第二十三話 圧倒的優勢、からの激戦
「皆! 配置に着いたか!」
フレアがそう叫ぶと彼女の眼下にて「オオッ!」と男達の野太い声が上がる。場所は岩の墓場のど真ん中。そこにフレアは陣を張り、その彼女の率いる前衛隊より二百メートル後方にジン太率いる後衛隊が待機している。
当然の事だがミケは村に、ジンギに世話を頼んでいる。
よって現在の彼女の相棒は下級の地上竜種であるパトリシアだ。地上種とはいえドラゴン、飛ぶのが苦手なだけで飛べないわけではない。
フレアは今パトリシアの背に跨り、上空十五メートルより全隊を把握している。本当ならばこのまま単騎で一つ目族の居留地を襲撃したいが、ジンギ達の猛反対とパトリシアがそこまでの飛行性能を持ち合わせていないので断念した。
「いいか! お前達は一人一人がこれからの村の発展を助ける私の財産だ! 私は欲深い女だからな、その財産を一欠片でも失うつもりはない! いいか?誰も欠けてはならんぞ! 危ないと思った時は私かジン太に押し付けろ!」
拙い飛び方をする竜の背に跨り、数の少ない全軍を鼓舞する。今だ食用の獣以外の命を奪った事はないフレア。そんな彼女が己が守ると決めた民の命、それが散る事など耐えられるはずがない。
故に彼女は決して兵には無理はさせない。命あっての物種だから。私とジン太がいれば皆を守れるはず、と。
そしてその想いは彼女が庇護する全ての民に届く。我らには女神様が付いている。その女神様を悲しませまいと。
(いや、女神じゃなく魔王なんだが……)
そんな戦闘前には場違いな事を思いながら頬を掻く。なんて内心皆に慕われていると嬉しさを隠せないでいるフレアの視界の端にて土煙が上がった。
「……来るぞ! 備えろ! 誰も欠けるなよ!」
アレは間違いなく一つ目族の進軍の狼煙。大人数で地面を踏み鳴らして上がる砂塵。
とうとう戦闘が始まる。彼女にとって初めての戦争とも言える、民の命を守る為に他者の命を奪う戦闘が。
「敵前衛、四隊に分かれて中央より西側より三隊、東側より一隊、手筈通りに此方も分かれて迎撃せよ! 私は敵戦力の多いところから各個撃破を試みる! 危なくなれば煙弾を飛ばせ! すぐに駆け付ける!」
そうして始まった。
まず最初にぶつかったのは中央東の第四分隊、六名しかいないが万が一の時はジン太からの後衛支援を一番に受ける手筈だ。
フレアが立てた戦況に応じての部隊配置はこう、まず相手が均等に分かれての進軍の場合、それは最初に打ち立てた通りにフレアが全体的に飛びその数を減らし残りを後衛隊の支援を受けた前衛隊で討つという作戦。そして今のように相手の散った戦力に偏りがある場合、それは大部隊の方にフレアと三隊が行き、残りの一隊を精鋭六名の第四分隊と後衛支援で相手をする。
その為に第四分隊は全員が戦闘能力の高い獣人で構成されており、そのリーダーには元より統率能力の高い狼男のドリューが起用されている。もちろんそれでも戦局が危うい場合は以前フレアが城塞都市国家ダムドより仕入れた煙弾、煙を打ち上げるだけの火薬砲を空に向かって撃つことによりすぐにフレアが駆け付ける手筈となっている。
故に第四分隊は人数こそ少ないものの、誰も怖気付いてはいない。
誇り高き獣人族である我らが大した知能もない一つ目族になど遅れは取らない。また我らには新世代の魔王の加護があると。
故に第四分隊の指揮は高い。こちらに向けられた一つ目族の数は四十体程。凡そ七倍の兵力差であれど、この程度なんでもない数である。
その意気込みの通り、実際に彼らの蹂躙振りは凄まじいものがある。元が人間に囚われるなどの失態を犯した者達であるが、それこそ奴隷商達の卑劣な罠でもなければ不覚は取らなかったであろう。
そうして一方的な戦いを見せる第四分隊とは別、次に戦闘の始まった第二、第三分隊では______
「怯むな! 私が付いてる、落ち着いて各個撃破しろ!」
第二、第三は現在合同分隊となり、迫る正面からの敵とぶつかっている。パトリシアが火球を吐き出し、その背中から飛び降りたフレアが両手に炎を、それを渦を巻くように周囲に撒き散らし一つ目族の数をあっという間に削っていく。
開戦早々戦局は遥かにフレアの自称魔王軍が圧倒的に有利、第一分隊は人数を分けて他の分隊への援護に回れる程の余裕を見せている。
元々が相手はただの魔物。所詮は下級魔族にも劣る劣悪種。数あれど我らの敵ではない。その思いは正しい。この戦、どう転んでもフレアの魔王軍の勝ちは開戦早々、もう既に見えている。地力が違うのだ。
「次から次へと……しつこい奴らだな」
フレアの周囲には常に五体から六体の一つ目族がいる。しかし、その動きは鈍重で、日頃泡影と遊び呆けている彼女からすれば止まって見える程だ。一つ目族の持つ武器は斧やら棍棒、様々だがどれも大きさがあり重量も相当なものだろう。他の者ならいざ知らず、フレアならば下手すれば一撃で致命傷だ。
しかし、そんな生と死の狭間とも言える戦場の中で、向けられる確かな殺意の中でも彼女は踊っているかのように炎を舞わせる。
ただそれだけで彼女に迫っていた一つ目族の者共は腕が焼け落ち、胸が抉れ、腹に風穴を開ける。
途轍もなく強力な必殺の一撃を惜しげも無く放つ彼女は既に四十を超える敵を討ち倒している。
そしてそれぞれの分隊の者達も、日頃の狩りや赤星からの訓練のおかげか、未だ誰も倒れていない。圧勝だ。
……が、それでも、やはり疲れは見える。それぞれの分隊とフレア、そして支援、回復を風精霊属のメルシィに任せ、ジン太も殲滅戦へと参加する。
この時点でそれぞれが倒した敵の数、そしてフレアが倒したのを数えるとその数は三百を超える。
なのに、敵の数は一向に減る気配はない。
異変に気付いたのは戦闘開始より一時間と半。遂に味方より負傷者が現れ始めた頃だ。
「……カーリー! 戦況を確認しろ!」
敵の攻撃の波が激化する。本当ならもう殲滅と言わずとも勝利を確信出来るだけの数は倒したはず。
フレア直属の諜報員として任命されている鼠の獣人カーリー。泡影達のような幹部でこそないが、フレアが直々に名を付けた非常に動きが素早い主に村周囲の情報の収集を担当する少女だ。身長も百三十台と低く、頭の横の大きな耳と丸く尖った鼻とピョコンと飛び出たヒゲ、何より毛のないツルンとした長い尻尾が特徴の今年還暦を迎える少女で、この一つ目族の侵攻をフレアに報告したのも彼女だ。
その鼠少女はフレアの命令にただ首を小さく縦に振り、持ち前の機動力で戦場を、一つ目族の群れの中を器用にすり抜けてパトリシアの背に飛び乗る。同時に羽ばたき、下級を放ち上昇気流を作り空に舞うパトリシアのその背から、彼女は信じられないものを目撃する。
「て……敵兵……凡そ八百! その後方、三百を超える一団が待機!」
カーリーの持つ複数の固有能力の一つ【瞬間計測】。文字通り瞬時に物を数える事が可能な、諜報員としてとても優れた能力である。
その彼女が見たものは最初の倍は超える敵兵の数。
少しでも早く遠くへ情報を伝える為の彼女の第二の固有能力【拡声】。これも文字通り言葉を大きく広く遠くへと届ける能力である。それにより全隊へと現状が知れ渡り、皆の顔からは余裕の色が消える。
負けるつもりこそないが、既にこれだけの数を倒し、さらに今からその四倍近い敵を倒さればならないとなれば焦りも生まれる。
「作戦変更! 私とジン太とパトリシアで戦線を維持する。残る全隊は一時後方へ、一丸となって残る敵の殲滅に当たれ!」
既に怪我人の数は十名にのぼる。数だけなら何てこと無い数だが、割合で考えれば総兵力の二割に届かないまでも、相当な数字だ。
今のままでは戦線を崩される。それは防がねば全滅は避けられたとしても、村までの侵攻を許す事になる。
故にフレアは守りを固めさせ、また攻撃を特化させた。
(これなら巻き込まずに済むからな)
遠く離れたジン太も、フレアの魔力の高まりを感じ取り、迫る一つ目族の胸を拳で大きく陥没させ、胸骨が肉を突き破り体外へと突き出て絶命する一つ目族に目もくれずにその魔力の方向へと目を向ける。
何でも無い一撃なのだが、攻撃力が高すぎる為に基本一撃一殺となっている。
「ングッ……痛いっスねこのっ!」
そして超人的な防御力。赤星でも全力を出さねばまともなダメージは与えられない。ジン太を倒そうと思うのなら打撃以外の方法を選ばねばならない。
一つ目族が振るう斧ならジン太も危ないが、今のように棍棒で殴られた程度ではビクともしない。赤星曰くもう魔人の域に片足を突っ込んでいるとの事だ。
が、やはり多勢に無勢、いくら防御力が高くてもダメージは蓄積する。怪我はする。刃物での攻撃も普通に通る。ジン太数えて百を倒した辺りで動きが鈍くなる。
それにより後方に待機している殲滅隊に回る敵の数も必然的に増え、負担も増える。風精霊メルシィの回復魔法があるものの、その回復は怪我だけで体力は別物だ。
ドリューを中心にカーリーが戦況報告を常に行い戦線を何とか維持出来ているが、流石にこのままでは厳しいものがある。いくら強くても数には勝てないのだ。
それは当然フレアも同じ。
「ウゥァアアアアアアッ!」
ドンッと激しい爆発音、その中心地にはフレア。これは彼女が最近新たに編み出した周囲十メートル四方を瞬時に焼き尽くす高圧力の熱を放出する技、【爆熱円陣】。ネーミングが一々厨二臭いが、これが彼女のセンスである。
これにより彼女に群がっていた二十程の一つ目族がその体をバラバラに吹き飛ばされる。
時間にしてほんの数秒、体を休める時間はあるがまた同じ事の繰り返し。ジン太や赤星のように素手で敵を打倒する術を持たない彼女は己の膨大な魔力に頼った戦い方をするしかなく、またこれまでに緻密な魔力コントロールを練習する事もなかったので常に全力で術を放っている。
そうなればどうなるか。
(ちと……これはキツイぞ……一向に数が減らん)
答えは魔力が少なくなり、極度の疲労に襲われる。
現在彼女の額には玉のような汗。可能ならばすぐに横になりたい程の疲労が彼女を襲っている。もうすでに彼女一人で二百は倒している。なのに迫り来る数は減る気配が無い。
通常の戦争ならば、彼女の知る人間世界の戦争ならば敵兵を二割も減らせば大抵は相手が降伏する。しかしこの一つ目族、既にジン太が倒したのと、先程までの戦いでもう六百は削っているはずなのに恐れも焦りも見られない。
(意志の統一とか……その辺の術式でも使われてんのか?)
普通、どんなに知能が低くてもこれだけやられていれば行動に変化くらいは見られるはず。なのに何の変化もないとすると、まず疑うのは洗脳だが、これだけの数を洗脳など出来るのだろうか。それならまだ簡単な方法があるのではないだろうか。
そこで考えたのが意志の統合、統一。それが可能なのかはわからないが、もしそれが可能であれば簡単なのはどちらだろうか。一体一体を洗脳するより、何かしらの術式を使用して一度に大勢の意志、意思、意識を統合する方が簡単なのではないだろうか。
「と、なるとその術者を倒す必要があるな……よし、ジン太! パトリシア! 戦線維持は任せた! キツイだろうが耐えてくれ!」
体力がまだ残っているうちに。手遅れにならぬうちにとフレアは敵本陣を目指し、両手から炎を放ち群がる一つ目族達を焼き尽くしながら走り出す。
最早敵兵を減らすだけではこの戦は終わらない。元凶を叩く。
元凶……それで思い浮かぶのはあの憎き道化師カンパネラ。だが、恐らくカンパネラはこの戦場にはいない。いるのならこの程度の苦戦で済むはずがない。そう確信している。
ならば、いるとなれば息の掛かった手下が良いところだろう。
ならば、本人でないのなら、魔力が尽きる前なら勝てる。この戦を終わらせられる。
フレアはクルクルと回りながら、炎を撒き散らして迫る敵を一掃しながら先へと進む。




