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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第二章 死闘
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第三十六話 囚われ? の姫

 城塞都市国家ダムドのエスカトリーナ邸のフレア襲撃より三日、フレアの庇護する魔物達の楽園(予定)である緋色の町ではどよめきが起こった。

 朝一番に二人の人間が街にやって来たからだ。酷く慌てた様子で息も絶え絶えに、決死の形相で。


 その二人の内の一名は町の魔物達も良く知っている人物。彼らの王であるフレアと懇意にしている人間、神崎博之。もう一名も……これも有名だが、彼らからしてみれば嫌な意味での有名だ。

 もう一人の来訪者、それはトレードマークの黄金の鎧こそ着ていないものの、長い黄金色の髪を持つ人間嫌いのギルドA級、黄金騎士クレアである。


 元より彼らは王であるフレアが何をしに神崎博之と共に町を出たかは知っている。この目の前の黄金騎士を仲間に引き入れる為だと。

 故にこの黄金騎士が神崎博之と共に現れた時点で懐柔は成功した、流石フレア様と皆納得しかけたのだが、どうにも様子がおかしい。


「どうなされた神崎殿」


 呼吸を荒くまともに喋れないであろうと判断し、この町の長の一人である豚鬼族オークであるジンギは水を差し出した。森の奥より流れる樹精霊ドリアードの加護を受けたこの森最大の恵みであるコップ一杯の水。それは怪我までは回復させないまでも、ある程度の体力や魔力を回復させる効果を持つ聖水だ。

 それを飲んだおかげか、神崎博之とクレアはそこでようやく喋れる程度にまで回復し、二人は同時に言葉を放った。


「フレアが危ない!」


 その一言だけだった。だが、それだけで魔物達は動いた。


「神崎様、それとお連れの方もどうぞこちらへ。中で詳しく話をお聞きします」


 とても落ち着いた雰囲気を放つ緑髪の美しい女性、風精霊シルフのメルシィに連れられて二人はこの町で一番大きな木製の建造物へと案内された。

 中には既にこの町の幹部……影人族シャドウの赤影、泡影、魔神の赤星、豚鬼族のジン太、さらには先日の一つ目族との戦でこの町の一員となった蜥蜴人族リザードマンのアルベルト、フレア付きの諜報員である鼠獣人のカーリーがいた。


 彼らは全員が真剣な表情でこの建物、緋色の町の集会所として作られたこの場所に集まっていて、そこへと案内された二人の人間へと同時に言葉視線を向ける。


 此処にいる全員、彼ら一人一人がそれぞれの種としては破格の力を持っている事をクレアは一眼で見抜いた。しかし、それでもまだ私の方が強いと、魔物嫌いは臆する事なく彼らの前に堂々と座り込んだ。


「じゃあ話すわよ。心して聞きなさい」


 自己紹介など必要ない。此処へは友達を助ける為だけに、ただそれだけの為にやって来たのだ。馴れ合いなど必要はない。私が認めた魔族はあくまでフレアただ一人なのだと。


「お待ちください。まだジンギ様が来ておられません」


 しかし、それをフレア一番の側近である泡影が制止する。そのような大事な話、この町に長の一人であり、フレアの信用を一身に受け止め【魔王補佐】の役職をして与えられているジンギ抜きでは進められない。そして現在ジンギはこのような時の為、フレアが前以て残しておいた緊急時にはマニュアルに目を通していて此方への到着が遅れている。


「そんな悠長にしてる時間はないわ。早くフレアを助けないといけないの」


「ならばこそです。私達も今、この場にいる全員が居ても立っても居られないと、そんな気持ちなのです」


「だったらさっさと話させなさいよ! 動きなさいよ! アンタ達の大切な王様なんでしょ! それともなに、魔物は魔物らしく上に立つ者を見殺しにして自分達が代わりな_____」


「黙れっス」


 泡影とクレアで言い争いになるかと思われた矢先、クレアの言葉にジン太が反応した。その身より放たれる殺気はこの部屋全体を覆い、この中でも特に力の弱いカーリーは眩暈を起こす。

 そして殺気を放っているのはジン太だけではない。殺気に充てられてへばっているカーリーを除く全ての者が、魔物達が怒りとさっきを放っている。


「ようお嬢ちゃんよ、かの有名な黄金騎士だが魔物嫌いだがは知らんがよ、言葉は選べよ?」


「我らが姫様を見殺し? 冗談にしても笑えぬわ」


 赤星と赤影。


「巫女姫様は敵であった我を快く迎え入れてくれた……見捨てるはずがなかろう」


「コロシマスヨ?」


「落ち着け泡影さんっっ!」


 アルベルトに泡影、そして神崎博之。


「ワシが少し遅れとる間に面白い事になっておるのう」


 そして遅れて今現れた、笑顔ながらも怒りが滲み出ているジンギ。

 ほんの些細な言葉で全員がこれだけの怒りを顕にする。彼らにとってフレアとは一体どんな存在なのか。フレアはどれだけの人格者だと言うのか。


「フレア様は……あれですね、可愛いです」


「ワガママっスね」


「格好を付けたがる泣き虫だな」


「姫が歩けば事件が起こりますな」


「狩りも満足に出来ませんからのう」


「人の話を聞きませぬな」


「鼠使いが荒いですよね」


「俺と飼い猫を同列に見てるからな」


 神崎博之を含めて皆が思い思いに口にする。その何処にもフレアが慕われる要素はない。本当にフレアはこの町の王なのかと心の底から疑問に思うクレアだが、その後に皆は口を揃えてこう言った。


 だけど、馬鹿が付くほど大真面目で優しくてお人好しだ。と。


「さ、それでは遅くなりましたが客人よ。話を聞きましょうぞ」


 そうしてクレアと神崎博之は彼らに事の顛末を説明する。フレアの身に何があったのか、恐らく犯人は公爵家の当主グランである事など、最悪この町も人間の軍に襲われる可能性がある事など、事実の可能性を思い付く限り口にした。



 ◇◇◇



「わぁっ、とても良くお似合いですよっ」


「いや……流石にこんなヒラヒラしたのはちょっと……」


「何をおっしゃいます! これだけ可愛いんですから可愛い格好しないと勿体無いですから!」


「いや、何が勿体無いのか微塵もわからん」


 そんな囚われのフレアは、現在エスカトリーナ邸での着せ替え人形ごっこの続きを、例の物好きメイドの手により強制されていた。

 あの牢屋での一件の後、クレアは魔封じの首輪と減力の腕輪を付けられ、城の中のある程度の範囲に限られるが自由を許されていた。

 それもあの日あの時あの男、女としての尊厳を踏み躙られようとしている所をこの国の王子である【ベルモート・ダムステリア】に助けられてからだ。


 ベルモートはあの後すぐにフレアを牢より解放した。とはいえ、完全に自由を得たわけではなく、あくまでベルモートの許可できる範囲での限定された自由だ。

 牢から解放する条件として、身体能力を抑える減力の腕輪を装着されたが、その後は何も不自由する事なく十日もの日々を過ごしている。そう、何も不自由はない。ふかふかのベッドに己を世話するメイド達、毎日豪華な食事に暖かい風呂、そして煌びやかなドレス。


「確かに此処での生活にはなんの文句もない」


「ならいいじゃないですか。このまま此処に住んじゃいましょ?」


「そんなわけにもいかんのだ。私は魔族で、そして私を信じる者達がいる。私が守らねばならぬ民がいる。王たる私だけがこんな所で怠惰を貪るわけにはいかん」


 だが、そんな偉そうな事を言うも今の彼女にはなんの力も無い。ライター程の火も起こせず、力も見た目通りの非力なものしかない。フレアには何をどうする事も出来ないのだ。


 王族御用達の煌びやかなドレスの裾を翻し、彼女は窓から外の様子を眺める。高さはないので遠くまではわからないが、街の様子はよくわかる。

 戦争の準備とでも言うのだろうか、店は閉じ人の行き交いも疎らで活気と言うものが感じられない。

 そして街を歩くのはいつも以上に殺気立っているこの国の兵隊達。


「町が……気になるのか?」


 そこへ部屋の入り口から男の声がした。しかし彼女は振り向かない。この部屋へ入ってくる男は一人しかいないからだ。


「そうだな。気にしている。だがそれは此処ではない」


「わかっている。君の町のことだろう?」


 男は部屋の中央にある金の装飾の施された、同じ物を買おうとすれば金貨十枚は下らないかという豪華なテーブル、その備え付けの椅子に腰掛けた。

 着ているものはそこらの下級貴族の着ているようなものと価値は変わらないだろう。しかし、その着こなしや振る舞いは彼がそのような者達とは一線を画す存在だと。


 が、彼からの敵意は感じられない。それもそうだ。彼がフレアを助け、彼がフレアに最低限の自由を与えたのだから。

 とは言え、それが敵意が無い事の証明にはならない。ではどうして敵意が無いと言い切れるのか。


「君の町を守る……それを盾にとっているわけではないが、私の話を受ける。それが君の町を守る最善の方法だと私は思う」


「別にお前が私の町を盾にとっているわけでないと言うのはわかっている。私と私の町を助ける為にその話を持ってきているという事もな」


「ならば受け入れてくれないか? 君がこの話を受ければ君は晴れてこの国で王族となり、その権力を使い君の町を守る事も容易い」


「……そしてお前は私の町の、つまりは魔物の力を得てその権力を盤石にし、さらには膨れ上がった軍事力にて他国を支配しようって腹か? なあベルモート皇太子殿下よ」


 フレアを助け、この部屋を与え、そして此処に自由に出入り出来る人物であるこの国の王子ベルモート。彼は割と本気でフレアに求婚しているからだ。

 彼曰く、一目惚れだそうだ。

 それで彼はフレアが欲しく、またフレアに安心してもらう為に条件を出した。妻に、正妻になってくれたら緋色の町の安全は保証し、フレアのこの国での地位、そして魔族の王としてのその地位、緋色の町の国になる為の援助も惜しまないと。


 人によってはベルモートは惚れた女の為に行動を起こす好漢にも思えるだろうが、視点を変えればそれは妻にならねば戦争は避けられぬとの脅しとも。

 さらにフレアの魔族の王としての地位が保証されようが、力を付けようがそれらの全てはフレアの夫であり城塞都市国家ダムドの次期国王ベルモートのもの。

 故に場合によっては人知を超えたその魔物の力はベルモートの思うがままに、フレアの大切な者達の命を握られているのと同じ。


「私をモノにしたいんならな。いらん飾りは全部取れ。そして生き様を見せ付けろ。なりないものになる為に、一歩でも近付きいつの日かそれを超える為の努力をしている者を私は知っている。その心の正しさは人に甘く自分に厳しく、側にいるだけで安心出来る。側にいるだけで素を出させてくれて、笑顔にさせてくれる者を私は知っている。私はそんなアイツ…………何でもない。忘れろ。忘れないと記憶が無くなるまで殴るからな」


 途中で気付き、頬を赤らめ言葉を濁す。私は一体何を言っているんだと、誰の事を思い浮かべていたのかは聞かない欲しそうなのでそこは置いておこうと思う。

 そんな乙女なフレア、それを聞けばベルモートとしては当然楽しくはない。


「……ではフレア嬢、仮に私が王位継承権も、己の地位さえも捨て去れば貴女は私の事を認めてくれますか?」


「……熱意は認めてやるよ」


 なんとも奇特な男だと、コイツもジャンルは違うがあの男と同じタイプの人間なのかもな。と、フレアは少し引き気味にだが優しげな笑みを浮かべた。

目標は、明日中に三十七話の投稿です。

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