国の権力者の一人として信頼してきた公爵のこの仕打ちにでもなければ、恐らくだが公爵がこの状況、外の魔物騒ぎを手引きしている者……そう確信しているからでもない。
ただ彼を信頼して彼に任せていた。だからだろうか、彼はこの頼りない王族に取って代わり王になろうとした。
初めから彼の期待に応えられるだけの器であれば、こうはならなかったのではないかと。
「なあ、そうは思わぬか?」
「いや、欠片も思わんな」
彼の独白、自嘲に近い問、同時に背後の扉が開き鈴の音を思わせる凜とした声が、否定の言葉として返ってくる。
初めからそこにいると知っていたのか、このタイミングで現れるとわかっていたのか、はたまたただの偶然か、ともかく彼はクルリと声の方へと向き直る。
「王に力が無いのは当たり前だ。王とて万能ではなく、それらを支える為に臣下が仲間がいるんだ。友を無くして、他者を思いやる心を無くして人の上には立てん」
カツンカツンと、心地の良い音を響かせて声の主は彼の目の前にまでやって来る。その表情は怒っているのでも笑っているのでもなく、ただ真剣だった。
流れるような背中に届く程度の赤い髪、まさに雪を連想させる白い肌、見たもの全てを燃やし尽くしてしまうこのような真紅の瞳、感触の良さそうな薄い桜色の唇に全体的に小柄で色々と小さな体躯。
着ている純白のドレスも裾が何か鋭利な物で裂かれたかのように破れているが、それも相まって美しい。それでいて彼が初めて彼女を見た時の芯の強い孤高の花、何ものにも揺るがぬ強い信念を兼ね備えたその立ち姿に魅了されずにはいられない。
見た目はまだ幼さの抜け切らぬ少女。だがそれでいて必死に背伸びして大人振ろうとする彼女。
「この戦、止めねばな」
「そうだな。その為にもお前には矢面に立ってもらうぞ」
「この身一つで民が救えるのなら安いものよ」
「阿呆、お前の命一つで誰が救えるものか」
呆れたように少女は呟いた。後、語る。
「個の力で全が救えるものか。一人じゃ駄目なんだ。だからその為に仲間がいるんだ。それを忘れるな」
ハッキリと、少女はこの国の第一王子、次期国王へと向けてそう言ってのけた。
わからないのなら教えてやると。
「私だってな、最初は理解は出来なかったが……それでも今なら私の為にそう言ってくれたアイツを、その言葉を理解して信じる事が出来るようになった。だからお前ならすぐさ、な、ベルモート」
「まったく……貴女には敵いませぬよ、フレア殿」
王子が笑みを浮かべると、その正面に立つ赤毛の少女、垂れた長く尖った耳が特徴的な魔族の少女フレアも意地の悪そうな笑みを零した。
「さて、それじゃ行くぞ。まずは街の状況を知る為に指揮を取っているはずのグランを抑える」
グランは酷く優秀な人間だと理解している。しかしそれは人間の、それも常識の範囲内での話だ。ならば常識の通用しない魔物が相手となればどうなるのか…………
「苦戦待った無しですね、お姫様」
「カトレアの言う通りだ。多分この魔物の群れの親玉みたいのがいて、そいつと内通でもしている……いや、していたんだろうが、どうせ裏切られてピンチに陥るのが関の山だ」
「そしてそれを、グランを取り押さえ全軍の指揮を執りフレア殿、貴女を動かしてこの戦闘を勝利で終わらせると」
「そうだ。理解が早くて助かる。そうすればこの国の傀儡王は英雄王となり、私はそれに協力した者として正式にこの国との国交を得る」
この戦乱に乗じて漁夫の利を得るという事だが、それについてはベルモートは何も言わない。結局の所、自身が国を出て緋色の町へ行くにはそれが一番なのだ。
フレアの庇護する民として、そして両国を繋ぐ大使として。
皆が同時に一度頷き、急ぎの場を後にする。
目的地はこの魔物襲撃に対する防衛本部。グランがいると思われる所だ。
王に見送られ三人はこの王城内を駆ける。余程外での戦闘が激化しているのだろう、城内の兵達は脱走者、またこの戦闘の元凶とも思われているはずのフレアを見ても皆自分の仕事、または逃げる準備で忙しいのだろう、全く相手にしようとしない。
先程謁見の間へと突入する際に突っ掛かって来たのは王を守る為との名目もあったのだろうが、これには多少の戦闘もあるかもと期待していたカトレアが溜め息を吐く。
本当に本職がメイドなのか疑問に思うところだ。
そうして城門を開け、王子と魔族と女拳士という奇妙な組み合わせの三人は呆然と彼らを見送った。
本当なら止めねばなならないのだが、誰がこの国の王子を止められようか。例え魔族と繋がっているとの疑いがあろうと、まだ疑いである以上は彼らをが守るべき国の象徴、次代を司る王子なのだから。
「思っていたよりも酷い……早く公爵を見付けねば」
「そうだな。この人間の燃える匂い、そしてこの血の匂いは慣れん。早く終わらせよう」
街が燃えている。所々から悲鳴が聞こえる。こんな地獄は王子としても、魔族の王としても望むものではない。
「だが気を付けろよ。肌で感じる……気配でわかる。この魔物達を指揮してんのは化け物級だ」
今のフレアを持ってして化け物と言わせるその存在。現状のか弱き少女の力しか持たぬフレアしか知らない王子と女拳士はイマイチピンとこない様子だが、それでも魔族の王を名乗るフレアがそう言うのだ。生半可な存在では無いのだろうと気を引き締める。
◇◇◇
神崎博之は街を駆けていた。
一人でも多くの者の命を救う為に。フレアや赤星のようなずば抜けた身体能力を持たない彼一人では手に余るような文字通りの怪物共を相手に文字通り命を賭けて。
「うぉぉおおおおおっっ! ふざっっけんじゃねェェェよッ!!」
現在彼は彼の能力で能力のストックを使い、最大三つストック出来るうちの二つ目、泡影の【飛影刃】という己の影を鋭利な刃物として対象に飛ばす術を使い、子供を喰らおうとしていた魔獣を倒した所だ。
フレアを助け出す為にと泡影から預かった能力だが、目の前で襲われる子供を見捨てる事など出来ない。故に能力を使い、彼のストックは後一つ。彼にとっての取って置きの切り札である一つしかない。
「もう馬鹿っ! 雑魚は私に任せて能力は温存しときなさいって言ったでしょ!」
「だからって目の前で襲われる人達を見捨てらんねェだろ」
「その為に私が一緒にいるんでしょうがっ、馬鹿っ!」
そんな彼を馬鹿と呼ぶのは容姿端麗にして魔人赤星をも凌ぐと言われる冒険者ギルドのエース。黄金の髪と黄金の胸当てから人々から黄金騎士と呼ばれ崇められる少女、クレア・アームレストだ。
フレアと対を成す存在として神崎博之の中では信用と信頼に足る人物だ。
クレアは現在ダムド城下町内で神崎博之とペアを組んで魔物を討伐しながらフレアの捕まっているであろう王城を目指している。しかし、道中の魔物の数が多過ぎて思うように進めない。ならば魔物を無視すればいいのではとも思うが、それは魔物に襲われている人々を見殺しにすると言う事。
この二人にそのような選択肢はない。
「まったく……本当にキリがないわね」
「……よし、クレア」
「却下よ」
「まだ何も言ってなくねェ!?」
「どうせあんたの事だから、俺が囮になるから先に行け、とか言い出すんでしょ? だから却下よ。私はフレアにあんたの事を頼まれてんの。それであんたを死なせたらフレアになんて言えばいいのよ」
剣に着いた魔物の体液を振り払い、少しは静かになったからと彼女は剣を鞘に納める。
それにしてもフレアの事になると黙り込むこの男、そろそろ勇気出しなさいよと思うのだが、その相手があの傍若無人なワガママ女ともなれば慎重になるのも仕方ないのかと、呆れたように息を吐いて腰に手を当てる。
「はぁ、あんた、事が終わったらフレアと揃って説教ね」
同時、爆音が響き二人は会話を切り上げて其方へと駆ける。こんなペースじゃフレアに会うより早く魔物を殲滅し終えるぞ等と軽口を叩く余裕もある。
しかし、そんな二人が現場に駆けつけ見たのは一頭のドラゴン。
神崎博之が緋色の町で見たフレアのペットであるドラゴンのパトリシアよりも二回りは大きい。
これを倒すのは流石のギルドA級でも骨が折れるだろうなと、神崎博之はチラリと現在の相棒であるクレアを見る。
クレアはドラゴンを見て固まっていた。
(無理もねェか、これだけ大型のドラゴンは滅多に人里にゃ姿を現さねェ。……使うしかねェか……こいつを)
グッと右拳を握り込む。いざとなれば切り札を使う事も辞さないと。
しかし、そんな神崎博之をクレアは制止させた。
「ねぇ、ヒロユキ? あれ、なに?」
そう言ってクレアが指差すのはドラゴンの背中。
そこには三つの人影が見え、そしてそれは何やら言い争っているように見える。
次第にドラゴンは二人へと少しずつだが接近している。そして少しずつだがその背中で言い合いしている者達の姿という声も見聞きできる。
「こらフリューゲル! もう少し静かに歩け!」
「いやいや……これは流石にどっちが討伐対象なのやら……」
「きゃー! 見ましたお姫様!? フリューゲルの火弾で魔物の群れ一掃ですよ!」
そのドラゴンの背中にはハッハッハと高笑いする赤毛の魔族と、街の心配をする気品の漂う男、そしてテンションが壊れている武闘家のような服装をした女性。
クレアは静かに腰の剣に手を掛けた。
「ねぇヒロユキ? 別に魔物を退治するだけだからいいわよね?」
「……死なない程度になら俺も参加する」
直後、二人はドラゴンを操る魔族とその付き人二人を叩きのめした。




