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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第一章 覇道
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第二十八話 至福の一時

「んで、何か言う事はないのか? あ? 燃やすぞこの女誑しが」


「辛辣過ぎるだろ!」


 戦争終結から一週間、神崎博之が黄金騎士クレアと出会ってから四日。今ここ緋色の町のフレアの家の裏手、崖の前にある広場にフレアと神崎博之がいた。

 今朝、町へと向けて建設ラッシュに追われている町にふと神崎博之が訪れ、彼の事を知らぬ魔物達が彼を捕らえ、そしてフレアの下まで連れて来られたのだ。


 そんな突然の、それも助けを必要としているはずと思い込んでいた神崎博之の来訪に彼の事を知る幹部とフレアは固まる。何故コイツが此処にいる? もしやこれもカンパネラの作戦か? と。


 何故コイツらはこんなに殺気立っているのかと疑問に思い口に出し、この間抜け面に今回の戦争に神崎博之は関係が無かったと主にフレアと赤星、泡影の三人は大激怒。神崎博之は魔族の中でもかなりの実力者に揃って囲まれて殴られた。

 そうして今、ストレスを晴らさせろとフレアに呼ばれ、二人は互いに拳を向けている。観客はいない。この場に居るのはフレアと神崎博之の二人だけ。泡影が気を回したのだ。


 そこで二人は組手を行う。組手と言っても相手を殺さぬ程度にチカラを抑えた真剣勝負。怪我しても風精霊シルフのメルシィが治してくれるからとフレアが強行したのだ。

 まあ、結果は言わずともわかるだろうが伝えておこう。フレアの圧勝だ。

 三十分程体を動かした二人は一本の広葉樹に身を預けて座り込み、フレアは神崎博之の近況を聞いた。そこで知った。


「んで? その金髪っ子とニャンニャンしてた自慢を私にしてどうすんだ? 当てつけか? 燃やすぞ?」


「だから何でそうなんだよ! 俺はそのクレアって子に魔族とか人間とか関係無しに、人は仲良くなれるってのを知って欲しくてお前に相談しに来てんだよ」


「あ? 無理だろんなもん。私達にとって人間は敵だ。嫌われて結構。なんならその小娘連れて来るか? 燃やしてやるぞ?」


 かなりご機嫌斜めである。別に神崎博之が側に一人の女を置いたから、とかではない。他に理由などないが、そうではない。と、思う。

 しかし、そんなふくれっ面なフレアを見て安心したのか神崎博之は小さく笑う。此処に来た時にすぐにわかった。

 フレアの力が以前と比べて跳ね上がっている事に。そして知った。魔族間で起こった小規模の、されど戦争が起こり、それをフレアが勝利した事に。


 戦争と言う事は沢山の血が流れた。沢山の魔物が死んだ。聞いた限りだとフレアも何百の魔物を殺したとの事。

 もしかしたらフレアはもう彼の知るフレアでは無くなってしまったのかも知れないと心配していた。だが、彼女は彼女だった。

 大切なものを守る為には手段を選ばず、それでいて奪った命に心を痛める優しい少女。そして嫉妬でもしているのだろうか、ふくれっ面でそっぽ向く親友に神崎博之は安堵した。


 と、そこで急にフレアが何かを思い出したかのように手を叩いて勢いよく神崎博之へと振り返る。顔がかなり近いが彼女はその事に気付いていない。


「そうだよお前、この町に住むって話どうなったんだ?」


 それは少し前、神崎博之はこの町がまだ村である頃に『此処に住んでみたい』と言っていた。が、それは彼の中では観光地に行った際の感想に過ぎないような言葉。

 そんなあまり意味のないような言葉だが、フレアは本気にしている。神崎博之を気遣い、魔物だらけの中で過ごすのは最初は抵抗があるだろうと、その為に暫く宿を貸す為にフレアの家は広く設計されている。


 フレアはその事をとても楽しみにしているようだ。神崎博之もそれに気付いた。


「そうだなー、まだもう少し待って欲しいな。俺には俺でまだやる事があるし、人間の街での付き合いってのもあるからな」


 ならばわざわざ彼女を落ち込ませるような事は言うまい。この村に住みたいと思ったのも事実なのだから。

 しかし、フレアに負けず劣らずの彼は黄金騎士クレアの事も放ってはおけない。クレアにもわかって欲しいのだ。人間と魔物の違いなど、ただの種族の違いでしかないのだと。此処にこうして分かり合える者達がいるのだと。


 実は今回も彼はクレアの目を逃れてからこの町にやって来ている。クレアは二つ名持ちで冒険者ギルドでかなりの実力者として有名である。

 魔物嫌いで冒険者ギルド所属で黄金騎士とまで呼ばれる実力者にこの町の事やフレアの事を教えるなんて出来るはずもなく、今回はその相談も兼ねての来訪だ。


 と、そこであまりに近いフレアから顔を離す。雪のように白い肌に大きな眼、美しい紅い瞳、長い真紅のまつ毛、通った鼻筋に小さめ口に桜色よりは紅に近い潤いのある唇。別にそう意識しているわけではないのだが、これだけの美少女の顔が鼻が当たる距離にあると落ち着かない。


「まだもう少し先になるだろうけど、俺の中ではもうこの町に移住しようって腹は決まってるよ」


 顔を離し、前のめりに此方を見てくるフレアの頭をポンと撫でる。


「……ふん、まあいいさ。だが、早く来ないとお前に残る仕事は私専属のマッサージ師とかになるからな?」


「それは仕事なのか?」


 くだらない事で笑いあう。二人の関係が対等だからこそ成り立つ何者にも脅かせぬ絆。もうくっ付くんならくっ付けよ! と、泡影はそんな二人を覗き見しながら怒りに顔を歪ませている。もちろんフレアは泡影が覗いている事を知っている。可哀想な少女は後でのお仕置きが確定しているようだ。


 と、そんな会話をしているうち、いつの間にかフレアは神崎博之に寄り掛かり寝息を立てている。ここ最近は村が町となり、住人が十倍以上に増えた事で法を制定したり町の管理体制を考えたりとで忙しくろくに寝ていなかったのだ。


 神崎博之は無言でフレアの頭を撫でる。本当にこの少女は凄い。他にも言葉があるのだろうが、彼には凄いとの言葉しか思い付かない。

 己と同学年……この冬を越えた春になればフレアも神崎博之も十七歳になる。そんなまだ子供と言える年齢の少女が数百の魔物の頂点に立ち、そして全ての責任を負う。

 俺にはとても真似出来ないと、年相応の寝顔の少女の頬を指で軽く押す。とても柔らかく癖になりそうだ。


「本当に、お前は止まる事なく何処までも行くんだな……俺なんかじゃ追い付けない所にまで」


「それはだってフレア様ですから」


 呟いたところで頭上から声がした。だが驚かない。

 大体予想できていたから。フレアがいなくなるか、寝たタイミングでいつも現れていたから。


「泡影か、ってお前たまには普通に登場出来ねぇの?」


「いや、こう言う登場の方がフレア様喜ぶんですよ」


 木の枝に足を掛け、ぷらーんと上下逆さまにぶら下がる黒頭巾の少女泡影。彼女はフレアが喜ぶからと日々フレアが以前言っていた【忍者】とやらの動きを練習している。

 が、この体勢は頭に血がのぼる為、フレア様も寝ている事ですのでと泡影は地面に降り立ち頭巾を脱ぐ。


「で、話……申し訳有りませんが聞いてました。あの黄金騎士が

 今の貴方のパートナーなんですか?」


 黄金騎士は魔物達の間でも有名だ。人間の少女で極度の魔物嫌い、二年前にふと現れ、あっという間に冒険者ギルドのA級ハンターとなった猛者だ。

  ギルドA級と言えば、魔物で言えば上位の魔人級。もしかしたら赤星ですら勝てないかもしれない程の実力者という事になる。

 そんな魔物嫌いが神崎博之と繋がってしまったとなればこの町も危ない。泡影は一縷の不安を拭いきれずにいる。


「ああ、一応俺も説得はしてるんだけど聞く耳持たずのお嬢様タイプで困っててさ、どうにかわかって欲しくて此処に、フレアに相談しに来たんだよ」


「なるほど、それでフレア様は怒ってたんですね?」


 泡影の目から見てもフレアのあの態度は完全に嫉妬。神崎博之が新たに女を囲ったと怒ったのだろうと。


「ああ、今のその状態で此処に来るって事はこの村……町にも危険を及ばすって事だもんな。そりゃ怒るよな」


 しかし、案の定神崎博之は泡影の言葉の意図を理解せず、別のベクトルの話を始める。そもそもフレアは魔物嫌いの黄金騎士の噂は知っていた。その上で問題はないと放っておいたのだ。

 黄金騎士程度ではこの村、町を脅かす事は到底不可能だと。故にその程度の事では彼女は怒らない。


 泡影はここでやっと理解した。過去にフレアが言っていた『神崎博之に惚れたら心労で死ぬ』の意味を。

 この男はフレアが嫉妬していたなど微塵も感じていないのだろうと。


「あの……神崎さん、率直に……聞いて良いですか?」


「へ? ん、あぁ、俺に答えられるものならな」


「あの……神崎さんはフレア様が好きなんですよね?」


 恋愛脳の泡影の目から見た二人は互いに好きあっている理想のカップル。しかし、フレアは神崎博之の事を親友だと言い張っている。ならばもうもう一人の本人に聞いてしまえと思ったのだ。


「好きって? んー、そうだな。好きだよ。フレアは良いやつだし、一緒にいて退屈しねェ。何より俺はフレアを尊敬してる。こんなにカッコ良い奴を俺は見た事がねェよ」


 ……何というか、思っていた解答と違う。こいつもなのか、と泡影は額に手を当て空を仰ぐ。

 そんな所作の一つ一つがわざとらしくも愛らしい泡影は負けずと質問を続ける。


「そうでなくて、フレア様を嫁に迎える気はちゃんとありますか?」


「………は? 嫁!?」


 フレアが認めている相手だ。神崎博之にその気があれば今すぐにでも結婚の儀式をとも考えていたのだが……


「いやいやいやいや、確かにフレアみたいな可愛い子と結婚とか憧れるけどよ、相手が俺だぜ? そんな事になったらフレアが可哀想だろ?」


 駄目だコイツ、本気でそう思った。


「いや、あのですよ? 例えば今の貴方達のその体勢、フレア様が身を預けて幸せそうな顔で寝息立ててるんですよ? あの寝言の怖いフレア様がですよ? もうこんなの好き合ってる者同士のデート中の所作じゃないですか」


「いやいや言い過ぎだろ。確かに俺を信用してこうしてしてくれてるんだろうけど、フレアは毎日忙しいんだろ? そりゃ眠たくもなるさ」


 もう駄目だ。コイツ本当に駄目だ。ハッキリ言わなければわからない。


「あのですね! フレア様は神崎さんの事をちゃんと異性として好…………」


 背筋に冷たいものが走った。刺すような殺気を感じた。

 圧倒的強者からの絶対的な殺気が。

 泡影は咄嗟に周囲の気配を確認する。すぐ側には誰もいない。いるのは神崎博之と寝ているはずの……寝ているはずの………………目を開けて本気で此方を睨み付けてきているフレアしかいない。


「えっと、わたし、きゅうよう、いきますね、さよならです」


「は? 急用? あ、あぁ、忙しいんだよな、仕事頑張ってな?」


 急によそよそしくなった泡影に疑問を抱きつつも神崎博之は見送った。


(異性としてす? す? ……まさかな、それならそれで嬉しいけど、流石にそりゃねェよな)


 一人で自己完結し、寝ているはずのフレアの頭を撫でてから寄り掛かって来ているフレアの肩を抱き空を見上げ、ポツリと呟いた。


「フレアが俺の事を……ねぇ、それが本当ならどれだけ嬉しいかって話だよな」

さて、神崎くんとフレアはこれからどうなるんでしょうね(てきとー)


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