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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第一章 覇道
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第二十五話 終結へ向けて

 ドゴンッッと、鈍い音が響いた。

 魔人赤星の全力の膝が同じく魔人でクロウリーのアゴを抜いた。流石にこれはダメージが通ったらしく、クロウリーの膝がガクンと折れた。もしこの打撃、フレアが受けたのならば即死は免れない程の強力なものだ。

 息の根は止めれなくとも、立ち上がれない程のダメージは通ったはず。なのにだ。


「笑えねえっての!」


 言葉と同時、震える足を押さえ付けて立ち上がろうとするクロウリーの側頭部へと蹴りを、されど倒れぬクロウリーの鼻面に全力の拳を叩きつけた。

 白目を剥き空を見上げるクロウリー。これだけの連撃、生きているだけでも奇跡と言えるようなものではあるが、それでも赤星は攻撃の手を休めない。

 敬愛するフレアの為に、傷を負わせられた大切な妹の為に、コイツは俺の手で倒すと。


 しかし、赤星の七発目の拳がクロウリーの顔面を捉えた時だった。


 赤星の腕をクロウリーが掴んだのだ。

 まだ意識があったのかと驚いたが、ならばそんなのは振り払ってまた攻撃を加えるだけ……なのだが、クロウリーの赤星の腕を掴むその手の力はある尋常ではない。振り払えない。

 背筋に冷たいものが走ったと同時、赤星の腕は確か引かれ体勢を崩したところに鳩尾に拳を叩きつけられる。


 肺の空気が強制的に体外に押し出され、赤星の動きが止まる。止まってしまった。


「お返しだ……」


 上体を前のめりに固まったところで髪を掴まれ、鬼の全力の一撃を顔面に叩き込まれ赤星は十メートル程後方へと吹き飛んだ。


 いつの間にか雨が降り始めていた。


 赤星は倒れたままピクリとも動かない。


 雨は降り続く。


 泡影は見ていた。出血により意識が飛びかけてはいるが、地面に横たわりながら、己の自慢の兄がただの一撃で倒されたところを。

 このままで兄は殺される。私も殺される。フレア様も助けられない。


 雨が激しくなる。


 完全敗北だ。

 あれだけ大口を叩いてこの結果だ。フレア様に顔向けは出来ないと。


 雨で視界が悪くなる。

 一部で水蒸気が上がる。


「フレア様……」


 泡影は呟いた。


「今からは……私の時間だよな……」



 ◇◇◇



 時間を少しだけ巻き戻す。

 フレアが腹部に強い衝撃を受けて胃の中のものを吐き出し、動きたくないと悲鳴をあげる体を動かしている時だ。


 残り少ない魔力で、足りない部分は生命力を魔力に変換し、迫る精鋭隊や一般兵を焼き、また爆散させていく。一体倒す毎に体が悲鳴をあげる。元々莫大な魔力を有しているとはいえ、緻密なコントロールを苦手とする彼女は長期戦闘には向かない。

 短期決戦にて余りある膨大な魔力を惜しげも無く使用し相手を蹂躙するのが今の彼女には正しいスタイルと言えよう。


 油断すれば攻撃を受ける。既に何発もの攻撃に被弾し、右腕は折れ全身に痣を作り、何処かでぶつけたのか頭からは血が流れている。誰の目から見てもここから先、フレアの逆転は有り得ない状況だ。

 これが幾つもの戦闘を乗り越えてきた歴戦の強者であれば窮地の解決策などを持っているのかもしれないが、日々を平和に過ごし、己の命を賭ける戦いなど過去に数度しかない。そもそもここまで追い込まれた事自体が初めてなのだ。


 痛み動かぬ右腕を庇い全身から熱波を、口から炎を、手から火球を飛ばし、倒れてもなおフレアは立ち上がる。背負っているのだ。仲間の命を、己を信じる民の命を。

 戦闘が開始してまだ数時間も経っていない。しかし、もう限界だ。全魔力を使い切り、生命力も己の生命維持に最低限な分しか残っておらず、遂に彼女はその場に倒れた。


 意識が段々と薄れていく。もう体が全く言う事を聞かない。まだ立ち上がらねばならないのに。


「ウッ……ァッ……」


 彼女を取り囲む一つ目族精鋭部隊、その小隊長とでも言うのだろうか、一際体の大きい怪物がフレアの髪を掴み、己の視線の高さにまで持ち上げる。小柄なフレアと大柄な一つ目族、彼女の足は地面から七十センチは浮いている。


「これだけ小さな者に我らが此処までやられるとは思わなんだが、ヌシの悪運も此処までのようよの」


 口の端から涎を垂らし、まるで兎を捕まえたかのように嬉しそうにフレアの全身を眺めている。

 量としては食いごたえは少ないが、力ある魔族の心臓、脳は非常に美味との噂だと男はフレアの心臓を掴み出そうとその胸に手を触れた。


 その瞬間、甦るフレアのトラウマ。

 数ヶ月前にカンパネラに触られたこの体、胸に付けられた呪いの刻印。

 別に気を許した仲間達の手が事故で触れようと気にはしないし、己自身人よりサバサバした性格をしていると理解している。だが、敵に……カンパネラの息が掛かった者。フレアは叫び、力の入らぬ足でおのれを持ち上げる者の横顔を蹴り込む。

 が、やはり体重も乗らず、体力の無い状態での苦し紛れの蹴りが効くはずもなく、ただ目の前の魔物の機嫌を損ねるだけである。


 フンッ、と短く野太い声を出し、魔物はフレアを地面に叩き付けた。同時、頭から叩き付けられたせいで彼女の首は骨が折れ、その一瞬で彼女の意識は闇に飲まれた。





 ……そう、闇だ。飲まれた闇の中で彼女は立っている。

 何も見えぬ闇、意識と己の五体満足の、怪我一つ負っていない綺麗な体だけがハッキリと見える闇の中。


(そうか……私は死んだのか)


 彼女はそう思った。そう思うのも無理は無い。今の今まで戦場にいて、何度も死ぬかと思い、気が狂う程の敵を殺し、そして最後は地面に叩き付けられて殺された。

 それが彼女の一番新しい確かな記憶。


 両手を開いてみる。動く。

 折れたはずの右腕は痛まない。

 そもそも体力も魔力も全快と言える程までに回復している。


(死後の世界ってのは親切なんだな)


 そんな事を悠長に考える余裕まで生まれてしまう。

 が、そんな事は言ってられない。そんな事を言ってしまえば、己が死んでしまえば村が滅ぶ。皆が死んでしまう。

 どうにかして此処から元の場所に戻らねばならないと、そう思った時、目の前でスポットライトが点灯した。そこにいるのは長い白と黒と茶の入り混じった髪を背中まで垂らし、漆黒のコートを羽織る一人の男。


 背は赤星よりは低い程度、無駄な肉は無さそうで体格は割とガッチリしている。下に黒い丈の長いズボンを着用し、上は何故かコート一枚。

 その男は御座に座り足を組み、右手に赤い液体の入った丸めのワイングラスを持っている。


「気分の方はどうですか? 何処か具合の悪い所はありますか?」


 男は低過ぎず、また高くも無い心地の良い音色の声を響かせる。


「体は何ともない。とにかく説明をしろ」


 あくまで冷静に。こんな如何にもな登場をしたのだ。この男が只者ではない事と、己がただ何の意味もなしに死んだわけではないのだと推測する。

 視線だけを動かし、改めて周囲を確認する。何も見えない。あるのは御座に座った男だけ。


「そう警戒なされないでください。順を追って説明します」


 そうして話される内容、それは結論のみを先に言えば現在フレアはカンパネラにより辛うじて精神を保護され、精神生命体としてこの謎の空間にいるとの事。そして外の世界では今、時が止まっており、実際の経過時間はフレアが死亡してからほんの数秒との事らしい。


「この止まった時の中で貴女は今体力と魔力が完全に回復している……いや、以前にも増して魔力の総量、実は向上しているはずです」


「……確かにその感覚はある。これもカンパネラの呪いの恩恵だとでも言うのか?」


「いえ、それは貴女様が持つ、貴女様だけの力。【覇王の資質】によるものです。貴女様が望めば、貴女様が心より何かを強く望めば、その分貴女様は強くなられます」


「なんだそりゃ? そんなもん理不尽にも程があるだろ」


「ええ、それこそが貴女、貴女こそが理不尽の権化としてこの世界に生まれた新たなる魔王なのです」


「っても、私はまだ弱いぞ。仲間が、友がいなくては何も出来ん」


「ええ、仲間が、友がいるのでしょう? それも貴女様のお力となる者、それらを束ねる貴女様の力そのものでしょう?」


 淡々と、表情も口調も、声色声質すら変えず男は話す。


「まずはその力を解放なさりませ。さすれば貴女様に敵などおりませぬ」


「解放ったってどうすんだよ」


「簡単ですよ。今でこそ道化師の呪いに縛られて生き長らえていますが、ようは貴女様が望めばいいだけなのです」


「ええ、望むのです。貴女様の今一番の望みはなんですか?」


「私の一番の望み……?」


「ええ、さあ、見えてきましたね?」


 フレアが、彼女が思い浮かべたもの______





「ウゥゥゥァァアアアアアアアッ!!」


 雄叫びと共に彼女は全身から爆発的な炎を噴出、それは周囲十数メートルを一瞬にして燃やし尽くす灼熱の炎。

 彼女の目の前にいた魔物は一瞬でその体を炭化させる。


 気が付けば戦場にいた。つい先程から時間の経過などありはしない。だが、全身の怪我、倦怠感、それら全てが回復している。夢ではない。


 馬鹿な、殺したはずだ、と周囲の魔物達は騒めいた。確かに殺したのだ。首の骨をへし折って。

 しかし、今目の前には先程までの動きの鈍さが嘘かのように飛び、跳ね、業火を吐き出す一人の少女。

 通常ならば有り得ないことなのだが、魔物にそんな常識が当てはまるはずもなし、一つ目族達はフレアを取り囲むように陣形を整え、一斉に、隙間なくフレアへと迫る。


「おっせぇな、こんなのに私は苦戦してたのか。こりゃ恥ずかし過ぎて死ねるな」


 その動きはとても遅く感じられた。フレアは足を、トン、と軽く地面を踏み鳴らしたと同時、周囲を囲っていた一つ目族達の足下から火柱上がる。そして指を鳴らす。炎が止み、そこに残るは消し炭となった十数の一つ目族の焼死体。


「さて、選ばせてやる。消し炭となるか、道を開けるか、だ」


 ニヤリと不敵に笑うフレア。その自信に満ち溢れた表情は彼女の美貌を引き立たせる。


 そうして迫る一つ目族達、数にして二百の一団を一分程で殲滅、彼女は肉の焼ける匂い、チリチリと燻る地面を踏み締めてゆっくりと歩を進める。

 もう視界に入っている。一人の大柄な男、大鬼族の男が横目に此方を見た。驚いたかのような表情を浮かべている。そんなの関係ない。


 覚悟しろよ? お前達は私の大切な者達を傷付けた。


 だから今からは_____


「今からは……私の時間だよな……

ストックが少なくなってきました。遅筆なのでそのうち追い付かれるかも……でも、仮に追い付かれても一日二日で更新は出来るのでご安心を

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