第三十三話 新たな仲間
同日、日も落ちた時間帯。騎士王国サザンドラが首都、聖都と呼ばれる王宮城下町より出て西に数キロ、旅人の聖都への旅の標となる大きな大きな一本松の下、そこにフレアとクレア、二人の少女がいた。
彼女達の間に会話はない。クレアの拙い回復の術により一命を取り留め何とか動ける程にまで回復したフレア。クレアとのあいだに交わされた言葉はその礼くらいである。
フレアにしてみれば今のこの状況、元より街の外で神崎博之を交えて話をする予定であったので、差異はあれど予定通りである。
結果は予定通りだが、途中は全くもって予定とは違ったが。
そしてクレア、彼女は未だ混乱の最中にいる。何故己を騙した魔物を、フレアをあの時庇ってしまったのか。国に、聖騎士アーサーに背いてまで……。
これは暫くは国には帰れないな、と自嘲気味に諦めの籠った笑みを浮かべてからフレアを見る。
今はもうフードを被っていないその少女、横に垂れた尖った耳と時折覗く口元の尖った牙を除けば普通の人間にしか見えない。
確かに今ならフレアより魔物特有の恐ろしい気配を感じる事は出来るものの、この目の前の少女が恐ろしいとはとても思えない。
彼女の使う炎の術は確かに恐ろしい力を持っているが、だがそれは私達を守る為に使われていたと、それらから考えてクレアはどうしても彼女を敵として見る事が出来ない。
私の意志はこんなに弱かったのか。倒すべきはずの魔物のはずなのに、少し会話を交わしただけでこうまで揺らいでしまうものなのかと、己の意志の弱さにクレアは辟易する。
チラリとフレアを見る。赤毛の少女はこちらを一切きにする様子はなく、ただ無言で持っていたリュックの中からパンを取り出して口にしている。
「……ねぇフレア」
「なんだ」
沈黙に耐え切れず、勇気を振り絞るも帰って来るのはたったの一言。
此処までの時間で会話がない事からそんな性格なのだろうとは思っていたが、此処までの無愛想とは思わなかった。
しかし、それでも彼女は言葉を続ける。
「アンタってさ、魔族なのよね?」
「そうだな。お前の大嫌いな穢らわしい魔に属する醜悪な魔物だ」
「じゃあなんでアンタはそんな私を助けたの?」
「私がお前を助けた? いつの話だ?」
何故なんだろう。何故この赤毛はこうも喧嘩腰なのだろう。
「んなもん決まってる。私は人間が大嫌いだからだ。滅べばいいとすら思ってる」
ああ、やはりこの赤毛は魔族だ。倒すべき滅ぼすべき魔物だ。だが、それなら何故神崎博之はこの女と中が良いのか。脅されているのとは違う。脅されているのならあの時、この赤毛を庇い人類最強の前に立つはずがない。
クレア自体神崎博之とはまだ極々短い付き合いでしかないが、それでもあの少年が類い稀に見る稀代のお人好しである事はもう理解している。
なのに、あのお人好しはこの赤毛を庇った。
そこで思う。この赤毛、もしかしたら限界を超えたツンデレなのでは、と。
「お前……なんか物凄く失礼な事考えてないか?」
「失礼? 限りなく真実に近いであろう想像ならしたわよ?」
「聞くのが怖いな」
「なら聞かなきゃいいんじゃない?」
ほんの少しのやり取りだが、そうと思えばこの目の前の赤毛も可愛く思えてくる。魔物とはいえ、神崎博之が信用している人物なのだ。ならばクレア的にも信用に足る。そもそもそこまで神崎博之が信用されている方が謎なのだが。
気が付けば、魔物嫌いの顔には小さな笑みが張り付いている。人間嫌いは今なお仏頂面だが、それもただのツンデレと思えばなんて事はない。
それから僅かな時間が経ち、フレアは先程から全く変わらぬ体勢で緋色の町の特産品にしようと考えているメルシィ印のお茶をとても美味しそうに飲んでいる。それはとても良い香りを放ちクレアの鼻腔をくすぐっている。
「じっと犬みたいにこっちを見るな。欲しけりゃやるからそう言え」
「ぅ……ほ、ほしくなんか……」
「じゃあやらん」
「欲しいわよ! 早く私の分も次なさいよ!」
「えー……なにこの素直になりきれない感じ。そのポジション狙ってんのか?」
互いに一本松に寄り掛かりお茶を飲む。クレアが一言美味しいと言うとフレアがやっと笑った。当たり前だ。なんたって私の町の新特産品なんだからな、と。
そこからは話が弾んだ。特産品という事は、魔物の集落でもあるのかと、そこにはどんな魔物が住んでいるのかと。私の町に住む者は皆が力を合わせ助け合って生きていると、皆が平和を望み、そこには数名の人間も住んでいると。
それらの事はクレアにとっては衝撃でしかなかった。魔物達が寄り集まって平和な町を作り上げているなど、そんな事は考えもつかなかった。故に興味が沸いた。フレアもそのクレアの反応には正直な喜びを隠せない。魔物嫌いがこうも反応を見せてくれたのだ。きっとこの金髪の事だから口汚く罵ってくるのではないかとも思っていた。
しかし、クレアはもう既に彼女の中にある偏見は消え掛かっている。未だに魔物は滅ぼすべきだという考えは変わらない。しかし、全てがそんな悪い存在ではないのだと。言葉が通じる以上はこうして話し合えるのだと。
「まあ私はそれでも人間は嫌いだけどな、でも___」
「私だって魔物は嫌いよ。でも___」
お前は嫌いじゃない。
アンタは嫌いじゃない。
それは二人が友達になった瞬間であった。
互いが互いの種族を嫌い、尚且つ互いの存在は認める。世にも奇妙な友情がそこにはあった。
「今度、お前にその気があるなら私の町に遊びに来るといい。歓迎……はしないが最低限の持て成しはしてやるよ。まぁ、町の事は他言しない事が条件だけどな」
「そうね、気が乗ったら行ってあげるわ。まぁ、私を国賓級の扱いする事が条件だけどね」
「よし、来るな」
「そこは泣いて喜んで迎えなさいよ」
「何様だよお前」
互いがまだ知り合って二日目、互いが魔物同士や人間同士ならまだわかるが、二人は本来敵同士。それがこうして友となれた。これは人間と魔族は共存出来るのだと、暗に示しているようにも思えるが、やはり魔族にも人間にも心根の醜い者はいるのだ。決して楽観視など出来ない。
フレアは今まで通り人間を敵視するだろう。クレアは今まで通り魔物を敵視するだろう。それは互いに変わらない。変わったのは互いが互いを認め合ったという点だけである。
が、それが大きいのだ。なによりも。
そうして二人はその後も夜通しくだらない会話に花を咲かせる。
対等な関係の、なんの力も働かない対等な友達同士だからこそ話せる、重要なものなど何もないくだらない会話。それはフレアが美佳であった時代を通しても一度もなく、また当然剣の道を突き進んできたクレアも同じ事。
故に二人はとても楽しいと感じていた。気が付けばもうフレアの身に付けている宝物の腕時計は深夜三時を指している。
「で、アンタさ、ヒロユキの事好きなの?」
「唐突過ぎるだろ」
「でもさ、アンタ、私がヒロユキの事をこうして名前で呼ぶ度に嫌な顔するじゃないの。 それって私の大事な人を取らないで〜ってのじゃないの?」
「馬鹿も休み休み言え。私はあいつの事は気心の知れた友人程度にしか思ってない」
「ふーん、じゃあヒロユキ取っちゃっていいのね?」
「駄目だ」
「どっちなのよ……」
「いや、それはな、ほら、あれだ。あいつは私の……そう手下だからな」
「手下なら別にヒロユキ取ったっていいじゃない。部下に恋人が居たっていいでしょ?」
「駄目だ。絶対に駄目だ」
「いや、もう普通に素直になりなさいよ。アンタが素直に言わないと後でヒロユキ誘惑するわよ?」
◇◇◇
「で、俺が捕まってる間お前らは楽しくお喋りして仲良くなったって事か」
翌朝、神崎博之は約束通り解放され、一本松の下でフレア達との合流を果たした。元よりフレアと万が一の時はこの木の下で合流と決めていたので探し回るような事もなく、彼はすぐに爆睡している彼女達を見付けた。
二人の少女は互いに肩を寄せ合い、年相応の寝顔をしていた。しかも二人とも高レベルの美少女で、少しばかり見惚れていたら絶好のタイミングで目を覚ましたフレアにビンタを貰うというイベントがあったが、何はともあれ無事に皆が皆合流出来た。
そして今は城塞都市ダムドへと向けて三人は歩いている。フレアだけはまだアーサーから受けたダメージが回復しきっておらず、神崎博之におぶわれている。
「そうだな、仲良くなったという点においては甚だ疑問だが、最低限の蟠りは解けたな」
「ま、それならそれでいいさ。やっぱこうやって皆話が出来るんだしな。仲良く出来るに越した事はねェよ」
「そうね、今回で私も考えが少し変わったし、ねえフレア?」
「そのニヤついた顔はやめろ。燃やすぞ色魔」
「へー、そんな事言うとバラすわよ?」
「後で消し炭にしてやるからな糞アマ」
「あら怖い、ならその前に真実を明るみに出さないとね」
「なんの話かわからんけど空気が重いからその話やめねェ?」
なんとなく、このまま話しを続けさせていたらロクでもない事が起きる気しかしない。主にフレアが暴走するとかそんなのだ。
故に会話を無理矢理終了させ、フレアを落とさぬようにしっかりと背負い直し、フレアもしっかりと、その背に身を預ける。
その後もクレアは楽しそうにフレアをからかい、フレアはダムドに到着するまでその顔を見られまいと神崎博之の背に腹埋めていた。
今回はキリが良かったので、少し短いですが此処までです。少しでも筆を早くして可能な限り待たせないように更新していきます。




