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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第一章 覇道
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第十六話 呪われる未来

 先日はとても騒いだ。元々欲しかったのだ、ドラゴンが。

 やはり炎の魔王様ともなればドラゴンくらいは配下に欲しいとずっと言っては止められていたのだ。ジンギに。しかし、今回の吸血鬼の襲来でドラゴンが手に入った。


 故に朝からフレアはとても上機嫌である。

 ミケを器用に頭に乗せ、怪我をしている満足に身動きの取れないドラゴンの見舞いに来ている。……とは言え、ドラゴンは現在フレアの家の裏、崖の手前に藁を敷きそこで休ませてあるので、家を出て五秒でご対面だ。


 ドラゴンの方も助けられたのだと自覚はしているのか、伝説にいくつも名を残す災厄だの神だのと地方によっては様々だが、それでも崇められる対象の一種なのに今は異様に大人しい。


「おー、寝起きか? 元気ないなー、どうしたパトリシア」


 パトリシアとはそのドラゴンの名前である。フレアがたった今名付けたのだ。故に当然ドラゴン、パトリシアも困惑している。


「ま、そんだけ怪我してんだ。元気なくても当然かー」


「ンナァーォ」


 ドラゴンの怪我は酷い。昨日の戦闘の際には気付かなかったが、全身のいたるところに傷がある。これはきっと昨日の吸血鬼の仕業だろうとフレアはプリプリと怒りを顕にする。


「まあ今は怪我してんだ。治るまでゆっくりしてから私のペットになるか野生に帰るかお前が決めろ。な」


 私は別にお前を縛る気なんかないんだぞー、とのアピールである。本音は腐りで雁字搦めにしてでも欲しい、だ。しかし、そんなやり方で手に入れるのではなく、残るのならば純粋にこのドラゴンの、パトリシアの気持ちで残って欲しい。


「だから私はお前を勧誘するが、引き止めはしないからお前がするといいぞ」


 手に持ったキャベツを丸ごとパトリシアに差し出して、それを食べる姿を目を細めて嬉しそうを眺めるフレア。


「ンナァーォ」


「妬くなよミケ。お前は私の相棒だろう?」


「ンナゥ」


 そんな和やかな時間。平和で和やかで心休まる時間。そしてそこに忍び寄る影が一つ。


「ん? どうした里長?」


 それは元影人の里の長で、元緋色の里ではジンギと並ぶこの里の長の一人である。

 しかし、こう改めて見ると里長も中々の体つきをしている。現役の泡影や赤星には及ばなくとも下級の魔獣くらいなら問題なく討伐出来そうだ。現にフレアが現れるまで里を纏めてきたのだからそれなりに実力もあるのだろう。


 と、そこでフレアは一つ気が付いた。里長の名前だ。

 物凄く今更ながら、里長には名前がない。魔物や魔族に本来名前はない。力ある者に授けられるか、力を持ち自分で名乗るしかないのだ。


「いや、普通に朝の散歩をしていたらフレア様の姿が見え見えたので挨拶を……フレア様?何故そのような楽しそうな笑顔を?」


「いやなに、里長よ。私はな。今な。とても良い事を思い付いてな」


「いや、その、出来れば聞きたくはないと……わ、私はこれよりジンギに用事がありま____」


「ジンギは今は私の家で里の発展計画を練ってるよ。んでな______」


 ああ、これは逃げられない。里長は諦めてフレアの言葉に耳を貸す。今度はどんな楽しい事をしでかすのか…………



 ◇◇◇



「てなわけで、里長改め【赤影あかかげ】だ! 皆もこれからもこの赤影とジンギの下でさらなる結束を頼む!」


 時刻は正午過ぎ。自宅の前にみなを集め、隣に里長……赤影を立たせてフレアは皆にそう告げる。彼女の考えていた良い事とはこの事だ。里を纏める者として、赤影は立派にその役目を果たしている。なら名を名乗るくらいいいではないか、と。

 しかし、この事に一番驚いているのは赤影だ。ずっとフレアがどんな悪巧みをしているのだろうと思っていたら、まさかおのれの名前を考えていたなんて思いもしなかった。


「しかし……フレア様、私如きに名前など……それに赤影とは赤星と泡影なような立派な戦士から名をもらうなど……」


「勘違いするなよ赤影よ。お前が二人から名を貰ったのではない。お前の名が二人に使われているんだよ。お前がこの里をジンギと二人で纏めているんだ。此処はお前の里なんだぞ?」


 フレアは呆れたように笑いながら腰に手を当て赤影を諭す。本来ならもっと早くにお前に名をやる予定だったのに、こんなに時間が掛かってしまったのは私のミスだ。すまなかったな。と続け、里長改め赤影の両肩に手を乗せる。


「これからも頼むぞ赤影」


「ははっ! フレア様の為に、里の為に力をお尽くし申す!」


 同時、赤星と泡影から拍手が起こり、里の者全員が赤影を祝った。


「こりゃあ今日も宴だな」


「でもフレア様、今日は資材搬入の日っスよ?」


「ん? あれ? 今日だったか?」


「っス、家々の強化の里の塀の材料がもう足りなくなって来てるっス」


「そっか、悪かったな。じゃあ昼飯食ったら行く事にするよ。クッキーがいれば遅くはならないだろうしな」


「っス、いつもすいませんっス」


「ばっか、これが私の仕事だ。お前らよりは普段から楽してるんだからこんくらいはしないとな」


「っス、あざっス!」


 その後、皆で赤影の祝いを兼ねて豪勢な昼食を終えてフレアは出掛ける用意をする。用意と言ってもいつもの紅い衣装に日差し除けのフード、金貨の入ったカバンと最低限の食料と水、薬草数個を纏めてリュックに詰めておしまいだ。

 そうしてフレア専用の鳥竜種のクッキーにリヤカーを繋いでさあ出発だ。


「フレア様私も行きますー!!」


「お前は留守番だ泡影。この間黙って付いて来たろ? その罰だ」


 一緒に行きたいと泣き叫ぶ泡影を無視し、己のいない間の里の守りをジン太に、泡影の暴走を止める役を赤星に、纏め役としてジンギと赤影に頼み、皆の見送りを背に受けて出発した。


 そうして出発してから二時間ほど、特注の座席付きリヤカーを引いてもらってる事で速度はそこまで出ていないが、歩くよりは昼かに早いスピードで彼女は森を抜けた。膝の上のミケは丸くなって眠っている。


 約束の場所まで後二時間もあれば着くだろう。神崎博之が気を使った何日もかけて此方の近くまで届けに来てくれているのだ。


(まだ少し早いな。少し休憩するか)


 森を抜けてすぐの場所、大草原への入り口。相変わらずこの景色は素晴らしい。倒れた朽木に座り込みパンを一口かじり、それを水で流し込む。

 いつか町になりそして国となり、その時に皆で此処を歩いてみたい。きっと皆も私と同じような気持ちになってくれるに違いないと、その時を想像しては頬を緩ませる。


「その時が楽しみですねぇフレア様」


「あぁ、もちろんの事だが、その時その場にお前はいないがな」


「それはつれないですねぇ。私も貴女の仲じゃないですかぁ」


「どんな仲だどんな」


 そんなのんびりたした、そんな貴重な時間だったのに。それを潰されフレアは機嫌悪そうにいつの間にか隣に座っていた男を睨み付ける。

 全身黄色を主としたピエロのような道化衣装に同じく今度白地に赤の装飾の入った口部分の空いた画面。それは彼女が今一番会いたくない里の不幸の原因にして何も信用ならない負の象徴。

 その名はカンパネラ。その名を口にするだけでも彼女は背筋に悪寒が走る。


 カンパネラは邪険に扱われているはずなのに、それをさも気にしていないかのようにフレアの隣、それも密着するように体を寄せる。


「どんな仲か知りたいですか?」


「やめろ、パンが不味くなる」


 取り敢えず本気で追い払おうと、パンを水で流しこんで残りをリュックにしまい、さあ殴ろうかと振り返った瞬間だった。


「こんな仲ですよ?」


 カンパネラはフレアの腰に腕を回して引き寄せ、残る手で彼女の上体を後ろへと押し倒す。そして頭を打たぬように優しく手を添えて降ろし、その上に覆い被さった。


「あのな、冗談でもこの形、私のお前への殺意を確固たるものにするには十分過ぎるぞ」


「えぇ、それでいいのですよ? どのような想いでも、恋慕の情でも殺意でも、相手に対してそれを想っている。言葉は違えどやっている事は同じです。愛も憎悪も表裏は一体なのです。よって私は貴女の中に私を刻み、貴女はその恨みとして心の中にも私を刻む。やがて貴女はその怒りと恨み、憎しみを糧に本当の王となり、真なる魔王となるでしょう。今からのはその為の儀式、とでも思ってくださってもいいですし、私が貴女を愛しているのも本当ですのでそこはご安心を」


 長々と言葉を発し、フレアの起伏の少ない体を手でなぞり、そのまま唇を奪う。これはもちろん彼女にとって初めての口付け。それを奪われたショックは計り知れないものもあるだろうし、堂々と体を触られる。プチプチと胸元のボタンを外される。

 このままだと間違いなく穢される。抵抗は恐らく効果はない。するだけ体力の無駄だ。


 しかし、そこで諦めて身を委ねるのはまた違う。


 やがてカンパネラはフレアから口を離す。かなり濃密な口付けであったのだろう、彼の舌から伸びた唾液はフレアの口の中へと繋がっている。


「おや?観念されました?」


「まさか? 私がお前に屈する理由もないし、こんな所で犯される理由もなく道理もつもりもない。そもそもこれは私をその気にさせる為だけのパフォーマンス、それに私がそんな簡単に観念するはずもないだろう?」


 達観したように、悟っているかのように、私は全部わかっているとでも言いたげに彼女は真っ直ぐに、怯えなど欠片も見えない目でカンパネラを見据えている。

 が、これは完全に当てずっぽうだ。ハズレだとしても「本当にそうかな?」とか言ってなんとかこの雰囲気を壊すつもりなのだ。そうでもしないと本当に犯される。それだけならまだしもこんな男の子など孕みたくはない。


 が、そこは流石かなカンパネラ。彼にはフレアのその可愛い企みはお見通しである。

 しかし、ここまでしといてなんだが、此処でやめてフレアに恩を売るという方法もある。


「ふむ、なら此処は貴女のその苦し紛れのパフォーマンスに乗りましょうか。気丈な貴女への配慮ですよこれは」


 助かった。ホッとしたのも束の間_____


「ですが私も男です。独占欲もあるので、貴女が私の婚約者となるよう、他の男に手を出されぬように証は刻み込ませてもらいますよ?」


 カンパネラはそう言うとフレアの服を剥ぎ、左胸、心臓のある位置に吸い付いた。

 炎には、熱には耐性がある。なのにフレアは己の胸に焼けるような刺すような痛みを感じで叫び声をあげる。悲痛な悲鳴。それに驚いたミケとクッキーは居眠り状態から飛び起き、今のフレアの状態を確認すると大慌てで里へと引き返す。助けを呼びに行くためだ。

 たまに思う。ミケは本当にただの三毛猫なのだろうかと。


 やがて、カンパネラがフレアの胸より口を離すと、そこには黒と白のハートマークが上下対称に並んでいる刻印のようなものが刻まれていた。


「これは私と貴女を繋ぐ印です。これがある限り、私と貴女はいつでも何処でも繋がっています。では、また逢いましょうね、フレア様」


 そう言ってカンパネラは全身が闇に溶けるようにして消えていった。

 残されたフレアはただ一人、ただ一人で衣服が乱された状態のまま、空を見上げて一人で泣いた。

あれ? 神埼くんは? そう思ったみなさまごめんなさい。途中で神埼くんが助けに来る予定のはずが、彼は……ほら、あれな人なので大事な時には役に立たないっていうか、助けに来させるつもりだったのに助けに来る前に終わっちゃいました。ごめんなさい。

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