第二話 爆炎の巫女姫フレア
ファンタジーっていいですよね。自分の厨二をさらけ出せるんですから
流石にこれは夢だろう。
目の前に広がるのは大自然。生い繁る草木に眩いばかりに此方を照らす夏の日には憎い太陽、心地の良い風が頬を撫であげて少しばかりくすぐったい。腕に抱いたミケは呑気に喉を鳴らしている。
そこまではいい。いや、決してよくはないがそれは許そう。
彼女は一度首を振ると目を閉じる。もう一度目を開けた時にまたあの光景に、ベッドの上のミケとの癒し空間に_______________
「………………」
「おおっ! 目を開けなされたぞ!魔王様が目覚められたぞ!」
「やっべぇっス! こらやっべぇっス興奮してきたっス!」
_____は、当然なるはずもなく、むしろ目の前に珍妙な二体の生物が此方の顔を覗き込んでいる。かなり近い。
「ふんっ!」
なので思わず手が……いや、頭が出た。
それは彼女の持つ、友人からは兵器だと恐れられる石頭からなる華麗なる頭突き。それを目の前の肌の色が赤褐色の豚のような鼻を持つ何やら目を輝かせていた男(と思われる)に眉間へと一発。
それは中々の威力であったようで、その男は野太い短い悲鳴をあげてその場にしゃがみ込んだ。
思わずやってしまったが問題ないだろう。乙女の顔を間近でマジマジと見つめてきた罰だと言わんばかりの怒りの籠った冷たい視線を目の前の沈んだ男へと向けると同時、
「逃がさんっ!」
ミケを片手に抱き右手を残るもう一人の男、特徴はこの場に沈んだ少しどころか普通に太った男と同一だが年齢を重ねているのだろうか、顔に彫りの深い皺がいくつも刻まれている男の胸ぐらをつかみ、そのまま相手の眉間へと向けて一撃。
◇◇◇
「で、なんなんだコレは! 説明しろ!」
かなりご立腹。触らぬ神に祟り無し。本当ならこの状態の彼女には親ですら近寄らないのだが、今はそんなのは認めるわけにはいかんと膝ほどの高さの岩に腰を掛け、目の前で正座させている二体の珍生物へと怒りの籠った声で説明を求めた。
「はいっス! 言いますっス!」
「馬鹿者! それはワシの役目じゃわい!」
「師匠ばっかりずるいっス! オラも魔王様に言いたいっス!」
「お前じゃ話にならんでワシが言うんじゃワシが!」
「いやっス! オラ役に立ちたいっス!」
「ならんわ!ワシの役目じゃワシの!」
「どっちでもいいからさっさと説明しろ!」
堪忍袋の緒が切れた。
ただでさえ訳のわからぬ状況なのに目の前で下らない理由の喧嘩が我慢も限界を迎える。これは夢なのだと信じたくても草木の匂い、風の香り、肌に感じる陽の暖かさ。これらがあまりにもリアル。
基本的にゆめとは記憶の整理なので、過去に経験した痛みや物を触る感触などが非常にリアルに再現される。しかし、過去に経験した事のないものに関しては夢での再現は有り得ないのだ。
例えを挙げるならば夢の中で水を触る。これは経験した事もあるのでその感触から冷たさまでリアルに再現出来るだろう。しかし、刀で体を切られる。炎で体を焼き尽くされる。腕をちぎり取られる。ゾンビに喰われる等、経験した事のないものに対しては感覚は非常に鈍く感じられる。
そして彼女は都会のコンクリートで囲まれた街で育ち、そう言った自然豊かな場所へと赴いた事はない。
つまり、結論を言えばこれは夢ではない。
「で、カクカクシカジカでウサウサでありまして」
「ふむ……」
口元に手を当て思慮に耽る。その間も愛猫のミケの顎を撫でるのは欠かさない。
そうして得た情報、それは彼女にとっては衝撃であり、また過去に例の無い程の怒りを生む。
彼等からの情報は、
此処は彼女の知る世界ではなく、俗に言う【異世界】であるという事。
この世界の時間軸における百年前、世界を支配していた魔族の王が人間の勇者に討たれたという事。
そして魔族の王、つまり【魔王】が死んだ事により残された魔族や魔物達から秩序が失われて昔以上に人間を襲い、そして人間から狩られているという事。
それらを解決するには魔族達を纏め、また世界を魔の手に染めるしかない。この世界には新しい魔王が必要なのだと。
そこまで聞いたのだが、それでもやはりわからない。
「で、何故私なんだ?」
問題はそこ。魔王だのなんだのと言っておきながら召喚したのが平和な国に住む一人の小娘。確かに性格が攻撃的な面もあるが、そもそも魔王が必要なのに人間を召喚してどうするのだ、と。
「ははっ、それは魔王様であらせられる【川上 龍平】様がワシらの願いに応えて下さったからですじゃ」
眩暈がした。思わず笑い出してしまいそうにもなる。頭が痛い。ミケだけが本当の意味での癒しなのだ、と。
もう今すぐにでも殴りたい。頭突きですらなく何か鈍器で動かなくなるまで滅多打ちにしたい。そんな衝動を抑えつつ、ひたいに青筋を浮かべながらも彼女は可能な限りの優しそうな笑みを浮かべた。
「死ねよクズ共」
あらいけない。思わず口が滑ってしまったとばかりに少しばかり驚いた表情を浮かべるも体は正直である。
「ぐふぅ……」
「ジン太ァァアアアッッ!」
気が付けば太っている若い方を、【鬼】と呼ばれる種族であるジン太と呼ばれた青年を足蹴にしていた。理不尽に思えるかもしれない。しかし、それでも彼女が置かれたこの状況こそが理不尽なのだ。
部屋で寛いでいたのに勝手に召喚され、勝手に魔王と呼ばれ
「そもそも私は女だ! 誰だよ川上龍平って!? 私の名前は【日比野実花】だこのバカ!」
何より人違いでこの世界に呼ばれたのだ。それも性別までも間違えて。
こうなったら即座に元の世界に戻してもらおう。早くミケとの平和な空間に戻して欲しい。心の底からそう思う。
「あ、それ無理ですじゃ。魔王様を呼んだ召喚陣は呼ぶ専用で元の世界に戻す事は出来ないの……で………………魔王様?どうなされたした?」
彼女は____実花はミケのもふもふの背中に顔を埋めたまま動かない。プルプルと肩が震えている所を見る限りでは泣いているようにも見える。
それも仕方ないだろう。人違いで呼ばれた上に元の世界にも帰れない。この鬼共の言う事が本当なら今は魔物達にとっては覇権争いの動乱の時代、仮にも魔王として呼ばれたのなら他の召喚術を使えるような魔物達、魔族達が力を貸してくれるとも考え辛い。
そうなると残るは人間の街へと赴き、高名な呪術士等に助けを求めるしか無いだろう。
しかし、それでもまだ問題がある。
実花が魔王としてこの世界に呼ばれた事自体は喋らなければそれでいいだろう。なので問題はまだ別のところ。根本のところに存在していた。
「なぁお前ら、私の見た目ってどんな感じなんだ?」
「ぬ? 魔族の王らしく凛々しくも姫のように美しい、その燃えるような紅い御髪が魔力の高さを示しているように___」
「違う。私は人間なのか? 魔族なのか?」
現在、実花の容姿は肩よりも少し長いくらいの深紅の髪、まるで絹糸かのようにとても柔らかく手触りも良い。肌の色は白。病的なまでとは言わないが、明らかに黄色人種である日本人の肌の色ではない。そして極め付けが耳だ。長さが二十センチはあるであろう尖った耳が聞こえロップイヤーラビットの如く垂れ、口の中には犬歯と呼べぬレベルに尖った歯、牙が生えている。
これは明らかに人間ではない。が、この世界の人間とはまだ会っていない。決め付けるにはまだ早いのだ。
「立派な魔族ですじゃ」
詰んだ。魔族であるならば人間の敵だろう。
ならば人間の街で助けを求めても退治されるのがオチだ。もうどうしようもない。このままこの世界で魔族として生きるしかないのか。
深い溜め息をつき、空を見上げる。ハラリと風に揺れて日本人とは掛け離れた深紅の髪がハラリと目に入る。
確かにこの世界は……いや、今いるこの場所は魅力的だ。遠くから鳥達の囀りが聞こえる。虫達が必死に生きるための戦いに身を投じでいるのも感じられる。緑も深く、人の手が及んでいない原初の景色。大都会に住んでいてはどれも感じる事の出来ないものばかりだろう。
美しい、そう感じてしまう。心が安らぐ、そう感じてしまう。
「………………は?」
そこまで思ったところで声が出た。己の思考にツッコミどころを発見してしまったからだ。
「魔王様?」
ボロ布を身に纏う痩せ細った年老いた鬼、【ジンギ】が畏れ多くと顔色を伺いながらに声を掛けてくる。
しかし、見れば見るほど弱そうだ。恐らく鬼にも種類がいて彼等は弱い種類の鬼なのだろう。
そんな日本人であれば、宗教にもよるが恐れるか崇めるかする鬼が此方を怖がっている。そればかりは少し壮観である。
(と、そうじゃなくて、聞こえる?感じる?耳は良いが感じるとかそんな特殊能力はないぞ私は)
そう。鳥の囀りもこの場所から遠く離れた所でのもの。そもそもこの森の中なのだろうが、開けたこの空間であっても目視出来ない虫を感じるとはなんなのか。
そこまで考えた所で結論を、まだ推論だが一つだけ。
『その燃えるような紅い御髪が魔力の高さを___』
「おいジンギ答えろ! 私は魔力とやらを持っているのか!」
「へ? ……あ、はい。魔王様からはワシら等とは比べ物にならない程の高い魔力を感じられますが……」
そこまで聞いた所で希望が生まれた。
魔族の体では人間の街で助けを乞えない。仮にも魔王らしいので他の有力な魔族達の助力も得られないかもしれない。
なら、元の世界にも帰るためにはどうすればいいのか? 簡単だ。人の助けが得られないのなら自力で帰ればいい。何せ私は魔王なのだからと。
ミケを抱いたまま実花は立ち上がる。やる事は一つなのだ。
まずは強くなる。魔族としてでもいい。強くなって知識を手に入れて帰りのための魔法、魔術を編み出し、それで平和な自分の国に帰る。
仮に自力が不可能だったとしても、強くなれば帰りの為の方法を知る者はいるだろう。それらを味方につける事も出来るだろう。
「おい、ジンギ、ジン太。お前らが私を呼び出したんだ。責任取って付いてきてもらうぞ」
覚悟を決めたのか、実花の髪と同じく深紅の瞳に光が灯る。
そんな実花の強い意志に反応したのか、彼女の全身から炎が溢れ出る。それは力強くて美しい、触れるもの全てを燃やし尽くすであろう不屈の心を表す魔の炎。
「おお……これが魔王様のお力……」
「熱いっス! 火事は怖いっス」
圧倒的な力。魔力。その不遜な態度。身長こそ低いものの態度の大きさがそれカバーしている。
人違いなのだとしてもこうして呼ばれたくなかったけど呼ばれたのは私だ。選ばれたくなかったが選ばれたのは私だ。もうこなった以上は仕方ないのだ。
それにどうせ魔王なのだ。多少理不尽であってもいいだろう。
人間との関わりを持てないのなら持たなくてもいい。これはこれで面白そうだからだ。……否、この趣味の悪い服だけはなんとかしたい。
実花は不敵に笑みを浮かべて口元を歪ませる。顔を出すのは人間では有り得ない鋭く尖った牙、そんな吸血鬼すら連想させる危ない笑み。それすらも美しいと、二匹の鬼は実花への忠誠を誓う。
「と、それとな、私の事を魔王と呼ぶな。私は今この場よりフレアと、【フレア・イールシュタイン】と名乗る。魔王ではなく、【爆炎の巫女姫フレア】とな」
正直昔から憧れていたのだ。厨二病的な要素に。
しかしそれを現実で出すわけにはいかない。彼女の部屋の彼女の机の一番上の鍵付きの引き出し、その中には一冊の大学ノートが入っていて、思い付く限りの厨二魔法名等が書き込まれている。【暗黒夢幻】や【炎熱光波】等だ。爆炎の巫女姫もその中に記されているワードの一つで、フレアは彼女のネトゲのハンドルネームだ。
「ははっ!畏まりましたフレア様!」
「畏まりっス! フレア様畏まりっス!」
「クックック、うむ、ではこれから頼むぞ我が従僕共よ」
こうして日比野実花こと爆炎の巫女姫フレア・イールシュタインはこの世界ので力付ける為、元の世界に帰る為に二匹の鬼と一匹の相棒を引き連れて苛酷な世界へと足を踏み入れた。
並々ならぬ軽ーい意志の元、フレアは今日この時より覇道を歩み始めたのであった。
今回は五千文字程度でした。一ページ一ページではなく、一話ずつって書くのほんのり難しいですね。もし誤字や脱字等おかしな点があれば教えてください。間を見て修正しますので。




