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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第二章 死闘
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第三十二話 完全なる敗北

「ア、アーサー様!?」


 クレアは声を上げた。普段王宮から外出する事など滅多にない英雄がこんな街中に、こんな人混みにいたから。

 最低限の変装……と言えるのかはわからないが、フードを被っている事からその辺には気を使っているのだろうが、彼の身より放たれるその覇気は隠し切れない。


 周囲にどよめきが走る。恐怖、羨望、様々な視線が枯れに向けられている。


「アーサー様……どうしてこんなところに?」


「いやなに、この聖都に悪き気を持つ魔物が入り込んだようでな。その魔物の討伐さ」


「魔物? この聖都に、ですか?」


 フレアの肩に置かれた聖騎士の手に僅かながら力が入る。

 不味い、これはバレている。フレアは神崎博之に急ぎこの場よりダッシュつするぞと目配せをし、神崎博之も周囲の誰にも気付かれぬよう小さく頷く。

 この場での戦闘になれば黄金騎士を説得する処か最悪黄金騎士までをも敵に回しかねない。


「ああ、魔物だ。かなり強力な……悪しき魔の物が_____」


 もう待つ事など出来なかった。タイミングを見計らう事も出来なかった。出来たのは争う事のみ。

 聖騎士アーサーの言葉、呼吸のタイミングに合わせてフレアは掴まれた肩を振りほどき両手を合わせ、彼女の持てる全力の威力の炎を放射する。

 対象はもちろんアーサーだが、殺す為ではない。いや、彼女の最大威力の炎だが、それでもアーサーがダメージを受けてくれたのかすら疑わしい。故にこの炎は目眩し。神崎博之を連れて逃げる為の陽動だ。


 その突然の行動に黄金騎士クレアはフレアの名を叫ぶ。突然何をトチ狂った事をしているのかと。何故このタイミングで高位の炎の術師が聖騎士にキバを剥くのかと。何故この聖都に魔物が侵入している今なのかと。


 友達になれた……クレアにとって初めてとも言える対等の、同等の力を持つ存在に出会えた。そんなフレアがこの街にやって来て、それで魔物が現れたと。何故そのタイミングで、今こんな行動を起こしとっているのかと。


「嘘……でしょ……」


 クレアは見てしまった。

 炎の中から無傷で出て来たアーサーに顔を殴られて地面に倒れ、フードが捲れてしまったフレアの顔を。魔族特有の尖った耳を。


 騙されていたのか?

 謀られていたのか?

 あの時助けたのも罠だったのか?


 様々な疑念がクレアの脳裏を瞬時に過る。元々が魔族は敵と、魔物は滅ぼすべきものとして育った彼女には最早フレアは己を騙し命を、力なき者を襲い喰らう醜悪な魔物として脳内で変換されていく。


「流石に強力な炎だ。俺で無くば骨も残るまい」


 火傷一つ負っていない聖騎士にフレアは旨を強く踏み付けられ、悲鳴をあげる。体内で鈍い音がいくつか鳴り、口からは血が溢れる。

 せめてもの抵抗を、隙を突いてなんとか逃げ出そうと、手に入れ炎を集めようと魔力を練るも今度はその腕を、骨を踏み折られ痛みで集めた炎も四散する。


 私は魔王だ。あの時に、一つ目族との戦争で覚醒し強力な力を得たはずだ。なのに何故こうも手も足も出ない。痛みで思考も回らない。


「フレアぁあああっ!」


 開戦僅か数秒で瀕死にまで追いやられたフレア、そこへ彼女にとってのヒーローが割って入る。しかし、神崎博之自体は特筆すべき能力を持たぬただの人間。能力頼りの相手ならば優位にも立てようが彼が立ち向かったのは人間で、それも人類最強の聖騎士である。


「ヤ……メ…………逃ゲ……」


 やめろ。逃げろ。そう言いたかったのであろうが、喉の奥より溢れる血で満足に言葉を話せない。痛みが酷くそれどころではない。だが、それでも神崎博之を守らねば。その想いがフレアにほんの少しだが力を与える。


 爆発が起こった。彼女がアーサーを強く、キッと睨んだのだ。その瞬間アーサーは爆発と共に火に包まれた……が、それだけ。彼女の全力の炎でもダメージを与えられなかったのだ。その程度の爆発と炎で倒せるはずもない。……のだが、目眩しにはなった。

 アーサーの視界から神崎博之が爆炎により消え、その一瞬で神崎博之の拳がアーサーの頬を捉えたのだ。


 その様子をクレアは、またクレアと共にフレアに救われた者達はただ黙って見ていた。

 クレアと同様にこの街出身のギルドナイト達は困惑し、またフレアの神崎博之に助けられた魔物に襲われた町からの難民達も……ただ目の前の信じ難い光景に言葉を失っている。


 聖騎士様が凶悪な魔物をいとも容易く力でねじ伏せたからではなく、自分達を魔物から救ってくれた恩人が、その存在が自分達を襲った魔物と同種であったから。


「フレア……ヒロユキ……なんで……」


 自らパートナーに選んだ神崎博之。友達になれるかもと思っていたフレア。その両者は今彼女の目の前で敬愛する聖騎士アーサーと対峙し、そして当然の事ながら返り討ちにあっている。

 神崎博之は腹部に強烈な拳の一撃を受けてその場に蹲り、フレアは既に身動きが取れない程の重傷だ。


 何故私を騙したのか。フレアも、神崎博之も。

 初めて出来た友達、その初めての友達の裏切り、気が付けばクレアの頬には涙が伝っている。


「まあ、お前達のおかげで魔物に襲われた町の人々が、クレア達が助かったのだ。その辺は大目に見る。だから少年、君だけは殺さずにこの城の牢にて一晩過ごしてもらう。……が、その魔物は見逃せん。感じる魔力は途轍もない代物だ。人間の少女と変わらぬ出で立ち……少々哀れむ気持ちもあるが、人々を脅かす前に此処で始末させてもらう」


 その場に蹲る神崎博之を一瞥し、アーサーは再びフレアに目を向ける。殺す為に。


 一歩、また一歩と歩を進める度、地面が彼の履いているブーツと擦れてジャリと音を立てる。その音はフレアにとっては死神の、死の近づいて来る音。

 手も足も出なかった。神崎博之にも危害を加えさせてしまった。もっと周辺諸国のことを学んでおけばよかった。様々な後悔と殺されるかもしれないその恐怖で今フレアは満たされている。


 此処にはジン太も赤星もいない。いや、いなくてよかった。いたら彼らもこの聖騎士により殺害されていただろう。なら、他に誰がいる? 誰もいない? いや、いる。


 力無くフレアは顔を横に向ける。その先には黄金騎士と呼ばれるギルドの英雄、クレア・アームレスト。

 いつも力強さの消えた眼でクレアを見つめる。クレアもそれにすぐ気付くが、彼女はただ狼狽えている。迷っている。悩んでいる。魔物は敵で滅ぼすべき悪しき存在。それは今でも揺るがない。


 ……本当にそうだろうか。少し違うだけで人と同じ形を持ち、人と同じ言葉を話し、人と同じ物を食べ、人と同じ、人と………そう、人と同じではないか。人間にだって魔物以上に醜悪で恐ろしい化け物はいるではないか。


 それは詭弁。クレア自身心の底ではそんな事は欠片も思っていない。変わらず魔物は滅ぼすべき存在だ。魔物は。


「クレア、何のつもりだ?」


 気が付けば、クレアはフレアを庇うようにアーサーの前に立ちはだかっていた。その行動に民衆、また共に死線を潜ったギルド員達も驚いている。魔物嫌いの黄金騎士が魔物を庇う、その通常ならば有り得ないその光景に。


「アーサー様、此処には魔物などおりません」


 クレアが発した言葉はそれだった。

 魔物は倒すべき、滅ぼすべき敵なのだ。だからこそ彼女は自分に言い聞かせた。


「……じゃあ、お前の後ろのソレは何だ?」


「彼女はフレア、私と民の命を悪しき者共より助けてくれた英雄です」


「それすらもその魔物が仕組んだ可能性は考えないのか?」


「それこそ有り得ません」


「何故そう言い切れるんだ?」


「私がそう信じているからです」


「つまり確証は何もないんだな?」


「アーサー様は私をお疑いですか? 私を信じられませんか?」


 一歩も引かず、強く聖騎士を見据えるクレア。その眼には怯えや焦りなど何もない。あるのは友を守りたいと願う強き輝き。それこそが彼女の、黄金騎士と呼ばれる稀代の戦士の最大の強さの秘訣。

 アーサーが一歩踏み出すとクレアは腰に提げた水龍の剣の柄に手を触れる。


「本気か?」


「人々を護るのが私の使命です」


「人々を護るのが使命なら、その魔物は滅すべき対象ではないのか?」


「私が護ると決めたんです。故にこの者は、フレアは滅すべき魔物ではありません」


 激しく睨み合う両者。正しく一触即発の空気にみなが固唾を飲んで見守っている。

 アーサーがまた一歩とクレアに近付いた。クレアは剣を抜いた。

 水晶のように蒼く透き通った刀身、片側に反った片刃剣。水龍の加護を受けた伝説の剣を、今クレアは人間の英雄に向けている。

 端から見ればただの反逆者だが、その凜とした出で立ちから誰もいクレアに文句を付けようとはしない。ただ皆が魅入られている。


「アーサー様、お願いです。此処は私のワガママを通させて下さい。この者もすぐに街から出します。お願いです」


 声がほんの少しだが震えている。それもそうだ。彼女のしている事は完全に国への反逆だから。

 そんな彼女の覚悟、決死とも言えるその覚悟を人間は蔑ろには出来ない。ただふっと笑い、そのまま踵を返し地面に蹲る神崎博之の襟首を掴んだ。


「悪しき気の消滅を確認。これより俺は城へと帰還する……が、この少年には騒ぎを起こした罰として一晩過ごし牢屋で過ごしてもらう。クレア、異論はないな?」


「はい、ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、急いで地面に横たわるフレアにそっと触れる。これは思った以上に重傷だ。肋も折れている。もしかしたら折れた肋が内臓を傷付けているかもしれない。

 クレアはそんな彼女に己の持つ回復の術を掛けながら肩を貸し、そのまま街の外へと、城門から外へと出て行った。その足取りは非常に重く、肩を借りているフレアも、それでも歩く事すらままならぬ様子で町を去って行った。


 残されたのはその事件の目撃者達とアーサー、そして神崎博之だけである。


「安心しろ少年、尋問はするが約束通り明日には帰してやる」


「へへ……そりゃ有り難いこって…………」


 未だ苦しさに顔を歪めつつ、街より去り行く人間と魔族、二人の少女を何処か安心したように神崎博之は見送った。

ストックがなくなりました!これより毎日の更新が難しくなるとは思いますが、一日か二日のペースでの更新は守って行きたいと思ってます!どうかこれからもお願いします。


……フレア、基本的に何故か勝てないんですよね(笑)

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