第二十九話 二人
「なあ、起きてるか?」
「ああ、起きてるよ」
同日、時刻は深夜。フレアの自宅にて神崎博之とフレアは床についている。フレアはベッドの上で、神崎博之は床に敷かれた布団の上で。
そんな時間帯、フレアは眠れないのか神崎博之に声を掛ける。神崎博之も起きていたようで、すぐに返した。
蝋燭の明かりもすでに消した。部屋の中は完全に真っ暗だ。いつもなら一緒に寝ている泡影も夕食の後に何故かフレアにこってりしぼられ、今は本来の彼女の家で赤星と共に眠りについている。
「どうだった? 私の町は」
フレアは問い掛ける。今はまだ建物という建物もなく、店や娯楽施設もない本当にただのベッドタウンとすら呼べぬ魔物の集まり。だが、それでも彼女が仲間達と作り上げた自慢の町。それを認めて欲しい。唯一の人間の友である、同郷の人間、神崎博之に。
「ああ、凄ェと思うよ。本当にそう思う。まだ形は出来てなくても住人は集まった。フレア、お前を慕って集まったんだ。お前にしか作れない立派な町だと俺は思う。だけど、わかってるよな?」
「あぁ、わかってる。今からなんだ。今からが本当の国造りなんだ」
まだ何となくだが形は見えている。後は目的に向かって突き進むだけ。それに必要な力はもう持っているのだ。何も怖がる事はない。
だが、それでも不安はある。
「……なあ」
「どうしたよ」
「そんなに魔物って怖いか?」
それは人間との確執。フレアとしては魔物と人間の共存を望んでいる。こうして話せるのだ。話せるという事は分かり合えるという事だ。
なのに魔族は人間を、人間は魔族を恐れ時に迫害する。彼女が城塞都市国家ダムドに訪れた時もそう、人々は魔物である彼女を恐れ石を投げた。
一部の国では魔物との共存を成し得ている国もあるが、それは本当に一握り。大多数の人間は魔族もすべて一括りに魔物と称し、無条件に悪だと討とうとする。
現在の神崎博之の相棒とである黄金騎士クレアもその一人。過去に何があったのかは知る気もないが、彼女も魔物を毛嫌いし、滅ぼすべき対象として見ている。
A級ハンターともあろう者がそれだけあからさまに敵意を向けてくる。これ程恐ろしい事が他にあるだろうか? フレアや赤星ならまだ何とかなるだろうが、他の者なら? ジンギや泡影達、町の力無き者達が狙われたとしたら?
話し合えるのに、正当な理由もなく偏見のみで争うなど馬鹿げている。
フレア自体、城塞都市国家での一件から人間の事は反吐が出る程嫌いで、人間程醜い種族はいないと考えている。だがそれはフレア個人の考え。
これからの町の発展、臣下や民の事を考えれば人間と繋がる事は最良の手でもある。
そんな事を考えていると、先程のフレアの問いに神崎博之が答えた。
「皆、知らないんだ。魔物が……魔族にもこんなに素晴らしい者達がいて、人なんかより遥かに暖かい連中がいるって事をさ」
「……なら何故知ろうとしないんだ?」
「怖いんだよ。魔物が、じゃなく知らない事が、知らない事を知る事が怖いんだ。だから思考を停止して魔物は恐ろしい、その答えを疑おうとすらしない」
人は魔物に襲われる。しかし、知性の無い魔物は襲う相手を選ばない。相手が人間だろうが魔族だろうが構やしない。
そして魔族だって人間を襲い喰らう。人間も己の価値観の為に魔族を殺す。そこには善も悪も存在しない。
「人間は弱いんだ。体も心も、一人じゃ何も出来やしない。だから群れる。群れから追い出されたくないから大衆に従う。だから誰もがそれを当たり前だと思い疑問も抱かず、また疑問を持った者は異端だと裁かれる」
「……腐ってるな。だから人間は嫌いなんだ」
「腐ってるのは否定しないし、俺もそうだと思う。でもな……俺もお前も……人間なんだよ」
私は違う。私は魔族であり人間なんかではない。
そう否定したかったが、出来なかった。何故なら彼女のその性格の基盤を作ったのは人間としての生活の日々なのだから。それを否定してしまえば、今ではもう顔を思い出す事すら困難な世話の焼ける兄の事まで否定する事になるから。
故に受け入れる。その言葉を胸に刻む。
いつの間にか、二人は無言になっていた。ゴロンとフレアは横を向き、神崎博之の方を見る。窓から射すほんの僅かな月明かりを頼りに目を凝らし、神崎博之の顔を見る。目が合った。
これが普通の、年頃の女の子なら恥ずかしがったりもするのかもしれないが、フレアは一切目を逸らさない。神崎博之もだ。
「……なあ」
「……なんだ」
「お前さあ、黄金騎士をどうしたいんだ?」
「……救ってやりたいと思ってる」
「救う?」
「アイツは……まだ知り合って何日も経ってないけど、いい奴だってのはわかった。だから救ってやりたい。魔物嫌いは結構だが、すべての魔物が悪ではないんだと……じゃないといくら強くてもアイツはいつか大きな間違いを犯す。その時に、そんな考えだと誰も助けちゃくれねェ」
フレアから目を逸らさず、真っ直ぐに眼を見つめて来る少年神崎博之。それに応えフレアも視線は決して外さない。
「お前はさ……その子の事、どう思ってんだ? なんでそんな赤の他人を救おうとする?」
口にして後悔する。これは聞くべきではなかった。帰って来る答えが怖い……怖い? 何故? 何故怖いのかもわからない。理解する事を心が拒絶する。
しかし、そんな事などお構いなしに神崎博之は口を開く。その答えを吐き出そうと。
「だって、勿体ねェじゃねェかよ。実際にこうして話し合えるんだぜ? 分かり合えるんだぜ? なのにいがみ合う、殺し合う、そんなの悲しいだけじゃねェかよ」
そして帰って来るのはとても彼らしい言葉。何処までも馬鹿で愚かで、それでいて彼女ですらそう思う夢物語。それを彼は口にした。
「クク……それにあれだもんな。お前の崇拝するヒーローならそうするってか? だからヒーローになる為に真似しますってか?」
「わ、悪いかよ、俺はそれでも俺の決めた道を進むんだ。たとえ真似でもいつか本物になる為によ」
フレアはその夢物語を笑った。小馬鹿にするように笑った。笑うしかなかったのだ。今の彼女の気持ちと表情を誤魔化すために。
そしてダイブ。己のベッドから神崎博之の布団へと、クハハと笑いながら。
突然の襲撃に神崎博之は慌てるが、元々の身体能力の差でフレアに抗う事などまず不可能である。
「うわ、馬鹿暴れんな! 変なとこ触っちまうだろ!」
「触ったら大声出すからな? 此処の王である私に大声出させたら多分お前は殺されるぞ?」
「どんな脅しだよ!」
バタバタと暴れる二人、しかし楽しそうに言い合いする二人。
やがて疲れた二人は並んで仰向けに布団に転がっている。
「ふぅ、なぁ神崎博之、会ってやるよ。その黄金騎士にな」
天井を向いたまま、フレアはそう言った。リスクを犯してでも、お前のその理想に付き合ってやると。
「ただしな、勿論条件があるぞ? 魔王を動かすんだ。それなりの条件を付けんと割りに合わん」
「お前が覚悟決めてくれたんだ。どんな条件だって飲んでやるさ」
「言ったな? 二言はないからな?」
「嫌な予感がするが……まあいいぜ、うん」
「よし、じゃあ契約成立だな。この黄金騎士の一件が終わったら、お前はこの町の一員だ。此処に住め」
「……は?」
突拍子のない条件に思わず上体を起こしフレアを見る。赤毛の彼女はニヤニヤと笑みを浮かべている。
「なんだ? 嫌か? 男に二言はないんだろう? 不安なら町に慣れるまで赤星を側役に置いてもいいぞ?」
「やめてくれ。赤星さんと一緒とか殺される未来しか浮かばねぇよ」
「なら覚悟を決めて今のうちに思う存分皆に慣れておけ。お前はこれから、黄金騎士の一件が終わればミケと同じ私の相棒の地位に就くんだからな」
「猫と一緒かよ!」
「ンナァーォ」
これにて 第一章 覇道 は終わります。
ここまで見てくださった方、有難うございます。…………あれ? フレアは神崎くんに対して恋愛感情はないはずなんですが……きっと私の気のせいですよね? 割とマジで恋愛要素なんて考えてないです。ほんのりフレアの心境の変化に作者なのに驚いてます。




