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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第一章 覇道
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第十九話 解放と再会

「うおぉおおおおおおっっ!」


 下の奴隷収容階に比べ、此処はそこまでは広くない。神崎博之は振り下ろされる大振りの剣を危なげなく回避する。如何に兵とはいえど高々一貴族の私兵、満足な鍛錬を積んでいるはずもなくその地位に甘え私服を肥やしてきた悪党。

 例え特殊な訓練を受けていなくとも、過去に様々な死地を乗り越えてきた彼の敵ではなかった……一対一なら。


 彼の能力は【吸収と解放】。フレア曰くとても強力な能力らしいのだが、対多人数向けではなく神崎博之自体も人間離れしたような身体能力は高く持ち合わせていない。

 彼は魔法や能力を駆使する敵と一対一で戦うのなら無類の強さを誇るのだろうが、同じような一般人同士の戦いではやはり不利。

 吠えるような雄叫びをあげながらも無双しているわけではなく、ただただ善戦しているに過ぎない。


 複数名を相手に善戦したしている時点で中々凄い事だとは思うのだが、既に十人以上を眠らせて此処のボスであるシャルーマンを足蹴にしているフレアからしてみればなんとも滑稽な争いに見える。


「そう思うんなら手伝ってくれよ!」


「私はこの豚を躾けるのに忙しいんだ。ほれ、さっさとこの首輪の鍵を渡せ豚」


 ドスドスとシャルーマンのふくよかな腹に足をめり込ませるフレア。実はこれ、かなりの力を入れている。シャルーマンはもう内臓破裂寸前だ。


「生きてお家に帰りたいだろ? さっさと鍵出せよ」


 なんとも惚れ惚れするような笑顔で腹を踏み付け、たまに「あ、滑った」と言って股間を強く踏みつける。まさに悪魔の所業である。


「ふぐぅお……ぉぉぉ……」


 最早叫び声も出ない。そんなシャルーマンの悲惨な姿に神崎博之も、神崎博之と戦闘を繰り広げている私兵達もおもわず表情が凍り付く。見ているだけでも痛いとはこの事なのかと。


 やがて、フレアがシャルーマンから鍵を奪い完全に、その能力が復活すると同時、神崎博之は最後の一人を打ち倒した。


「はぁ、ふぅ、疲れた……死ぬ……」


「軟弱だなあ、これだから人間は」


 呆れたように溜め息をつくフレア。「お前と俺を一緒にするな!」た叫びたくなるも、神崎博之はそんな事は口には出さない。

 わかっているからだ。今の強がるフレアが見ていて痛々しいから。こうして強がり、悪態を付いていないとやりきれないのだと。

 だからこそ彼はその隣に立とうとする。


「は、舐めんなよ。俺が本気出したらお前のスコアなんざカンタンに抜かしてやるよ」


 だからこそ同情はしない。どんな些細な事でも彼女と対等であろうとする。己が足りなければ背伸びをしてでも届かせてみせる。相手が足りなければ引き上げてやる。

 不器用な彼が選んだ唯一フレアを悲しみから救う方法がそれだ。もちろんそんな事で彼女が心から救われるなんて思っていない。だが救う為に何を為さねばいけないのかはわかっている。


「ふ、まあいいさ、そうでなくては張り合いがないしな。精々足掻けよ人間」


「足掻いてやるさ。諦めない事で繋がる未来もあるってのを証明する為にもな」


 そうして彼らは互いに手をあげ、そしてパンっと小気味良い音を鳴らす。何はともあれやったのだ。成り行きだが奴隷商に捕まり、それを潰し奴隷達を解放する。丁度レオンが奴隷達を引き連れて階下より上がってきたので、それらを引き連れ外に出る。

 彼女としても、他の奴隷達にしてもこんな場所には長く居たくはないのだ。





「しかし、こうやってみると凄い人数だな」


 先頭を切って外に出て、奴隷達の首輪を外してからフレアはつい口にした。流石は奴隷商、よく此処まで集めたなと。

 今フレア達の目の前にいる奴隷……元奴隷達の数は百を超える。

 純粋な労働力として連れてこられた人間や亜人の男達、コレクションや性奴隷として連れてこられた亜人や人間の若い女性、そして安価で市場的に人気の互いに人間を含む様々な種族の子供達。


 総勢百十二名、これがシャルーマンが違法に扱っていた、これから売り捌こうとしていた奴隷の数である。過去に売られて行ってしまった者達を入れるともしかしたらその数は今よりも何倍にもなるかもしれない。そして、売られて行ってしまった者達には申し訳ないが、それでも百名以上が助かったのだとフレアは満足とまでいかずとも、ホッと胸を撫で下ろす。


 しかし、これからなのだ。大変なのはこれからなのだ。

 それは彼らのその後の身の振り方。帰るところがある者はいいが、そうでない者はどうなるのか。

 その後の生活は最低レベルではあるが、生活そのものが保証されている奴隷のほうが良かったというものもいるかもしれない。奴隷とはある種の職業なのだから。それをフレア達は彼らから奪ったのだ。

 今後この事が原因で生活苦により身を滅ぼす者や死ぬ者も出るかもしれない。その責任はフレア達にある。


「そんなもんは知らん。生きたい奴は生きて死にたい奴は死ね。私は私の勝手でお前らを助けた。その後のお前らなんて知るもんか」


 帰るところのない奴隷達に責められ、フレアが返した言葉がこれだ。その言葉に神崎博之やレオンを含めた奴隷全員が言葉を失った。

 一体何を言い出すんだコイツは、と。


「そもそもな、お前ら少しは恥ずかしいと思わないのか? 私はまだ生まれて間もない魔族だぞ? こんな小娘に助けられたうえに責任取れって、私なら恥ずかしくて死んでるぞ? 死にたくないんなら、野垂死にしたくないんなら生きればいいだろ? 自分の生の責任は自分で取れ。私にその汚いケツを拭かせるな」


 クルリと振り返り、早く去れとヒラヒラと手を振りながら。


 神崎博之以外の全員が思っただろう。レオンも思った。なんなんだコイツは、と。

 石を投げつけようとしていた者もいた。いたのだが……


「あ、そう言えば……此処からだと南になるのかな? そこに鬼の住む森と呼ばれる場所がある。そこは確か今人手不足だったような……魔物の住む土地だし、人間には合わんかもしれんが……奴隷生活よりはマシかもな」


 フレアは泣き疲れて寝てしまったところを拉致されたので此処が何処なのかは知らない。しかし、帰巣本能とでも言うのだろうか、彼女は感でもって己の帰る場所がそこにあると確信していた。


「じゃあな、達者に暮らせよー」


 そうして今度こそ振り返らずにフレアは歩いていく。


「ったく……不器用にも程があんだろうよ」


 そんなフレアを神崎博之は見送った。此処に残った奴隷達を置いてはいけないから。

 また今度、フレアの里へと遊びに行こうと心に決め、彼はレオンと共に残った者達の身の振りを考えるのであった。



 ◇◇◇



 それから三日が経過した。今は夜。フレアは大草原には大の字に寝っ転がり、星を見上げていた。

 神崎博之がいた時はよかった。他に何も考える事がないから。だが今は違う。一人の夜はどうしても考えてしまう。あの日の出来事を。


 思わず近くの川で汲んで水筒に入れていた水でうがいをする。何度も何度も。胸の刻印を消そうと、皮膚ごと剥がしてしまおうかと強く強く擦る。

 それでも口の中の気持ち悪さは消えない。胸の刻印は消えない。


「みんなに早く会いたいよ……一人はやだよ……」


 涙は見せない。流さない。誰が見ているわけでも……いや、きっと奴は見ている。ならば泣いてなんてやるものか。弱音を吐きながらも、そこだけは譲らない。

 何故なら今は泣いている時ではない。今は……恐らくこれから何日か後だろうが、何名来るかはわからないが、里に元奴隷達が数名は訪れるだろう。

 つまりそれは里の発展に繋がる。今はこんな己の身に起きた些末事などに負けてはいられない。今は皆で、里の皆と笑い合う時なのだ。


 フレアは立ち上がった。

 早く里の皆に会いたい、ミケに会いたい。早く私の居場所に帰りたい。

 フレアは歩き始める。そして歩を止める。


 聴こえたから。


「フレア様ーっ!!」


「どこっスかー!!」


 ほんの数日だが、まるで何年も離れていたかのような、まるで何年も聞いていなかったかのような……。


「これジン太! もっと広範囲で探すんじゃ!」


「がってんっス!」


 何をやっているんだ……? こんな所で油を売ってないで里を……。


「うえぇぇえええっ! ふれあざまぁーっ! どごでずがぁあっ!」


「泡影……お前少しは落ち着け? な?」


 だから何してんだよ……お前らが此処にいたら里の守りはどうすんだよ……。


「ほれ、お前達も頑張って探すのじゃ。我らの姫をな」


「ふれあさまー!」


「どこですかー!」


 子供達まで連れてきて……何かあったらどうすんだよ……。


「ンナァーッン!!」


 ミケ……お前は本当に猫なのか?


 沢山の声が聞こえる。彼女を探す声が。里の者総出で。

 きっとミケがフレアの窮地を里に伝えて直ぐに総出で出てきたのだろう。

 あれから数日は経っている。それでも皆、こんな夜遅くまで諦めずに私を探している。


 いつの間にか止まった足は動いていた。

 いつの間にかその歩みは早くなる。

 いつの間にか、体が勝手に走り出す。


 荷物を投げ捨て、両手を広げて、見栄も誇りも何もなく、ただ会いたい者達に会えた喜びを全身で。


「ふれあさまだー!」


「あ! ふれあさまー!」


「え? フレアさ……フレア様!? フレアさまぁーっっ!」


 そうして皆が彼女に気が付いた。皆が彼女の無事に、帰還に全身で喜びを顕に駆け寄って来る。

 フレアも同じだ。もう抑えられない、その喜びを。いつものプライドと見栄の塊など欠片もなく、ただ一番先にフレアの元に辿り着いた泡影を弾き飛ばしたジン太の胸に飛び込み、そして隠す気もなく大声で泣いた。


 まるで小さな子供のように、大声で泣いた。


「っス、もう大丈夫っスよフレア様。皆いるっス。だから……フレア様、おかえりなさいっス」


「ジン太さん……後でぜったい覚えててくださいね」


「泡影、お前はお前でいろんな意味で自重しろよアホ妹」


 いつもの里のやり取りだ。帰ってきた。私は皆の所にいる。皆と一緒にいていいんだ。皆となら、アイツだって怖くない。


 いつの間にか、泣き疲れたフレアは眠っていた。この世界来て初めて見せる、心より安心した寝顔であった。

本日は二話掲載出した!

誤字脱字、指摘やアドバイスなどあればお願いします!少しでもこの作品を皆さんが楽しめるよう、ご助力お願いします!

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