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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第一章 覇道
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第十八話 男の背中

 レオン・フリードリッヒは悩んでいた。

 この依頼は冒険者ギルドを通していない。冒険者ギルドのグルグリンド支部、そのCランクハンターである彼は日頃から金遣いが荒くすぐに金が尽き、借金生活を繰り返していた。

 そこに声を掛けられた。美味しい仕事がある。数日の間、ただの荷物番をしてくれればいいと。


 しかし、そのあまい誘いは罠だった。彼は今非常に悩んでいる。

 確かに町で声を掛けられた時から怪しいなとは思っていた。だから少しグレーなだけかと思っていたのだが、まさかここまで真っ黒だとは思わなかった。


 彼が今いる場所はダムド西の大草原より北、グルグリンド王国領の南端にある洞窟の中。ここは元々ドワーフが住んでいたどうくつとされ、中は人が百人規模で住める程度に広く、個室も沢山ある。それを使えると思い買い取ったのがグルグリンド王国下級貴族のシャルーマンだ。

 シャルーマンは奴隷商人でもある。

 そもそも奴隷と言えば聞こえは悪いが、奴隷とは【奴隷としての身分】を約束された立派な職である。


 ごく一般の教育を受けられず、貧困に困り果て、食うに困った者達が奴隷として働き、そしてキッチリとした賃金を貰う。国々によって細かくルールは異なるが、その認識は各国共通である。

 故に奴隷出身の大商人、騎士団員、研究者など別に珍しくもないのである。要は契約社員とでも思ってくれればいい。契約期間、労働力を提供する仕事と言えば聞こえはいいかもしれない。


 が、シャルーマンの扱っている奴隷はそんな合法的なものではない。各地にて戦災孤児や亜人、借金に身を落とした女性などを違法に攫い、奴隷として販売しているのだ。

 もしこれが国にバレれば彼は重罪人、良くて身分剥奪の上投獄、悪くて死罪だ。

 それでもこの仕事は利益が莫大でやめるなんてとんでもない。先日も手に入れた魔族の女と人間の男。人間の男は労働力くらいでしか使えぬであろうが、魔族の女は見た目も良く、まだ少女の見た目なのでその筋に高く売れるのだ。


 そんな所に雇われてしまったレオンは地下室を改造して作られた牢の番をしている。こんな仕事、ギルドにバレれば次から仕事を貰うどころか一気に犯罪者だ。


「ダシテ……オネガイ……」


 さっきから色んな牢からこんな悲痛な叫びが聞こえてくる。囚われているのは人間の子供を主にエルフやドリアードなど亜人種の中でも綺麗どころが集まっている。

 彼も元々は悪人ではなく、こんな人間と少ししか違わないだけの言葉を話す種族達の懇願に耳を塞ぎ、俺には何も出来ないんだと心の中で懺悔する。


 そんな中で一つ気になっていた事がある。それは先日奴隷の調達隊が捕まえてきた人間と魔族だ。

 眠っているのか気を失っているのか、見た目の可愛い魔族少女を身を挺して守り、そのまま奥の牢にセットで放り込まれていた二人だ。


(あれかな……異種族間での愛とかそんなやつかな?)


 レオンは必死に一人の少女を守る少年、自分がなりたかった理想がすぐそこに捉えられているのをずっと気にしていた。

 大事な者を身を挺してでも守ろうとするその姿、男ならば憧れるところもある。


(すこし……話をするくらいいいよな?)


 何故捕まってしまったのか、何故人間と魔族でそんなに親しくできるのか、聞きたい事も多く、またそんな若者の未来を奪ってしまった事への罪悪感も強い。

 そうしてレオンはその二人の入っている牢を、鉄の扉の手が入る程度の大きさの覗き窓を開けた。


「鍵……持ってんだろ?このまま首をへし折られたくなけりゃさっさと開けろ」


 その瞬間、その隙間から女の細腕が伸びてきて彼の首を掴んだ。女の細腕にしては凄まじい力だ。これは言う事を聞かなければ本当に殺される。


 レオンは言う通り、すぐにその扉の鍵を開けた。僅かな期待もあった。この者達が此処から上手く逃げ出して、自分も一緒に逃げれば国にギルドに此処の事を報告出来る。捕まっている奴隷達を解放し、罪悪感から解放されると。


「なんだ。やけに素直だな。他にも脅しの言葉を考えていたのに……面白くないな」


「面白いとか面白くないとかじゃないだろ?」


 その囚われていた二人は通路に姿を表すと、それぞれが拳の骨を鳴らしたり軽くストレッチをしたりと体を動かしている。

 赤い髪に赤い目、ヘソ出しの赤い服を着た小柄な少女に異国情緒溢れるくらい衣服にクセのある黒髪の少年。彼から見ればまだ子供だろう二人だが、その立ち姿はあまりにも堂々としている。


「……アンタら、名前なんて言うんだ?」


 レオンはおもわずそう口に出した。


「ん? なんだお前、まだいたのか? てっきり飼い主のところに逃げたと思ってたのに」


 その少女はあまりな太々しく、尊大な態度で壁を背に座り込んでしまっているレオンの前に立つ。奴隷として連れてこられたはずなのに、その危機感は欠片も見られない。


「俺は……本当はこんな仕事なんてしたくなかったんだ。だからあんたらを逃すから俺も一緒に逃がしてくれないか!」


 何を言っているんだこいつは? そんな疑問が牢から解き放たれた二人は互いに首を傾げる。

 背景的なものはなんとなく想像出来るものの、それでもこの男がここの悪党の仲間なのに変わりはない。


「ま、いいんじゃねェの? 仲間が多いに越したことはないだろ」


「裏切る可能性の高いしょうもないペラッペラの信頼で繋がれた仲間が欲しいか?」


「でも、助けを求めてる奴は助けようぜ? それが人間だろ?」


「私は人間じゃないがな」


「あんな可愛く涙目でプルプル震えてたのに強がんなよ」


「……覗き魔、帰ったら絶対にその左手洗えよ?」


「いーや、ずっとこの感触とっといてやるよ」


 と、そんな軽口を叩き合うこの二人、魔族と人間、本来ならば敵対しているはずの二人がこうも仲良さそうに。


「てな訳で、取り敢えず此処、潰すぞ神崎博之」


「ああ、他に捕まってる奴らも助けてやりてェしな。でもお前は無理すんなよフレア」


 レオンは無視されている。彼の言葉も存在も。しかし彼はめげない。

 なら俺がここを案内すると、俺にも手伝わせて欲しいと。正直邪魔でしかないのだが、それでも助かる面もある。先程……胸の刻印を消してもらった事で、フレアは未だに神崎博之の顔を直視できないのだ。恥ずかしくて。

 もしこの事が泡影に知られたら、神崎博之は翌日には冷たくなっている事だろう。


「まあいい、じゃあお前は他の牢の鍵を開けて回れ。私とこの男でここのトップを懲らしめてくるから」


「あ、ちょっ、懲らしめるって、逃げるんじゃないのか!?」


「アホ、逃げたらコイツを外せんだろうが」


 コンコンと、フレアは己の首に付けられた首輪を指差した。これがある限り彼女は炎を操れない。ただ身体能力が高いだけの女の子になってしまう。

 それで魔王とは片腹痛い。こればかりはどうにかしなけらばならないし、どうにかなるだろう。


「てな訳で、お前が頼りだからな神崎博之」


「俺、能力除くとただの一般人なんだけどな」


 そうして二人はこの地下を抜けて上の階へ。レオンの話によると此処は地下三階、兵は数名しかおらず、一番上の地上階に奴隷商人シャルーマンがいるらしい。そしてその魔封じの首輪の鍵はシャルーマンが持っているとの事だ。


「んじゃ、奴隷の解放は頼んだぞレオン・フリードリッヒ」


「はっ! お任せください!」


 中々ノリのいい奴だ。こんな奴は嫌いじゃない。そんな事を思いながらフレアは階段を登り地下二階へ。


 ……そこは多数の魔物と人間の女が囚われている階だった。警備兵は二人、これは神崎博之が囮として兵の前に姿を現し、その隙にフレアが高速で背後に回り後頭部を一撃で一人目、返す拳で、裏拳にて二人目の顎を揺らしてノックアウト。惚れ惚れするほどの早業だ。

 俺一人ではたぶん二人相手は苦しいだろうなと、男なのに守られていると神崎博之は苦笑い。


「気にするな。お前はいてくれるだけでいい。お前は切り札なんだ」


 フレアはそう言うが、神崎博之自身はやはりなんとも情けない気持ちにもなる。フレアは神崎博之のその能力をとても強力なものだと言っていたが、彼にその自覚はない。


「安心しろ。此処のボスは私が今から懲らしめてくるから。すぐに皆自由になる。怖がらなくていい」


 見ず知らずの他の奴隷達。彼等にも此処まで優しく出来る、そんなフレアがどれだけ甘く優しいのか、泡影があそこまで入れ込む理由も今ならわかる。

 だからこそ許せない。そんなフレアの心に拭えないレベルの傷を残した……フレアから聞いた名だが、カンパネラは許せない。


 そうして、今度は地下一階。此処までくると上の階に音が響くかも知れないので兵は迅速且つ静かに対処しなければならないと思っていたのだが、どうやらこの階に兵はおらず、その代わりに子供達の泣き声が凄い。

 どうやら扱いが難しそうな奴隷を下の階に、子供のような簡単な者を上の方に配置しているようだ。


 誰もいないとなるとやはりフレア、一つ一つの牢を回り子供達にもうすぐ助けてやれるから待っててくれ、我慢してくれと声をかけ掛けていく。


(ったく、どの口が人間が嫌い……だよ。嫌いになれず、気持ちに整理が付いてないだけじゃねェかよ)


 子供達を安心させるようにニコニコと笑みを浮かべて宥めているフレアに対してそのように感想を持つ。

 フレアと知り合って三ヶ月近くになるが、彼女についてわかった事はただ一つ。


 優し過ぎるだけの女の子。だ。


 恋愛感情などではない。ただ、酷く不器用でとても優しく、そして薄いワイングラスのように脆い彼女を守ってあげたい。

 そう思う事は悪い事ではないだろうと神崎博之は思う。

 別に自分の命を賭けてまで誰かを助けるなんて出来はしない。その力が自分にはないから。だからその力を持つフレアが羨ましい。


「よし、神崎博之、なにしてる。ほら、ボスを叩くぞ? 行くぞ?」


「ん? ああ、よし、俺達で皆を救い出そうぜ」


「そうだな。私達で皆を助けるぞ」


 だからこそフレアを泣かせ、傷付けたお前は許さない。

 覚悟しておけカンパネラ。お前が何者であろうとも、お前だけは俺が必ずこの手で倒してみせる。

 今は無理でも強くなって、必ず俺がお前を倒す。


 そんな想いを胸に秘め、フレアの頭をポンと撫でてから神崎博之は先行する。

 俺がお前を守るから。その背中が、男の背中がそう語っていた。

率直に、神崎くんもフレアも互いに恋愛感情は欠片もありません。ただ、互いにとても大切な存在とは思っています。純粋な親友とか仲間的な感覚ですかね。

後、本日は二話掲載です。十八時に十九話が配信されます。

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