第三十七話 反乱と襲来
更新遅くなってすいません!
大変だった。物凄く大変だった。
国の歴史が始まって以来の大事件である。
この東の大陸では中堅辺りの地位を持ち、建築技術においては最先端の道を走っている城塞都市国家ダムド。その国の王位継承権第一位、この国の王であるドールスタン・ダムステリア、その第一王子であるベルモート・ダムステリアが王位継承権を、王子、王族としての地位を捨てて一人の魔族と世帯を持つと言い始めたのだ。
国は揺れた。何せこの国の王子、それも次期国王として国の大臣や民衆達からの信頼も厚い人物がそのような事を言い出したのだから。
王位継承権を放棄するだけならまだしも、王族としての地位も捨てると、そして魔族と結婚すると言っているのだ。それは国も揺れる。
王子は魔物に誑かされた。
それが国の、民衆の出した答えである。
その日よりフレアに充てがわれた城の西側の塔の一室、そこには城の大臣達が連日フレアの部屋を訪れている。当然内側から鍵を掛けての居留守で対応しているが、このままだと王子を誑かした悪魔として扉を破られるだろう。
確かに王子を誑かした悪魔と言う点では間違いではないのだが、
「そもそも私は魔物で、最初に私を陥れようとしたのはこの国だ。私がどうこうしてやる義理は欠片もない」
「そんなー、それだとベルモート殿下は最悪魔物と通じ合っている罪人になってしまいますよ」
「事実だしいいじゃないか。アイツは自分で国を捨てて私の国に来ると決めたんだ。私は道は提示したが決めたのはベルモートだ。それにその程度で罪人とか言われてもな」
けたたましく扉を叩かれ、「魔族殿、居られるのはわかっておりますぞ!」と何度も声を掛けられているのだが、フレアもフレア付きのメイドも呑気にハーブティーを啜っている。
いずれ静かになり、ベルモートが入って来るだろう。その時に状況を聞けばいい。今外に出てフレア自らあいてに相手にする必要はない。
故に彼女達はただベルモートを待てばいい。待てばいいのだが、あまりにも遅い。
もう既にフレアの左手首に着けられている腕時計は九時を指している。もちろん外はもう真っ暗、午後九時である。いつもなら夕方には顔を出し、帰れと言っても中々帰りたがらないのに今日は遅い。
「嫌な予感がビンビンしますね」
「……だな」
いつの間にか扉を叩いていた音も止み、人の気配も消えている。ようやくゆっくり出来るなとハーブティーの入ったカップを手に取り口に着ける。その所作は別に洗練されているわけでもなく、普通に作法を知らぬ子供の手つき。それを見たメイドは楽しそうに微笑む。
なんともまったりとした時間。しかしそうゆっくりとしてはいられない。
フレアがエスカトリーナ邸で捕まってから既に十日以上は経っている。今頃緋色の町ではフレアの奪還に向けてそろそろ準備が終わり、規模は想像が付かないが動き出す頃だろう。
このままゆっくりしていては緋色の町とこの城塞都市国家間で戦争が起こってしまう。
フレアにとってみれば人間が何人死のうと知った事ではない。…………それが己の目の前で起こる事でなければ。そして戦争、人間は嫌いだが戦争をしたいわけではない。
先の一つ目族との戦争もそう、やらねばやられる。ならば大切な者がやられる前に私がやる。ただそれだけの事だった。魔族であるフレアにとって魔物は己と同種の存在。その命を軽々と奪うのには抵抗があったのだ。
そして今回のこの騒動、戦争になればフレアとしてはやはり緋色の町の者達を助ける為に動く。だが、それだけで本当にいいのだろうか?
ここで本当に戦争になったとした場合、この戦争には黒幕がいる。それはこの国の王族ではない。王族であればベルモートが何かしらフレアに情報を持ってきているはずだ。
つまり、王族以外で高い権力を有する子爵家……魔族との戦争が起こり、その引き金となったフレアを囲う王子ベルモート、それをよく思わぬ子爵家最高位家のあの男なら? 王家が失脚した時、王座に最も近くなるであろうあの男なら?
もはやジッとしてはいられない。囚われたあの日のあの男、グラン・エスカトリーナの醜悪な笑みを思い出して身震いするもフレアは直ぐにそれを抑えた。
「待ってください! 何処に行こうと言うのです!?」
「決まってる、グランを止めてベルモートを助け出す!」
「駄目ですよ! 貴女は今何の力もないんですよ!」
そして駆け出そうとするフレアを制止するのはフレア付きのメイドのカトレア。エスカトリーナ邸にいた頃からフレアを良く世話しようとしてくれていた物好きなメイドだ。
彼女はフレアが魔族だと知っても物怖じしないで世話を続けた程の剛の者でる。
「だからなんだ! お前は私にベルモートを見捨てろと言うのか! あいつは国を捨てて私と共に来ると言った! ならばあいつも私の守るべき民だ!」
「ですが貴女は今は私よりもか弱いただの女の子ですよ!」
「力が無くとも今は私しか動けんのだ! なら私が動くしかないだろうが!」
叫び、フレアはカトレアを突き飛ばそうと身構えたその瞬間だった。
______ォォォォン
街から遠く、爆発音と獣の唸り声のようなものが聞こえた。……いや、違う。これは魔物の声だ。
まさかと思いフレアとカトレアは部屋の窓から身を乗り出すようにして城下を見る。
するとそこには惨劇が広がっていた。
城下の至る所で火の手が上がり始め、ケモノの咆哮と人々の悲鳴。人間であるカトレアはともかく、視力の高いフレアには見えてしまった。
人間の子供が体長三メートルはあろうかという巨大な魔獣に頭を千切られ喰われるその瞬間を。
並の人間ならそのようなグロテスクな光景、吐いてしまってもおかしくはない。だが、フレアの思考はそんなところにはない。あるのはただ一つ____
「何だ……あいつら……」
それは魔物のその姿。わかりやすい程に異形の化け物。そんな魔物の群れ。
しかし、それらはフレアにとっては初めて見るもの達ばかり。
「え、なんだって……貴女の町の魔物では……」
「……違う、あいつらは私の民じゃない…………全く別の群れだ……」
そう、この国に攻め入って来たのは緋色の町の、フレアの民達ではなく、それとは別の魔物の集団。ただただ暴れ喰らう理性なき化け物共。
そんな魔物に次々の城下の人々は犠牲になっていく。引き裂かれ、喰われ、力無き人間が力有る種族に蹂躙されていく。しかしそれは人間嫌いだがフレアの望む光景ではない。
また一人子供が、それを守ろうとする母親が、仇を討たんと父親が、皆が為すすべなく殺されていく。
「……カトレア、もう止めるなよ?」
低い声でそう呟いた。
それだけでカトレアはフレアが何をしようとしているのかすぐに理解出来た。理解出来たからこそ止めねばならないのだろうが、今だけで考えれば自分の方が強いのに、カトレアはフレアを止める事は出来なかった。
ただお気を付けてという事しか出来ない。
そしてフレアはそれに応えるように右手を上げ、部屋から扉を通り長い階段を駆け下りて行く。
(タイミングが良過ぎる……クソッ!)
心の中で舌打ちし、フレアは駆ける。
フレアが囚われ、それをベルモートが囲い、ベルモートが部屋に来ず、そして魔物の襲来。あまりにタイミングが良過ぎる。そうなれば手引きしている者がいる。そう考えるのが妥当だろう。そしてそれがグラン・エスカトリーナだとすると…………フレアの中では辻褄がピタリと合ってしまう。
まずはベルモートを捕らえ、魔物を街に手引きする。そしてそれを王子であるベルモートが囲っている魔物が手引きしたのだと、この件の責任は王子ベルモートにあるとすれば…………。
一つわからない事があるとすれば、今街で暴れているのは恐らくは高位の魔獣。それをどう手引きしたかなのだが、グランも現状この国の最高権力者に最も近しい所にいる人物だ。それなりに力のある魔族と繋がっていてもおかしくはない。
「いたぞ! 魔族の女だ、捕まえろ!」
と、そんな事を考えている間に衛兵に見つかった。フレアの推論通り彼らはフレアが今回の事件、この魔物襲来の黒幕であると考えているようだ。
国王が今回のこの件をどう思っているのか聞きたかったところだが、今捕まれば彼らの興奮の度合いから考えて殺されるかもしれない。この彼女を縛る首輪と腕輪が無ければ何も問題はなかったのだが、無い物ねだりはしていられない。
か弱い少女と鍛えられた衛兵達、争えば結果など言うまでもなくフレアの負けとなるだろう。
「ったく、手間をかけさせるな雑魚が」
______それが通常なら。
フレアはこの世界に来てからずっと戦い続けている。それも人間とは一線を画す魔物達とばかり。
彼女はまだこの世界にやって来てまだ一年も経っていないが、それでもその短い時間は何よりも濃く、ただ毎日を平和に暮らしているこんな衛兵達と比べて戦いにおける経験値は遥かに多い。
彼女は持ち前の動体視力と頭脳で相手の動きを読み、素早い動きで翻弄して隙を突く。近くにあった銀の燭台を手に取り、さながら柄の短い三又槍を扱うかの如く衛兵達を殺さず意識を刈り取った。
しかし、力は人間の年頃の女の子。当然鍛え上げられた男達を一撃で倒す事など出来ず、何発も何発も攻撃を仕掛けて時間を掛けて倒した。
故にフレアは囲まれている。時間を掛けたが故に増援を許してしまったのだ。
(流石に……これはキツイな……)
体力も限界に近い彼女の前には五名の衛兵、まだ後一人は倒せるかもしれないが五人は無理だ。
そう思った所に衛兵達による槍の刺突。身を捻り寸での所で躱したが、槍の穂先は彼女のドレスを突き破り壁に縫い止める。もうこれ以上は逃げられない。
歯を食いしばり、ドレスを破ろうとしても女の力でそれは叶わず、次の第二撃を放とうとしている衛兵に気付き、刺し貫かれる恐怖に思わず目を閉じた______のだが、来るはずの熱を持った痛みはまだ訪れない。
彼女は目を閉じて十秒程の間、頭の代わりにやって来たのは何かが何かを殴るかのような鈍い音。
「さ、もう目を開けても大丈夫ですよ」
聞こえて来たのは少し前まで普通に聞いていたあの声。
フレアはそっと目を開ける。するとそこには床に倒れた衛兵達と、その中央に悠然と佇む武闘着を着込み手には鉄鋼付きのグローブを嵌めている一人の女性。
この城でのフレア付きのメイド、カトレアであった。
「もう、本当に……だから言ったじゃないですか、私の方が強いって」




