第二十七話 人間と魔物
東大陸の中央山脈を西に降り、ラブリスの大連峰から流れるラブリス運河で二分されている大草原の南の端、サハン荒野との境にあるかつてその近隣の国を脅かしたと言われる鬼族の住んでいた森。
その森で、ここ数ヶ月前に一つの集落が誕生した。
集落の名は【緋色の村】。
一人の絶大な力を持つ魔族が治める、小さいながらも強力な魔族や魔人を有する強力な戦闘力を誇る村だ。
その森に住む知能ある魔物達ならばそこには近寄らない。その村に手を出せば待っているのは己の悲惨な末路だからだ。
その証拠につい先日、森で大きな戦闘が行われた。それは種族間での諍いや争いなどではなく、文字通りの戦争。
村に攻め入ったのは荒地にするサイクロプスなどの小型亜種である一つ目族。種族名すらない弱小の魔物、魔族だ。それを大鬼族が率い、一つ目族二千と緋色の村凡そ七十での戦争。
その戦争は森や近隣に住む様々な魔物や魔族が注目していた。
数の利では一つ目族側が圧倒的過ぎる程に有利、さらにそれを率いる大鬼族は魔人にまで達しているとの噂があったから。
それに緋色の村を率いる自称魔王はどう対抗し、どんなみっともない姿を晒すのかと。
しかし、その戦争に勝ったのは緋色の村だった。
一人の死傷者も出さず、まさに完勝。魔人であった大鬼族もその魔王に討たれた。圧倒的な実力差を見せつけられて、大鬼族は討たれた。
この事により鬼の棲む森、またその周囲の草原や荒野、谷に住む魔物達の行く末、これからの行動が決まった。
それは団結。元々がこの地域には弱小と言われるような種族の魔物や魔族しか住んでいない。と、なればもし此処に強力な……また非道な魔族がやって来たら簡単に支配され、彼らはなす術なく虐げられるであろう。何故なら彼らは弱いから。
森に住む樹精霊や獣人族や小人族に子鬼族等、荒野に住む蜥蜴人族や小悪魔等、谷からは有翼人族などだろうか、彼らは別に他種族達と打ち合わせをしたわけでも何でもない。ただ偶然に、彼らの思考が被っただけだ。
「待て、ちょっと待て、本当に待て、な? まずは帰って落ち着いてからまた来い、な?」
『お頼み申す! どうか我らを巫女姫様の家臣にと!!』
「いや、だからな、まずは待て、そして聞け」
現在緋色の村の入り口に立っているフレアの目の前、そこには数百を超える魔物の群れがある。
それは上記で述べたこの森を含める近隣種族の魔物達。彼らがこの森まで、この村までやって来た目的はたった一つ。フレアの配下に加わる為だ。
これかれ先、名も知らぬ種族に一族を、この地を支配されるのならば……それならば自分達が仕える相手、自分達を支配する相手は自分達で選びたい。そしてその対象は今彼らの目の前で予想外の展開に狼狽えている爆炎の巫女姫フレア・イールシュタイン。
カリスマ、強さ、そして何より配下を思いやるその姿勢、この方ならば我らを無下には扱うまい。そう思い彼らは此処にいる。
「……フレア様、どうなさりますか?」
「聞くな、むしろ私が聞きたいくらいだ。どうすればいい?」
数百の群れに頭を下げられ悪い気もしないのだが、彼らを受け入れるにはあまりに問題が多過ぎる。
「うーむ……十名単位での人口増加は見込み、家々も建設してはありますが、数百単位となると大多数が野宿となり、そもそも食料が追い付きませぬ」
「……だよな」
フレアと赤影は腕を組み悩む。元々この戦争が終わればフレアはすぐにでも神崎博之を探しに行くつもりだったのだが、急な能力上昇の後遺症か最近は体調が優れぬ日が多い上、今は村の怪我人達の為に忙しくてそんな暇などない。そんな時にこのさらなる莫大な数の移民希望者。
彼らの話を聞く限りでは、当然各地の自分達の集落には一族の者達は残っている。此処にはその中でも特にフレアに仕えたいと思った者が集まったようで、その数十七種族八百名。此処でフレアの為に働き、庇護してもらう事が里に残った一族の者達の平穏にも繋がるとの事だ。
そしてそこまで聞いてしまえば人には甘いフレアの事だと赤影はチラリと横を見る。案の定フレアは悩んでいる。
赤影にはわかる。これは受け入れる事を前提に何をどうすれば良いのかと思案しているのだと。
「……取り敢えず、赤星が今は動けます。奴にこの者達の住処をなんとかさせましょう。この者等にも指導すれば十日もあれば取り敢えずの住処は可能でしょう。食料だけは……村の分だけではどうしようもないのが頭の痛いところですが」
そう提案し、フレアの少し安堵したかのような表情に赤星は溜め息を吐く。そこまで悩まずとも、フレアが一言受け入れるから何とかしろと命令するだけで赤影を含む村の者達はフレアの為にと何とかしようと行動するだろう。なのにこの姫様はそれを良しとしない。基本的にフレアは命令するのが苦手なのだ。
それから魔物達を前にフレアと赤影の話し合い。やはり食料だけが問題だ。しかし、その問題もすぐに解決する。
たまたま近くにいた鼠獣人カーリーが急にフレアと赤影の間に割って入ったのだ。
「各種族の集落から税を貰えばいいんじゃないです? だって何も払わずこっちに押し掛けてきてから庇護してもらおうなんておかしいじゃないですかー、だから、どうせフレア様だから重税は嫌がるだろうから最低限の、こいつら飢えさせない程度の食料を税として徴収すればいいんですよー。こいつらがいれば村も発展出来ますし、食料だって自分達で作れるようになれば税ももっと軽くすればいいですしー」
ポン、と同時に手を叩くフレアと赤影。税の事など考えてもいなかった。そもそもこの世界に税という概念がある事すらフレアは知らなかった。知らなくても少し考えれば人間の国での国家運営の事などで考え付くはずなのだが、村での生活は一つの大きな家族としての生活感が強く、すっかり頭から抜け落ちていた。
しかし、これで村は発展するだろう。しかもこの村だけでなく、近隣十七種族との繋がりも出来た。これが何より大きい。
「クックック、赤影よ、これでまた国に一歩近づいたな」
「そうですな。フレア様が本当に、名実共に王となる日も近いですな」
ハッハッハと声をあげて笑うフレア。
この日を持って緋色の村は町へと。森、草原、荒野、谷を支配地域に入れた。
これは事実上一つの国を手に入れたのと同義。一人の魔族が魔人とその他数百の魔物を従えると言う大事件。しかし近隣人間国家はまだこの事を知らない。
そして後にこの事が、フレアの台頭が火種を呼び、今後さらなる戦いに巻き込まれていく事を彼らはまだ知らない。
◇◇◇
「……此処は?」
見慣れぬ天井、硬いシーツ、しかし木の優しい香りがする。
「俺は……確か……」
彼は思い出す。此処がどこなのか、なぜ此処にいるのかはわからないが、わかる範囲の思い出せる範囲の事を。
「……そうだ。俺は負けたんだ」
体は動かない。彼は天井を見上げながらポツリと呟いた。呟いてから疑問に思う。負けたのに俺は何で生きているんだ、と。
あの日、彼……神崎博之はカンパネラと対峙した。親友であるフレアの為に。フレアを救う為に。
元々神崎博之はカンパネラと戦うつもりだったのだが、当然だ何処にいるのかもわからない。しかし、戦いたいというのは殺してやりたいと思ったのはカンパネラも同じだったようで、夜の濃くなった時間、彼がふと外を散歩していると突然目の前に現れたのだ。カンパネラが。
フレアからは簡単な容姿しか聞いていない。しかし、一目でわかった。こいつがカンパネラだと、こいつは強いと。
だが、強いから勝てる、弱いから負けるというのは違う。事実神崎博之は弱い。
そうして彼らは一言二言だけ会話を交わし、戦闘に入った。
戦闘は激しかった。カンパネラの闇を神崎博之は左手で吸収し、右手でカンパネラへと放出する。この闇は吸収してすぐにわかった。この闇は【喰らう闇】。触れるものを喰らう最悪の黒。だからこそその使い手でさえも蝕むだろうと。
そしてそれは正しかった。
カンパネラは向かってくる闇をまた闇で喰らい、神崎博之は闇を左手で喰らい、右手で放つ。戦いは一進一退。互いに決定打に欠けているが、このままいけば体力の差でカンパネラに軍配が上がるだろう。それをわかっているが故、カンパネラは冷静に、神崎博之は焦った。
その結果、焦った……必死な神崎博之の切り札が炸裂し、カンパネラは重傷を負った。
その神崎博之の切り札、それは炎。前に緋色の村へと行った時、フレアに私の炎をやると言われたのだ。
それはフレアの使う最大火力の超火炎。こんな威力の炎など必要ないと思っていたが、取っておいて正解だった。
が、それでもカンパネラを仕留める事は出来なかった。さらに恐ろしい程の威力の炎を放った事により、かれの体力は限界を迎えていた。故に放たれた闇を避けきる事が出来ず、彼は【喰われた】はずだった。
「……ますますわかんねェ」
そう、彼は死んだはずだった。なのに生きている。倦怠感が凄いが何処も痛くはない。確かに戦闘中は怪我はしていなかった。痛くないのはわかるが、体が動かない程とは……
「やっぱり……あんな凄ェ術使ってピンピンしてんだから、お前は凄ぇよ、フレア」
「フレアって誰? アンタの友達?」
「ああ、俺の自慢の親友だよ。弱ェのに強ェ、心から憧れる……追い付きたいのに追い付けない、そんなや………………ってええェェェェええええええっっ!?」
「なによ、さっきからずっと居たのに気付かないで独り言呟いてたのアンタじゃない」
顔だけ横に向けるとそこには長い金髪を二つに分け、根元で縛った髪型をした端正な顔立ちをした少女。目は大きいが、少しだけ吊り上っている。鼻筋は通って肌は白く決めが細かく、唇は鮮やかな桜色でふっくりと膨らんでいる。
服装は貴族のものでも町娘でもなく、派手な黄金の胸当てに籠手、その下には青いインナーを着用している。見た所冒険者のようにも見える。
そして言わずもがな人間だ。
「てかアンタ、私に礼言いなさいよ。私がいないとアンタあの時死んでたのよ?」
ただただ現状を理解出来ていない神崎博之に少女はそう言った。それで理解出来た。
どうやって助けたのかはわからないが、何かしらの術を使いあの時カンパネラの闇から助けてくれたのだと。
「すまん、礼が遅くなった。助けてくれてありがとう。本当に感謝してるよ」
天井を見上げたまま、本当に自分は生きているんだと。
「ま、別にいいわよ。たまたま通りかかっただけだし……てか、アンタの術、珍しいわよね? どうやったの?」
「……術?」
「あのカンパネラの闇を吸収? みたいな感じで吸い取ってから逆にやり返してたじゃない。どうやったのあれ」
「ああ、あれは術じゃなくて俺の固有能力なんだ。俺は左手で相手の能力を吸収して、右手でそれを放出する。それだけの能力だよ」
「じゃああの最後に使った炎は? カンパネラは炎は使わないはずだけど」
「アレは俺の親友に凄ェ炎の使い手がいてさ。借りてたんだよ。俺は吸収した能力を三つまでストック出来るんだ……てかお前、カンパネラを知ってんのか?」
「カンパネラは私の宿敵よ。奴は私の両親を殺した……だから私は奴を負っていたら、アンタが私の獲物を横取りしてたってわけよ」
「両親を……変な事聞いてすまん」
「気にしなくていいわよ。もう昔の事だもの。てかさ、私達協力しない?」
「協力?」
「そう、アンタもカンパネラに恨みがあるんでしょ? でもアンタは負けた。きっと私もまだ奴には勝てない……だから協力しましょう。アンタの能力、話に聞いただけだと多分能力審査会に掛けたらS認定されるくらいの強力なものよ。ならそれを、私ならきっとアンタを活かせるわ。だから組むわよ」
「ちょっと待て、なんか途中から俺の意見聞いてないよな」
「だって私、アンタの命の恩人だもの」
「まあ、そうだけど……」
「ならよし、決定ね! 今日からよろしく頼むわよ相棒!」
「相棒って、まだ互いに名前も知らないだろ」
「ん? あぁそうね。私の名前は【クレア・アームレスト】、一応【黄金騎士】の称号を持ってるわ。ま、気軽にクレアって呼んでいいわよ」
「あ、ああ。よろしくなクレア。俺は神崎博之、呼び方は好きに呼んでくれ」
「カンザキヒロユキ?」
「ファミリーネームが先に来る地方での生まれなんだよ」
「あ、なるほどね。よろしくねヒロユキ。これから一緒にカンパネラ、そして世を脅かす魔物達を退治していきましょうね」
「……へ? 魔物?」
「ん? そう、魔物。平和の為には退治しなきゃでしょ?」
キョトンと首を傾げるクレアに対し、神崎博之は思っていた。
(フレアに……どう説明すっかなこの子)
久々の神崎くんの登場です。そして金髪美少女参入、やっぱツインテールですよね?さてはて、人間嫌いの魔物のフレアと、魔物を倒したい人間のクレア。神崎くん板挟みですね(笑)




