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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第一章 覇道
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第十二話 泡影の涙

 翌朝、泡影は真っ白なシーツの海の中で目を覚ました。見慣れぬ光景、見慣れぬ物に一瞬焦って戸惑いを見せるも、ふと己の袖が引っ張られる感触によりそちらを向く。

 そこには何処か安心しきったような安らかな寝顔を見せるフレアの姿がある。寝たままではあるものの、泡影の服の裾を掴んで離さないのだ。


 彼女の主であるフレアの可愛い一面がまた見られたと歓喜し、鼻血を噴きそうになるがそうなればその後でどうなるのかは火を見るよりも明らかである。


「フレア様……そう言えばまだ0歳ですもんね。人間であった頃を入れてもわたしの半分くらい……可愛いはずですよ」


 そんな泡影は生まれてすでに二十九年、影人としてはまだまだ子供の部類なのだが、それでも年数だけで言えばフレアの倍近く生きている事になる。

 現在、泡影は何も慌ててはいない。此処がどこなのかも、何故此処にいるのかも全て思い出したから。


 それは昨日の事だった。

 神崎博之と名乗る男の案内の下で無事に素材の買取屋まで辿り着くことが出来た。これで金が作れる。これで何か物を買い里を出潤わせる事が出来る。

 そう安心したのも束の間、買取屋で様々な素材を売った結果、それは銀貨三枚にしかならなかったのだ。


 銀貨三枚の価値がどれ程までのものかはわからないが、一緒にいた神崎博之の表情が非常に苦々しいものだったので喜ばしい金額ではない事がわかる。

 神前博之は「叩かれたな」と言っていたが、泡影にはその意味はわからない。そうしてこの額では宿に泊まるのだとしても二人なら二泊が限度との事で、早速路頭に迷うかと言うところで神崎博之が言い出したのだ。


「なら俺が世話になってる所に相談してみたらどうだ? 気のいい人だしきっと力になってくれるぜ?」


 と。そうして嫌々ながらに神崎博之の案内の下、彼が世話になっているという家にやって来たのだが、それはもう豪邸。フレアが人間だった頃に住んでいた家よりも何倍も。


「はっはっは!君達が検問所で騒ぎを起こしていた魔族か、なんとも可愛らしい子達じゃないか。神崎くんもそれを助けに行くなんてよく無茶をしたもんだね」


 結論から言えば、神崎博之の世話になっているのはこの国で絶対的な権力を持つ貴族達の頂点である【エスカトリーナ公爵家】であった。

 そこの当主である【グラン・エスカトリーナ】はフレア達を魔物だと蔑むような事はしなかった。それどころか困っているのなら力になると、この国に滞在している間、屋敷の空いている部屋を好きに使ってくれていいとまで言い出したのだ。


 なんとも器の大きい人間だろう。人間にもこんなに話の分かる者がいたのかと泡影が感心している横でフレアは仏頂面。


「……フレアという。私は人間は嫌いだ。此処へも恩人である神崎博之が案内してくれたからやって来たが、別にお前に世話になる気は微塵もない」


 そんな事を言い出したのだ。

 そんな突然の物言いに神崎博之も大慌てしたが、そこは上に立つものの器量なのか、グラン公爵は大仰に笑いフレアを宥める。


「フレア君と言ったかな?どうせお人好しの神崎くんも似たような事を言っていたとは思うが、私も同じでね。わたしが助けたいと思った者は分け隔てなく私が勝手に助けるんだ。気にしなくてもいい。それに君はとても若い魔族と見たが、それでも隣の子を見る限りきっと君は一族を率いるリーダーのような存在なんだろうね。そんな若く気丈な君が治める一族はさぞりっぱなものなんだろうね」


 当然これはフレアのご機嫌取りの意味合いしか持たぬ言葉だが、別に嘘が含まれているわけではない。この言葉にフレアを騙そうとする悪意などは微塵も含まれていない。

 そしてフレアも……


「わかるか? 中々見る目あるなお前。私の仲間達はな、皆が一丸となって自分達が平穏に暮らせる国を作ろうと今必死なっていてだな? 聞いてるか?」


 と、如何に自分の臣下達が……魔王という事を隠す為に仲間という言葉を使ってはいるがらその仲間達がどれだけ素晴らしいのかを延々と語り出した。

 チョロ過ぎますよフレア様と、泡影に諭された時のフレアの表情はとても衝撃的だった。


 だが、フレアが発した言葉の中にある【国】との言葉に公爵は太く雄々しい眉をピクリと動かした。

 当然その次に聞かれたのは国とは何の事なのか、フレア達が何を目指して国を作るのか、だ。


 これは明らかに答え方を間違えれば危険な事になると、泡影は腰の短剣に手を伸ばそうとするもフレアに制止される。


「私が私のワガママで私の全ての民を守る為の私の国だ。その為ならどんな辛い道のりでも越えてやるさ」


 言い切った。フレアはとても満足気で、公爵もどうやらその答えは気に入ったようだ。しかもフレアに己の養女、または側室にならないかと声を掛け、フレアに殴られていた。


 あまりの展開の速さに置いてけぼりの泡影と神崎博之は未だにその会話に混ざれない。混ざれないままフレアと公爵の話は続き、何故か分からないがフレアの緋色の里の援助と、町と呼べる程にまで発展した時には国としての公式な交易の約束まで交わしていた。


 そして今、フレアは己の思っていた以上の事をやり遂げ、満足感に浸りながら眠りについている。これで里は発展する。皆が飢えずに冬を越し、これからのさらなる発展を期待せずにはいられない。

 これがフレアが生まれて初めての経験した【外交】。


「しかし、フレア様はズルいですよ。カッコいいのにこんなに可愛いし……ずっと付いて行きますからね。フレア様」


 この赤髪の魔族こそが私の全てです。そう心深く、何度も何度も刻み付けて泡影はフレアの頬に手を這わす。

 石を投げられた時の傷はもうほぼ完治している。フレアは泡影の知る魔族の中では抜群に傷の治りが早い。比べられるものが少ないのでなんとも言えないが、少なくとも泡影であれは軽いものとはいえ傷跡も綺麗に治るまで二週間はかかったであろう。


 そして餅のように柔らかい、今ではもう傷一つないその頬をツンツンとつつくと面白いようにうなされてくれるフレア。


「フレア様ー、寝てると思うんで寝たまま聞いてくださいねー? 私なんかがこんな事を思うなんて不敬かなーとも思うですけど、まあ寝てるんでいいですよねー?」


 起きる気配がないのをいい事に普段なら気を使う泡影も今だけは大胆だ。


「聞こえてないんでしょうけど、よーく聞いててくださいねー? 私はフレア様の事が大好きですよ。やさしいお母さんみたいで、頼もしいお姉ちゃんみたいで、そして可愛い妹みたいで……だからずっとずっと一緒にいましょうねー? そして、頑張って完成させましょうね。私達の理想郷を……」



 ◇◇◇



「ぐす……ふれあさまいぢわるですぅ……うぇえぇえぇえっ」


「いや、うんわかったから、な? やり過ぎたのは謝るから泣き止め? な?」


 ところ変わりダムド城下町内にある建材屋。その中で泡影は床に座り込んで大泣きしている。

 ちなみに今二人は、フレアは泡影はフードをかぶり、耳を隠しているが為にただの美少女が泣いているだけという状況だ。そして何故今泡影が泣いているのかというと、フレアが泣かせだからだ。


 どうやって泣かせたのかは簡単だ。この建材屋であれが欲しいこれが欲しいとうるかさかったので黙らせようと思ってある言葉を口にしたのだ。

 ただ一言。


 “お姉ちゃん” と。


 ピシリと固まる泡影。そして聞く。


 “……どこから聞いてました?” と。


 そしてフレアが返す。


 “……実はな、私な、お前より先に起きてたんだ” と。


 そこから号泣。もう注目度が尋常じゃなく、それも亜人も少しは混ざっているものの、大多数が人間なので生きた心地はしない。

 結果、どうしても欲しいと思うものを一つ買ってやるからとのフレアの提案でコロッと泡影は泣き止んだ。そうして購入したのは小さな赤い石の嵌め込まれたブローチが二つ。一つだけと言った気がししたのだが、嬉しそうな顔で一つをフレアの胸元に付けて「これでお揃いですね」と言ってくれているのだ。それを無下にする理由もない。


 そうしてロープや釘、金槌や数種類の板、薄い金属板等、様々な里の建築家や狩猟に必要そうな物を大量に買い、別の店では野菜の苗や種、肥料などを大量購入していた。

 そしてその帰り道、日も暮れてきた街の中をフレアは山のように荷物の乗ったリヤカーを押しながら歩いている。非力の泡影では押せないからだ。


「ほんと……仕方のないやつだよお前は」


「だって、フレア様とおんなじ赤の石ですよ? これは私がフレア様の一番の臣下である証明ですからー」


 とても嬉しそうな顔ではしゃぎ回る泡影、己の主をまるで使用人かの如く使っている事実に気付いていないあたり相当なテンションが高くなっている事が伺える。

 そして一番の〜と言っているが、実は一番最初臣下はジンギとジン太だ、何気に優秀なあの二匹の豚鬼である。


 ところで、これだけの買い物……金は何処から出て来たのかと思うだろう。その答えは朝、公爵家で朝食をいただいている時に公爵がくれたのだ。昨日、フレアが人間から許しがたいあの事件、“これで気が済むとは思えないし、直接私が関わっているわけではないので私からの謝罪では納得出来ないだろうが、同じ人間として、種族を代表しての謝罪の気持ちだと思って受け取って欲しい” と。

 そうまで言われては断るわけにもいかず、フレアとしてもこの街で物を揃えるのに金が貰えるのは願っても無い事だった。


 公爵から貰ったのは金貨と銀貨が三十枚ずつ。神崎博之がかなり驚いたような顔をしていたので、恐らくはとんでもない大金なのだと思われる。

 これだけ物を買ったのに金貨は一枚も減っていない。ならば残りの金で技術指導として亜人でも雇おうかと、公爵家に荷物を置いてから街の中でも様々な人が集まる酒場か冒険者ギルドに向かおうと_____


「ギルドだけはやめておけ」


 思っていたところで神崎博之に止められた。


「冒険者ギルドなら確かにいろんな国のいろんな奴らがいる。だから欲しい人材は簡単に見つかるかもしれないけど、基本的に冒険者は魔物を狩って生活してる…俺の言ってる意味、わかんだろ?」


 冒険者ギルド、それは【英雄の国】に本部を有し、この世界で唯一各国に支部を置く超巨大組織であり、それぞれの支部を各ギルドマスターが、本部をグランドマスターが治めている。

 問題は、冒険者ギルドに所属する大半のギルドハンター達の生活基盤が魔物討伐という事だ。ギルドは民間や国などから受ける様々な依頼をランク分けし、それに適したランクを持つハンターに仕事を斡旋する。ギルドの収入源はそれの報酬の仲介手数料だ。


 つまり、仮にも魔族であるフレア達がそこに入れば危険な目に合う可能性もあり、最悪は里の場所が冒険者達に知られる可能性すらあるのだ。


 神崎博之の言葉は正しい。フレアは悔しさにグッと拳を握る。それは先日の事を思い出したとかではない。寧ろ忘れる事など出来ないだろう。そして胸を張って言える。私は人間が何よりも嫌いだと。

 が、悔しいのは、愚かしいのは迂闊な己の心だ。


 警戒心が足りなかった。浮かれていた。

 その程度の事、いつもなら神崎博之に言われるまでもなく、とっくの昔に察せていたはずだと。

 そしてその心は神崎博之にも届く。


「……別にさ、間違えたっていいんじゃねェの? 考えつかなくたって、浮かれてたってさ。お前一人で抱え込む事はねェんじゃねェの? お前がそれだけ仲間の事を真剣に思ってんだ。ならお前も仲間を信じて仲間を頼って、たまには仲間を巻き込んじまってもいいんじゃねェの? お前さ、責任感強すぎだぜ? 少しは気を楽にしたらどうだ? お前だってまだ高校生なんだろ?」

ただ泡影が泣いただけの話でした。それよりも泡影が泣き虫天然キャラになりつつある気がします。本当は闇に潜む忍みたいな感じで作ったキャラなのですけど……これがキャラの暴走なんですかね?(笑)

そしてヒーローになりたい少年、今回も頑張ってますね。いつか本物のヒーローになれるといいですね。

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