第二十話 仲間の絆と悪夢の始まり
「……と、言うわけだ」
感動の再会より二日。一行は何事もなく里まで戻って来ており、里の幹部と位置付けられているジンギ、ジン太、赤影、赤星、泡影の五人と、当然フレアを入れた六人が彼女の家に帰って集まっている。
もちろんフレアの膝の上にはミケがいる。
話の内容はカンパネラの事。
フレアはカンパネラにされた事を包み隠さずに皆に話した。それから人間に捕まり奴隷として売られそうになり、神崎博之と共にその組織を壊滅させ、早ければ今日にでも数名くらいは移住希望者が来るであろう事。
カンパネラの事に関しては彼女は徐ろに服を脱ぎ、恥ずかしさに耐えながらのカンパネラに付けられた刻印を皆に見せて証明した。
そこからの皆の反応、それは様々……ではなく、皆一様に怒りを隠す事なく顕にしている。
「そうだよな、皆の王たる私がこの体たらく、皆が怒るのも無理はない」
服を着なおしてから俯き、沈んだ声でそう漏らすフレア。落胆させてしまった……軽蔑されただろうかと、不安に押し潰されそうになり、皆の顔を見る事が出来ない。
本当ならこんな事は黙っておきたかった。自分達の王が辱められるなど彼らはどれだけ落胆する事だろうと。
「そうっスね。大激怒っス」
「ジン太の言う通り、腹が立って仕方がねえや」
そこへジン太と赤星。彼らの怒りは相当なようだ。泡影なんか言葉も発さず、ただ無言で怒りのオーラを発している。
これだけ情けない王なんだ。もしかしたら愛想を尽かされて里を出追い出されるかもな…等とも考えてしまう。
しかし、そうではないのだ。彼らは間違いなく怒っている。でもそうではないのだ。
「取り敢えず、フレア様は一人での外出は暫くは禁止ですな」
「そうじゃな。まずは反省してもらわなばならんしのう」
赤影にジンギ、フレアはもう何も言えない。何も言えずミケの腹に顔を埋めて蹲る。
もう皆知っている。これはフレアが心の底から落ち込んだ時のサインだ。
ジンギが皆に目配せをする。皆が頷く。
これ以上しては我らが主が泣いてしまう。そろそろ言ってあげようかと。ではだれが口火を切るか……泡影が挙手した。皆が頷く。
「……あの、フレア様? 確かに皆怒っております。そのカンパネラに、そしてそれで私達に嫌われるのではないかと思っているフレア様に」
フレアの肩がピクリと反応する。だが顔は上がらない。もう皆察している。これは顔を上げられないだけなのだと。
もう皆がフレアと過ごして四ヶ月を超えている。それだけ過ごせば流石にわかる。彼女が……彼らの魔王が如何に強く美しく、自分に厳しく傍若無人でワガママで、そして誰よりも優しくて傷付きやすい泣き虫な女の子なのだと。だから皆がフレアを頼り、そして守りたいと思っている。
そして泡影は続ける。
「私達はフレア様を信じてます。大好きなんです。舐めたいくらい愛してます。それを疑われた私達は……それを疑ったフレア様を怒ってはいけませんか?」
フレアはミケの腹に顔を埋めたまま首を横に振る。
「フレア様は自らの手でカンパネラを八つ裂きにしたいと思うかもしれませんが、私達だって大切な人を傷付けられたんです。それでも私達にはカンパネラに対する復讐の権利はありませんか?」
フレアはミケの腹に顔を埋めたまま首を横に振る。
「……フレア様? 私達の顔を見て、ちゃんと言葉で私達に教えてください」
フレアはミケの腹に顔を埋めたまま首を横に振る。今は顔を見せられない。声も出せない。
「フレア様」
泡影の語気が強くなる。駄目だ。見せられないのだ。こんな顔は見せられないのだ。なんとか……今の乗り越えれば皆の顔を見て話せる。謝れる。でも今だけは駄目なのだ。
「頼む…………すぐに……すぐに顔を出すから……今だけは一人に…………」
「駄目です」
泡影はそっとフレアの頭を持つように両手で触れる。何をされるのかわかったのか、フレアは抵抗しようとミケの腹に強く顔をめり込ませる。ミケの機嫌が悪くなる。
そしてミケの怒りの猫パンチを喰らい、フレアはついにその顔を皆に晒される。
顔をクシャクシャに歪め、大きな眼からボロボロと絶え間なく涙が零れている。里の子供達と変わらぬ泣き顔、ふぐぅぅと必死に泣き止もうとすると止まらない涙、次第にひっくひっくとしゃくりスカートの裾を掴み、もう泣き顔を隠すような事もせずに声をあげて泣き出した。
普段が気を張りすぎているのだ。ずっと里の者達にすら弱味を見せようともしなかった。それが顕になり緊張の糸も切れ、最近では元の泣き虫属性が戻り泣きやすくなっている。もう泡影はホクホクだ。
「よしよーし、フレア様は良い子ですからねー? 私達がいますからねー? もう怖くないですからねー?」
割と本気でその役どころを変わって欲しいと願う男連中を余所に、泡影だけが嬉しそうに鼻血を垂らしていた。
◇◇◇
「いや……流石に来すぎじゃね?」
よく朝、フレアは赤影に起こされて里の入り口にやって来ていた。慌てたようにやって来た赤影に魔物の襲撃かとも思ったが、それにしてはさほど焦っている様子はない。そうか、来たのか。と思い外に出たのだが、そこにいた人数が彼女の予想を超えていた。
そこには人間を含むおよそ三十名程の集団、元奴隷達がいたのだ。
人間は三名だけで、亜人や獣人等の魔物達。魔物達はいいんだが人間は駄目だろと激しく突っ込みたかった。
正確に三十三名、里の者と合わせれば五十二名。
が、頼って来た者を見捨てるわけにもいかない。取り敢えず移住希望者にはまず広場に待機してもらい、また幹部達を集めて緊急会議である。
「まず、性別は無視して人間が三名、シルフが二名、ドリアードが二名、ゴブリン十名にワーウルフや猫娘など獣人族が十二名、魔狼が四匹ですな」
「いや、うむ、だが魔物はまだわかるがなんで人間まで来るかな……」
深い溜息を吐いて天井を見上げて額を押さえる。来るのはほんの数名くらいだろうと、多くても十人程度だと思っていたらまさかの三倍超え。確かに人数が増えればその分皆が様々な仕事に精を出せる。里を潤わす事は可能だろう。
しかし、まだその基盤を作る段階でこの人数は養い切れない。自分の蒔いた種なのだが、これはこれで頭が痛くなる問題だ。
だが、助けを求められたのだ。応えるしかないだろう。そうフレアはみなに言う。切り捨てるのは簡単だ。
だが、そんな事をしていては郷に未来はない。一気に人数が多い増えた今こそが発展のチャンスなのだ。
「まず、狩りに魔狼と獣人を五名、ゴブリンと残りの種族の戦える者、合わせて十名を里の警備隊に、残る力のある者は建築、一番最後に残る女子供を農作業をさせる……のはどうだろうか?」
「いや、まずは食料と住居が先だと思う。警備は取り敢えず俺とゴン太で行けると思う」
「やはりそっちが優先か……冬にも備えなきゃならんしな。今のうちにそっちを解決しないと確かに警備なんてだんじゃあないな」
「それなんですがフレア様、三名の人間に人間の街への食料や資材を調達させる役目を与えてはどうじゃろうか」
「……将来的にはいいんですけど、今現在でそれをやるのはリスクが高過ぎないですか?」
「っス、まだ里が今の段階だと外にこの里の事が漏れるのは危険っス」
「はぁ、人間の処遇が一番困るな……そもそも魔物の里に人間が来るなよ」
完全な自業自得。あの時カッコつけたらこうなったのだが、こんな自虐ネタでも入れないと本当に溜息のみになってしまう。
受け入れると決めたから、その覚悟があるから彼女はあの時ああ言ったのだ。
「皆、本当に迷惑を掛けてすまん。……だが、私には奴らを見捨てるような真似は出来ん。これからも苦労を掛けるが私達の理想の為に頑張って欲しい」
胡座をかいて座っている状態で膝に手を置き頭を下げる。
これは国を目指す以上避けては通れぬ道なのだと理解を求める。しかし、此処で返ってくるのは皆の溜息ばかり。
今回ばかりは流石にやり過ぎた。皆に相談せずに勝手な行動を取ってしまったとフレアは後悔の念に苛まれるが、それを見て皆はやはり溜息をつく。
本当にこの人は俺達の事をわかっていない、と。
「フレア様、貴女様は本当に優れた我々が誇る王であられるお方になりますぞ? もっと自分の判断に自信を持ちなされ。フレア様が弱き者を見捨てない、そんな心優しきお方だから我らは貴女様を王と付き従っておるのですぞ?」
「そうじゃな、フレア様がもし何かを間違えた時、その為にワシらがおるのです。故にフレア様はこのまま前を見て歩み続けられよ。ワシらはそれについて行きますのじゃ」
「じゃあ私の外出禁止は_____」
「却下です」
そうして皆での話し合いの結果、人間も含めた全員を里で引き取る事に決定した。
里の警備は赤星とジン太に任せ、狩りと農作、建築の三班に別れて仕事をしてもらう事になった。
狩りには魔狼と動きの素早い獣人が数名、力のある者は建築班に、残りは作物を育てたり狩りで手に入れた毛皮を使用した衣服作り。
まだまだ不安は多いものの冬を越すための準備は出来整った。
その日から里は村となり、多くの魔物と少数の人間が助け合いながら暮らすフレアの望む集落となった。
まだ全員が不自由なく暮らす為には物足りないが、物資など足りない者は城壁都市国家ダムドのエスカトリーナ家より神崎博之を経由して援助を受け、里が村と変わり、季節が冬に差し掛かる頃には村の全員が己の家を持ち、食料の備蓄も増えてこれから始まる厳しい季節への対策も万全だ。
それはフレアがこの世界にやって来てから八ヶ月が経っての事だった。
「うーさむっ、森が風を防いでくれてんのにこんなに冷えんのか」
神崎博之はいつもと同じ学ラン姿にマフラーを巻いて歩いている。
「そうか? このくらいならまだ平気だろ?」
隣にはフレア。彼女は今、神崎博之に村を案内しているところだ。まだ一人での外出禁止は解かれてはいないので泡影も一緒だ。
泡影も、神崎博之も村の者も皆が一様に寒さから厚着をしている中で、フレアだけはいつもと同じで赤いヘソ出しスタイルだ。
皆一様に寒くないのか聞くのだが、どうやら炎の属性を持つ彼女は寒さにも強いようで、この寒い中平気で薄着で外を出歩いている。
そして神崎博之だが、なぜ彼がこの村にいるのかと言うと答えは単純で、フレアが連れてきたからだ。
前回の資材搬入の際に神崎博之が村に一度行ってみたいと言い、それをフレアが快く許可したのだ。村の者以外の人間での唯一の理解者に、同郷の友に、何より親友である神崎博之に己の住む村がどれだけ素晴らしいのか見て欲しかったから。
そうして彼がこの村を訪れたのは昨日の夕方。フレアと泡影が草原まで迎えに行き、村へと来る事が出来たのだが、何とも言えぬ居心地の悪さが彼を襲った。
それは赤星やジン太達男性幹部陣の冷たい視線。赤星達は泡影からの神崎博之についてこう聞かされている。
『現段階でフレア様と結ばれる可能性のある唯一の男』と。
別にフレアが幸せになるのなら相手が人間でも構いはしない。だが、それでも我らのアイドルを奪おうとするのならそれ相応の覚悟をせよ、と。赤影とジンギ総指揮の下、これが現在の村の総意である。……その事はフレアはもちろん知らない。
「な、それであれが貯水池で生活の水はあそこからだな……ておい、聞いてるか?」
楽しそうに、嬉しそうに村を案内するフレア。日頃他者からの視線や感情の機微に敏感な彼女だが、村全体に神崎博之へと嫉妬の念が溢れているのには気付かない。己に向けられているわけではないからだ。
が、これもこの村の皆がフレアの事を大切に思っている事の証拠、ならこれくらいは受け止めてやるさと神崎博之も笑顔でフレアに帰す。
「なあフレア」
「ん? どうした? 退屈か?」
「違う違う、違うからそんな不安そうな顔すんな。俺も住んでみたいと思えるくらいにいい村だよ此処は」
「ならお前も住むといいさ。お前ならみんなともすぐに打ち解けるさ」
……それはどうだろうか、フレアから眩いばかりの笑顔を向けられ、同時に周りから眩いばかりの殺意を向けられているわけだし、俺、生きて帰れるかしらと不安が半端ない。
「申し出は有難いけどさ、俺は今やる事があってさ……だから、そのやる事が終わったら俺も此処に来ていいかな?」
「やる事? 何があるんだ? 手伝うぞ?」
「いや、これは……ちょっとな」
「……ふむ、ダムドで女相手にいくつもフラグを建ててその回収に忙しいってか? それなら確かに私は手伝えないな」
「アホか! 俺はそんな事が……てこら! 逃げるな待てこら!」
楽しそうに笑いながら逃げ回るフレアを追い掛ける神崎博之。
それを呆れたように、でも嬉しそうに眺める泡影。
(全く……これで互いに恋愛感情はないとか言い張るんですからね。呆れますよ本当に)
そんな事を思いながらも、やがて泡影も我慢出来ずに二人に加わり遊びだす。こんな平和が長く続けばいいなと。
しかし、綻びは直ぐそこに。
「神崎博之が……失踪?」
「大変です! この森の反対側、一つ目族が此方に侵攻を開始しました!」




