第十一話 城塞都市国家ダムド
城塞都市国家ダムド
そこは街を、城をグルリと囲む二重の壁により過去数百年もの間、過去の魔王の侵略にも耐え切った堅牢な砦。
直径が四キロメートルはある大きな湖を背に建てられた背は低いが分厚い壁に囲われた城、その先に広がるは都市人口凡そ四十万の近代のヨーロッパのルネッサンス期を思い起こさせる煌びやかな街並み。
兵力は八万と中原国家の中では中堅規模でしかないが、その城の堅牢さから兵力百五十万、二十倍近い兵力を誇る大陸の覇者【コーストス帝国】と渡り合う守りの王者。
そんな街の中に彼はいた。傷だらけで猫を抱く魔族の少女を抱き抱え、毅然とした態度で道を歩いている。
その腕の中の少女は言わずもがな我らが女主人公フレア様である。
「……おい、人間。そろそろ降ろせ。注目されるのは好まん」
「もう大丈夫なのか? 大分弱ってるようにも見えるぞ?」
「私はそんなにヤワじゃない」
「ヤワじゃないのに、あんなにボロボロ泣いてた……っておい! わかったから降ろすからその手の火を消せ! また騒ぎになるだろ!」
街の中を明らかに場違いな格好をした男が魔族の、それも傷だらけの美少女を抱えていたらそれは注目も集まるというものだろう。
先程の一件で彼女は既に人間というものを見限ろうとしていた。この男が現れるまでは。
顔立ち、体格、服装、そしてあの迸るほどクサい台詞の数々、どう考えてもあちらの世界の、それも日本人である事は間違いない。
ちゃんと、本物の人間はいるんだと元人間として安堵し気が緩み、気が付けば泣いてしまっていた。魔王ともあろうものがこんな事で泣くなんて、絶対に誰にも言えない、知られるわけにも______
「……なあ人間、ちょっと、あっちの物陰で降ろしてくれない? 聞きたい事もあるし、ちょっと用事があるんだ」
「ん? ああわかったよ」
何か思う事があったのか、フレアは手近な所にある物陰、建物の間の路地裏を指差した。石畳の大通りとは違い、そこは舗装されていない土の地面。
こんな所に降ろしては汚れるだけなのではと、一言フレアに声を掛けてから路地裏、日の当たらぬ暗い裏通りの入り口に彼女をそっと、怪我人という事もあり優しく丁寧に降ろした____途端、
「うえっ!?」
「フレア様っ! 申し訳ありません! 私がワガママを言ったばかりにこのような仕打ちをっっ!!」
フレアのすぐ正面、足元から飛び出してくるかのように泡影が現れた。目が真っ赤に腫れており、ついさっきまで泣いていたのがよくわかる。
突然の影人……人間風に言うなら魔物が現れた事で一瞬焦ったように後ずさる。が、新たに現れた魔物も見た目は美少女でさらに傷だらけの少女に対しグスグスと鼻を啜りながら謝り、間に挟まる猫を押し潰すようにして抱き付いている。
それだけ、ただそれだけで彼女が、彼女達が悪い魔物でない事は明白だ。
「ひっく、ふれあさま、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「よしよし、お前が気にする事はない。私が出るなと命令したんだ。私の方こそ辛い事を押し付けて悪かったな」
でなければこれだけ優しそうな顔など出来ない。でなければこれだけ必死に人を心配するなんて出来ないのだから。
ならばこそ彼は無事に……とは言い難いが、それでも多少世話になっている貴族に迷惑をかける事にはなるか、それでも彼女達を助ける事が出来て良かったと心から思う事が出来た。
そうして、一先ずの安心を手に入れた三人。
泡影が落ち着いた所でフレアが本題に入った。人目に付かずに泡影を影から出す為、その為にこの人目に付かない場所に運んでもらったのだから。
「ところで泡影、今日の事は、さっきの事は絶対に里の者には言うなよ?」
「え? さっきのって、でも我らが姫に対する人間のあの無礼は許せません! 本当なら今からでも戻って全員首を落として来るところです!」
「いや、それは里の者に話す時は私から話すし、てかその事ではなくてな……」
少し、いや、かなりもどかしそうに、恥ずかしそうにフレアは泡影を見る。口に出したくはないのだ。だから察してほしい。なのにこの娘はそういった能力は皆無なのか、頭の上に幾つもの疑問符を並べて首を傾げるばかり。
「ああっ、そういう事か、さっきボロボロ泣いてたのを恥ずかしいから仲間にバラすなって事だろ?」
「ぶっちゃけるな馬鹿っ!」
顔を真っ赤にしながら地面の砂を掴み男へと投げ付ける。恥ずかしいという事を察しているのならそれとなく伝えてくれればいいのに、この男はこの男で気が回らないタイプらしい。
うぅ、と涙目で男を睨むフレアだが、それが泡影の母性を掻き立てたのかもう泡影が離れなさすぎて少しウザいレベルに達している。
「もう、大丈夫ですよフレア様。あのお可愛いフレア様は私だけのものですから」
「お前不敬罪として戻ったら一月謹慎な」
「ちょっ、ごめんなさい調子に乗りました! 許してくださいフレア様ぁっ!」
なんとも微笑ましい光景だ。フレア様と呼ばれる少女が傷だらけなのがいたたまれるが、とても平和で微笑ましく、男も自然と笑みが溢れてくる。
「てなわけで、俺からもあんたらに一つ言わなきゃいけない事があるんだ。聞いてくれるか?」
そこで男が口を開いた。その顔付きは真剣で、まるで何かを決意した本当の男の顔だ。しかし、泡影にとっては主を助けてくれた恩人とはいえ主人を傷付けた人間と同じ種族、ならばコイツも本性はきっと醜い獣に違いないと泡影は背中側の腰に付けた短刀を抜き、逆手に構えてフレアを庇うように立ち塞がる。
「我らが姫をあの様な醜悪な化け物共から救ってくれた事は感謝します。ですが貴方も人間、申し訳有りませんがこれ以上姫に近付けるわけにはいきません」
泡影は本気だ。男が一歩でも此方に歩を進めればその首を落とす、とその体から溢れ出る殺気が物語っている。
が、それを止めたのは他ならぬフレアだ。
「やめるんだ泡影。そいつは人間だが……信用出来る。その理由もある。なあヒーロー」
ミケを腹に顔を埋めながらフレアがそう言ったのだ。フレアが何故人間如きの肩を持つのかわからないが、理由があるとまで言われて引かないわけにもいかない。
「……失礼致しました」
泡影にとってフレアは絶対だ。フレアが黒と言えば白いものも黒になる。故にフレアが大丈夫と言えば大丈夫なのだ。勿論不安は残るし心配もする。だがこれが主の命令ならば引くしかないのだ。
男の方も泡影からの尋常ではないレベルの殺気が解かれふうと息を吐く。フレアの言っていたヒーローとの言葉の意味がわからないが、取り敢えずはやらなければいけない事を済ませようと、地面に膝と手を付き頭を地面に擦り付けた。
「本当にすまなかった! あいつらは確かにやり過ぎたし、俺もあいつらを擁護する気はない。だけど、人間は全部あんなのではないんだ! 確かに悪い奴も多いけど、いい奴もいる。あんな事があったんだ。人間を好きになってくれなんて口が裂けても言えねェけど、それでも誤解だけはしないで欲しいんだ。俺で良ければアンタらが気の済むまで、好きなようにしてくれていい! だから頼む……人間を見限らないでくれ……ッッ!」
「……はい?」
男の全力の謝罪。所謂土下座。泡影には意味がわからない。何故この人間が頭を下げているのか。何の為に。何の得があって。
わからない。判断も何もかもが。
思わず泡影がフレアの方に顔を向ければ、彼女はクックックと声を漏らして笑っている。
「な? 大丈夫だったろ泡影。その男はな、全ての者に対してのヒーローなんだよ。いや、正確にはヒーローになりたい物好きって奴かな?」
フレアにはもうこの男の正体がわかっている。そっくりなのだあの男と。弱きを助け強きを挫く、大人気ラノベシリーズのあの主人公に。
「憧れてるとか、真似してるとかなんだろ?ラノベばっかり読んでてもラッキースケベは起きないぞ?」
「……は?ちょっ、アンタなんで知って____」
「お前と同じだからだよ。平和な平和な日本国からのこの世界に産み落とされた存在なんだよ。私はな」
「って、えぇっ!? ちょっ、日本人なのか!?」
「花の女子高生だよ。元な」
泡影には二人がなんの話をしているのかわからない。ただわかるのはおの男が我らが魔王様と同郷の者だという事。だからフレア様はこの男を信用していたのかと一人納得する。
だからと言って人間である事に変わりはない。同郷とは言え相手は人間、此方は魔族。歩み会えるはずもないのだと。
そしてそれはフレアも同じ考えのようで、同郷の人だし今回の事で感謝もしている。恩は忘れない。だが私とお前は違う道を歩んでいるのだと告げていた。
そのフレアの言葉に泡影は心の底から安堵する。
フレアは元人間で、さらに同郷の者まで現れた。もしかしたらこのままこの人間に寄り添って行ってしまうのではないかと。
しかし、それは杞憂だった。フレアは己の強い信念の元で生きている。そしてそれは泡影、ジンギ、ジン太、赤星、里の者達……彼らと共に国を作る。王として彼らを庇護する。そこには僅かな虚偽も曇りもない、何よりも硬い一本の芯があるのだ。
「じゃあ、今回の件は本当に迷惑を掛けた。恩にきる。願わくばこれから先、お前と争うような事がないよう祈っておくよ」
そう言ってフレアは立ち上がり、泡影を連れて路地裏を後にする。まずは泡影の持つリュックに入っている魔物の素材や薬草、鉱物などを売れる店を探そうと辺りを見回す。
改めて街の中を見ればそこには確かに文明がある。この景色の全てが緋色の里を発展させる為のヒントになる。散々に嫌な目にはあったし、人間に失望したりもした。だがそれでも里の発展の役に立つのなら、それだけで彼女は心から来て良かったと思える。
思えるのだが、やはり問題が浮上した。
「……なあ泡影、お前さ、字……読めるか?」
「私はフレア様が読めるのだとばかり」
それはこの国だけなのか、この世界共通なのかはわからないが、文字言語がさっぱり理解不能な事だ。言葉が通じるのだから文字も通じると思っていた。これはフレアにとっては大きな誤算である。
こうなったら看板のようなものが出ている店をしらみ潰しに見ていくしかないのかと、これから先の難易度に辟易として来たところで、彼女達の肩がポンと叩かれる。
「アンタらさ、結局は困ってんだろ? 別にアンタらが人間の俺と仲良くしたくないのはわかるんだけど、実際そうして困ってんなら助けさせてくれよ。アンタらとしては俺を利用してればいいだけの話だろ?」
その正体はやはりこの男。二人を助けた日本出身のヒーロー見習い。
「俺はさ、確かにラノベの影響でヒーローになりたいって思ったよ。困ってる人の力になりたいって。動機はそんなチャチなもんでもさ、俺は俺の気持ちに嘘は付けねェんだ。自己満足でもいいさ、だから乗りかかった船なんだ。同郷のよしみってのもあるし、街の中にいる間だけでも、案内役は任せてくれよ」
なんか勝手に語り出した上に勝手に話を進めてくる。確かにこの男の案内があれば街をスムーズに動く事も可能だろう。ならばこれはよう仕方がない。
少女二人は互いに目配せし、互いに仕方ないと溜め息を吐いてから男に振り返る。
「フレアだ。フレア・イールシュタイン。日本名は此処では使わないと決めている。だからフレアと呼んでくれ。よろしく頼む」
「私は泡影です、フレア様の従者をしております。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな。俺は【神崎博之】、好きなように呼んでくれ」
こうして一時的だがフレア達に新たに仲間が加わった。
作り物だが、本物になりたいと足掻く滑稽で勇気のある本物のライオンのような、そんなヒーローが。
はい、今回と前回、フレアのか弱い女の子としての部分、そしてそれでいて責任感ある芯のある部分を書いてみました。
感想、直し、アドバイス等ありましたらお願いします。
と、ヒーローくんの正体ですが、あのアニメ化もした大人気のラノベシリーズの主役に感化されて、自分もヒーローになりたいと、己の理想のヒーローに近付くために頑張る少年でした!