第十四話 夜の女王
こんにちは、泡影です。
私とフレア様が人間の街から帰ってきてそれなりの日数が経ちました。フレア様はもう三ヶ月くらいなるな、など言っていました。
あの日、私達の帰りに兄が合流し、荷物を運んでくれたのは非常に助かりました。どうやら兄は私とフレア様だけでは荷物を運ぶのは大変だろうと思い、それなりに日にちを計算して迎えに来てくれたみたいでした。
しかし人間の街ではいろんな事がありました。憎き人間によりフレア様が傷付けられ、そしてあのマシな人間と出会い、フレア様は人間の権力者と交易の約束を果たしました。その為には私達の里を町と呼べる程までに発展させなきゃいけませんが、そこはこれからの努力です。
……あの日、あの男とフレア様が言い合いをしたあの日からフレア様は少し柔らかくなられました。なんでも自分でやろうとしていたのに、私達を頼るようになりました。
里のみんなはフレア様がついに我らを信用してくださったって喜んでましたけど、私は知ってます。フレア様は頼り方を知らなかっただけなんだと。
認めたくはないですが、こればっかりはあの人間に感謝です。
そしてあれから、里は少しずつ発展の兆しを見せています。
建物は隙間風の酷い葉っぱの壁ではなく、板張りの雨風の凌げる家に。食料事情もフレア様が仕入れてくださいました食物の苗やタネを植える畑を作った事によりかなり改善されました。
ちなみに、里には新たな住民が増えました。
それはまあ、住民と言うか乗り物的な魔物と言うか……二本足の鳥竜種です。空を飛ぶ翼はないですが、凄い脚力で大地を駆け抜けるのですが、フレア様はそれを見てまるで毛がモフモフでカッコいいダチョウだと言っていました。ダチョウとはなんなのでしょうか?
とにかくその鳥竜種が三匹、あの人間の公爵と言う者より贈られました。
これで街への資材の買い出しや援助の受け取りもやりやすくなるだろうと。
それからと言うものの、私は怒っています。フレア様にです。
別に買い出しとかその辺の事をフレア様がするのはいいんです。その辺が一番うまいのはフレア様ですし。ただわたしが怒っているのはそこではありません。
それに資材や援助物資は街まで買いに行くのではなく、とちゅうの草原での受け渡しなのもいいです。ちなみに依然公爵に貰ったお金の残りで資材等を頼んで持ってきてもらっています。……と、話は逸れましたが私な怒っているのは、その公爵側の使者が神崎博之だという事です。
別に私はあの人間は嫌いじゃありませんし、フレア様も信用しているみたいなので文句もないです。ただ、ただですよ? 二人でコソコソ会って何をしているんですか? 誰もいない、人に見られる事のない場所で、一体何をしているんですか?
フレア様は資材の受け取りの時、帰りが妙に遅くなる事があります。その理由を聞いても明日よそよそしくなって話してくれません。
そこでです。この名スパイ泡影の出番です。
とある日、私はフレア様の影に無断で入って調査する事にしました。一体神崎博之と何をしているのか……いや、別にいいんですよ? フレア様が神崎博之と……はい、なりたいしたいと思うのならそれはフレア様の意志ですから。決して覗いてみたいというわけではないのでは……はい、話を戻しましょう。
で、スパイとして様子を見に行ったんですが……はい。してましたよ。
作物とか国造り、建物とかそん感じの話を!!
真面目ですか!? アンタら真面目ですか!? なんで年頃の男女が二人切りで農作稲作のコツとか語り合ってるんですか!? でもこれで合点がいきましたよ! フレア様が恥ずかしそうにしてたのは人からアドバイスを貰いに行ってるのを隠したかったんですね!かっこわらい
もうこうなったら直接聞くしかないですよね? フレア様に、神崎博之とはどうなのかと。
はい。聞きましたよ。答えてくれましたよ、あっけらかんと。そうだなー、使える人間かな? とね!! 私の期待してた答えと違うんですよフレア様!!
……以上が私の告白です。はい……勝手について行ってすみませんでした。はい。反省してます」
「全く……何をイキナリ怒り出すかと思ったらそんな事か」
以前と比べ、遥かに豪華になったフレアの自室。そこで泡影は正座をしている。上記の事により怒り狂った泡影がフレアの部屋に飛び込んだのが事の原因だ。
勝手に勘違いして暴走し、もうすぐ寝る頃だと言うのに部屋に侵入して喚き散らすからフレアが普通に怒ったのだ。
「いや、まあ確かにな。私がアドバイスとか貰ってるのを隠してたのも悪いんだが……うん、そこは私も悪い。すまん。なんと言うかな、格好付けたかったんだ」
以前と比べて純粋に皆を頼る事を覚えたフレアだが、根本的に彼女は見栄を張りたがる傾向が強く、よく格好を付ける。今回もそれにより人から教わっているなど恥ずかしくて言い出せなかった、というのもある。
ほんのりと顔を赤らめて恥ずかしそうに頬をかくフレアに泡影は思わず吐血しそうになるも、そこは耐える。
「だがな、里の仕事を放っぽり出してまで勝手に付いて来るのはいただけんな。聞いてくれたらふつうに同行を許したぞ私は」
「だってフレア様、そうしたら絶対に尻尾出さないじゃないですか」
「そうか、反省してないんだなお前は」
「ひいっ!? ご、ごめんなさいぃぃっ!」
取り敢えず不敬という事で軽く頭突きを一発。その頭突きで一分間程泡影は気を失ったが、その事は一先ず置いておこう。
そして未だに痛む額を涙目で摩りながらも泡影は頬を膨らませて拗ねている。私はフレア様の一番の臣下なのに私に隠し事するなんて許せませんと。
ただのデバガメでしかないのだが、フレアにとってはそんな泡影も可愛い大切な臣下である。
「そもそもな、唯一私のあられもない所を知っているお前に今さら隠し事なんてする必要なんてないだろ?」
「だってフレア様、神崎博之の事好いてるんですよね?」
「お前は私に心労で死ねと?」
あの国民的最弱ヒーローに影響され、その道を歩もうとする男なんかに心を惹かれたらそれはそれで後が恐ろしい。引き返す事が出来ない程に辱められた挙句に想いに気付かれないのが関の山だ。
「アレとは単純に理解を得られる珍しい人間はってくらいの感覚だ。それ以上は私からお断りだ」
「け、結構ズバッと言いますね」
それにフレアは魔族で、神崎博之は人間だ。分かり合えはしたが、交わる事は有り得ない。それがフレアの考えだ。実際に魔族と人間が結婚し、子供を授かる事もあるのだが、寿命の違いもあるのでそこらの辺りは難しいところでもある。
「それにな、今はこの里を先ずは町に、そして末は国にする。今の私の目標はそれだ。寄り道している暇なんかないさ」
泡影を安心させる為に優しく頬んえんだ後、もう夜も深いから寝るぞとフレアは布団に入り、泡影も返事をしてから布団に入る。
泡影には兄妹で、と赤星と過ごせる家を建てているのだが、何故かこのフレアの家に帰って住み着いている。
当初はもちろん追い出したし、これが他の者であれば問答無用で追い出したが、泡影のフレアへのこの溺愛っぷりを見て追い出すのは可哀想だと、最近はもう何も言わない事にしている。追い出すと泣くからだ。
「ん、じゃあおやすみな、泡影」
「はい、おやすみなさいフレア様」
そうして二人は眠りにつく。町への発展の滑り出しは順調で、脅かすものは何もない。ただ平和な毎日に現を抜かせるこの日常、これこそが幸せで、これこそが毒である。
その毒は既にジワジワと彼女達を蝕んでいる。それに気付かない程に彼女達は平和を堪能してしまっている。
平和を手に入れる為の戦いに身を投じているのに、束の間の平和を堪能してし待っている。
そしてそれは突然やってくる。
ガランガランッ、と知性の無い魔物の侵入を知らせる為の鳴子が激しく、けたたましく。グォォオオオオオ、と恐ろしい唸り声と共に。
「何事だ!」
もちろんそれに対し一番に出て来たのはフレアだ。泡影プレゼンツのネグリジェ姿で。
「ちょっ、フレア様服! 服着てください!」
慌てたようにフレアのいつもの趣味の悪い赤い服を着持ってくるも、そんな着替えているような悠長な時間はない。
「フレア様! 何があったんですか!」
「敵襲っスか!?」
そこへ赤星とジン太。二人とも寝巻き姿で、更に視界の恥ではジンギの家へと里の者達が避難を開始している。こんな事もあろうかと避難訓練は週一で行っている。
しかし、既にこの森の中では有名になりつつある緋色の里を狙うような魔物がいるとは思えなかった。
緋色の里を守護する四人の魔族。
フレア、ジン太、泡影、赤星の四人がその他の魔物からしてみれば強過ぎるからなのだが、それでも今回の襲撃者はやって来た。そうなると森の外の魔物の可能性が高い。
「……なんだコイツ」
そこで見たのは傷だらけの大型魔獣……いや、これは魔獣なんてものではない。
三メートル程の体長に薄緑色の鋼のような硬そうな鱗、轍をも容易く引き裂くであろう巨大で鋭い爪に丸太のように太い尻尾、頭にある雷雲を操る角を持ち、心の弱い者ならみただけで死ぬとまで言われる黄金の眼、何よりも全てを嚙み砕くであろう冷たく光る大きな牙。
それは古よりの覇者。それは伝説の体現者。
世界を数度滅ぼし、国をいくつも滅ぼして来た災厄の種族。
ドラゴン。
「泡影! 皆を避難させろ! ジン太、赤星、ドラゴンはお前らに任せるぞ!」
フレアは瞬時に判断した。ドラゴンを倒すには私と泡影では火力が足りないと。泡影の非力の剣が鋼の鱗を貫通するとは思えない。無条件で炎への耐性があるのに焔でせめても意味がない。
適役は最近特に仲の良い男コンビだ。
それに、別に男達に重労働を押し付けるわけじゃない。フレアにはちゃんと、フレアに最も適した役割があるからだ。
「なあ? 焼かれたくなきゃ出て来いよクソ野郎」
「うふふ……ワタクシは野郎ではなくってよ?」
そうして皆をばらけさせ、己の全身に炎を纏わせながらフレアは闇を見つめ、また色付く闇はフレアに返した。
フレアが周囲に炎を散りばめ宵闇を照らし、闇は光を食った。
こいつは久し振りにヤバいのか来たかと、不安と共に入り混じるのは期待。
ヤバいのか? 弱いのか? 全力をぶつけられるのか? 一撃で死んでくれるなよ? と。
「ところでよ、先に聞いといてやるよ。なんでこんな事をした?」
「こんな事、とは?」
「なんで怯えるドラゴンを此処にけしかけたかって聞いてんだよ売女」
「ばッッ、売女ァッ!?」
フレアは一目ドラゴンを見た時から分かっていた。ドラゴンの命の力強さの火が消えかけていたから。
そもそもドラゴンは途轍もなく強力な種族だが無敵ではない。ドラゴンより上の種族もいるし、そもそもドラゴンも単一個体ではなくまたドラゴン系の中で分かれている
が、そんなのは別にいい。この程度のドラゴンなら里もの者が頑張れば倒す事は容易いだろう。が、何にせよ里に危険を運んだ来た奴は裁かないといけない。
「オラ、隠れてないで出て来いよコラ売女」
「こ………殺すっ、その自慢気な面ズタズタに引き裂いて幼稚な体を意地汚いオーク達専用の達磨にでもなってもらわないと気が済まないねえっ!」
そうして闇の中から蝙蝠の翼を持つ夜の世界の住人、【吸血鬼】がその姿を現した。