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緋色の魔王の建国物語  作者: 御子柴
第一章 覇道
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第十話 本物の人間

 遂に人間の住む街までやって来たフレア一行。この門をくぐれば先にあるのは今までと全く違った新しくも懐かしい世界。

 さあ行くぞと、此処まで来たのだから絶対に何かしら有益なものを手に入れて帰るぞと意気込みながら同じように街の中へ入る為に耳を隠す為の深めのフードを被り並んでいる列の最後尾へ。


 列に並ん並んでいる者達は明らかに人間であったり、獣やトカゲのような顔をした亜人種まで様々だ。つまりこれは友好的かはさて置き、最低限街に人間以外の種族がいるのは認められているという事。


 どうやら皆通行証のようなものを門兵に提示している。が、そんなものは当然持っていない。

 さてどうするか……無視して通ってしまおう。


「ちょーいちょいちょいちょいお嬢ちゃん、通行証は?」


 失敗だ、止められた。さて、どうするか。


「む? なんだ?何かの勧誘か?」


「そんなわけないでしょ? ほら、通行証出して」


「通行証? なんだそれは?」


 第二の作戦、すっとぼけである。


「は? 通行証知らないの? お嬢ちゃん何処から来たの?」


「向こうの森の奥。出稼ぎに」


「森の奥にって、あの鬼達の棲む森? 町なんてあったかな?」


 どうも半信半疑な様子の門兵、当然だ。フレアは己の住む森が何処かの孤島なのか、広い島国なのか、大陸なのかすら知らず、はたまた近隣にどのような町や村の、国があるのかさえ知らない。

 完全な思い付きでの作戦なのだ。


 しかし、それでも何とかして街のなかに入りたい。此処まで来て門前払いされましたでは格好がつかないのだ。

 ならば次なる手段を取る必要がある。


「ぐすん、わたしが頑張らないと村のおじいちゃん達がごはん食べれなくなっちゃうの」


 泣き落としである。さらに棒読みである。さらに真顔である。

 このような泣き落としが通じるようなものがいるはずもなく_____いや、いた。


(ぶっふぉぅ……フレア様………可愛すぎて鼻血が……っ)


 影の中に潜んでいる泡影である。

 影の中にいる間は実体を持たない影人とであるが、今は実体を持たないことが幸いした。出なければこの影の中は、また影から鼻血という名の赤い染みが広がるところだ。

 しかし、こんなやり取りをするも門兵が騙されるはずもなく、ただ怪しまれるだけである。既にフレアの背後には長蛇の列が出来ている。


「ほら、駄目なものは駄目。並んでる人達に迷惑だから帰りなさい」


 最早フレアの方など見ようともせず、てをヒラヒラと振ってさっさと帰れと促してくる。が、諦めが悪い演技が及第点にも届かない魔王様はしつこく粘る。


「一人くらいいいじゃないか! ケチくさいぞハゲ!」


「ハ、ハゲちゃうわ! こんの小娘……オラ早く帰れ!」


 やはり短気なのが玉にきず。影の中にひそむ泡影の心配をよそにフレアと門前払い兵は掴み合う。もうこれは下手したら入国拒否どころか不法侵入の罪にて投獄される可能性すらある事案となっている。

 これは本当なら憲兵など治安維持を主とする、謂わば警察のような者が出て来たら即アウトだ。


 そなやり取りの中、掴み合いの中で門兵の手がフレアのフードに掛かり、そして引き剥がした。当然隠していたはずのながく横に垂れた耳はピョコンとその存在感を露わにする。

 直後、どよめき。


「えっ、魔物!?」


「魔物が街に侵入しようとしてたのか!」


「道理で薄汚い格好してると思ったよ」


 等、その全てがフレアを否定するもの。殺気立っている者までいる。


「……お前、魔物だったのか?」


「だから何だよ……別に出稼ぎって言葉に嘘はないぞ」


「出稼ぎだろうが何だろうが、お前が通行証を持ってないのと、醜悪な魔物って事に変わりはないがな。ほら、他のずっと並んでる方達に迷惑だから。殺させる前にさっさと失せろ」


 何かが切れる音がした。フレアの中の何かが。

 なんだ?これが人間なのか? 人を見た目でしか判断出来ない、己の価値観のみに拘った。それが人間なのか?

 それにコイツは今何と言った? 他と一緒? 他?


「____ッッざけるな! 何が醜悪だ! 人を見た目でしか判断せず理解出来るものを理解しようともしない! そんなお前こそが醜悪だろうが! そんなんで私の仲間を馬鹿にするなぁッッ!」


 叫んだ。許せないから。大事な民を、臣下を、仲間を馬鹿にされて許せるはずがない。

 歯を食いしばり牙をチラつかせ、眼を怒りの色に染めて門前払い兵へと掴み掛かる。

 しかし、その怒りが門兵へと届く直前、彼女の頭……ちょうどこめかみの部分に何かが当たった。


「…………は?」


 それは石だった。こぶし大と言わないが、それでも人に投げるにしては大きい。当たりどころによっては悲惨な事になりかねないサイズの石が彼女に向かって投げられたのだ。しかも一発ではない。


「消えろっ!」


「汚らしい魔物が人間様に逆らってんじゃねえぞ!」


 など、罵声と共に何個もの石が彼女に向かって投げられる。

 生まれてから一度もこんな事は経験した事がない。人からこれだけの悪意を向けられた事はない。

 これが人間の本性なのかと、己の過去をも否定したくなる程の人間の悪意に彼女の心にはヒビが入る。


(フレア様! 私が出てこいつらを黙らせます!)


(……いや、出るな泡影。危ないからな。命令だ…)


 いつもと違って覇気がない。しおらしい言葉で泡影を諭すフレア。

 元々人間なんかに擦り寄ろうとしたのが間違いだったのだ。こんな穢らわしい奴らに泡影を傷付けさせるなど冗談じゃない。


 いつの間にかフレアから怒りは消えていた。代わりに生まれたのは諦め。人間に対しての、だ。

 この世界にやって来たばかりの頃ならいざ知らず、今ならやろうと思えばこの場にいる全員を消し炭にする事も可能だろう。しかし、感情に任せてそんな事をすれば、フレア自身もこの醜悪な生き物と同列になってしまう。


 私は皆を守る王なのだ。皆を守る纏める王なのだ。その私がこんな所で我を忘れていいはずもない。

 ミケには決して石が当たらぬようにギュッと強く抱き込み、その場にペタンと座り込んだ。好きにしろ。飽きるまで石でも何でも投げるといい。逃げるわけでもなく、私はお前らには屈しないとの意味も込め、彼女はその場から動かない。


(フレア様っ!)


(泡影……命令だと言ったよな。出て来たら絶対に許さんぞ…)


 ただ一匹の飼い猫を守る為に己の腕に抱いてその場に俯いて座り込む。その姿はまるで泣いている少女の様。泡影も影の中にいれども周囲を確認するくらいは出来る。そしてフレアの影の中にいるのだ。フレアの心が泣いている事など手に取るようにわかる。

 己が主を虐げる者共を許せるものか、己が主がこうまでして自分達を守ってくれている。こんな時に何も出来ない自分を許せるものか。


 泡影はただただ影の中で泣き叫ぶ。どうかお願いです、私を出させて下さい。私にこの場にいる者共を黙らせる許可を下さいと。

 黙って勝手に影から出てこの場の人間を皆殺しにすればいいだけとも思う。しかし、それは絶対にフレアが許さない。如何に理不尽な命令であれど、主の命令は絶対なのだ。


 やがて、フレアに石を投げる者達の罵声は【死ね】へと変わる。投げ付けられる悪意にも殺意が混ざりつつある。しかし、此処で動けばフレアはきっと怒りに狂う。それを抑える為にも、ミケと泡影を傷付けさせない為にも彼女はただ耐える。

 悪意と殺意、一方的に投げつけられる石が何発も彼女のこと頭に当たる。顔に当たる。肌はぶつけられた石により裂け、頭は割れ、彼女の白い肌には幾つもの痣と傷、そして血が流れている。此処までよく頑張った。もう怒ってもいい。怒っても逃げても里の者は誰も文句を言うどころか、きっと彼女のその仲間を想う心に涙するだろう。


 なのに彼女は動かない。相手がどんなに醜い存在であろうと、怒りに身を任せてそれらと同じになりたくはない。

 そして、もう我慢の限界だと、仮に首を刎ねられようと、里を追放されようとこの場の人間は全員殺すと泡影が心に決めて影から抜け出そうとした瞬間だった。


「やめろォォオオオッ!」


 フレアと人間達の間に一人の男が割って入った。

 突然の事に影から抜け出そうとしていた泡影も固まり、フレアも思わず顔を上げた。

 この悲惨な現場に割って入るんだ。同族を傷付けられて怒った魔族の手助けか、そんな事を思ったのだが、彼女が……彼女達が見たのは一人の人間の男だ。


 その男はフレアにとっては見慣れた黒い髪と、そして綿素材の上下黒の特徴のある服。彼女がかつて人間だった頃、日本で学校に通っている時に当たり前のように目に入る黒い服。冬はいいが夏前後の衣替えの時期で誰の目から見ても地獄であろう事が如実にわかるあの服、そう、学生服。つまり学ランだ。


「日本……人……?」


 男に聞こえない様、ポツリと漏らす。


 別に見たいわけではないが、もう二度と見る事がないかもしれないと、そんな覚悟までしていた彼女の祖国日本。それを思い起こさせる格好の男がそこにいた。


「お前ら、こんな女の子よってたかって恥ずかしくないのかよ! 人間だろ!? 人間なら人としての心を捨てる様な真似してんじゃねェよッッ!!」


 特に短いわけでもないそんな黒髪が、別にセットしているわけではないのだろうが無造作にぴこんぴこんと寝癖の様に跳ねている。いや、これは寝癖のなのだろう。いくら此処が彼にとっての異世界なのだとしても最低限のセットはしろと言いたくなる。


「何だお前! 邪魔だ退け!」


「良いところに現れやがって! 何様だお前は!」


「何様だと……? ざけんじゃねェよ! よってたかって無抵抗の女の子に石を投げつけるてめェらが何様だよ! この子が何したんだよ! 見ればわかんじゃねェかよ! 腕に抱いてる猫が見えねェのか! この子はただその猫を守ろうとしてたんじゃねェのか! そんな事もわからずただのイメージで魔物を悪だと決め付けて、近寄る度胸も話し掛ける度胸もねェから石を投げる、てめェらこそが魔物じゃねェかよっ!」


 男の迫真の言葉に言葉が出なくなる。フレアも、泡影も、そして門兵達人間も。


「今は昔に世界を支配した魔王もいない! 今は人と魔物が共存を望む時代のはずだ! そこで人間のてめェらがそんなんだから、不幸な人間、魔物達、それが減らねェんだよ!」


「ヤメロ……」


 フレアがポツリと呟いた。


「人を見た目で判断してんじゃねェよクソ野郎! もしてめェらがこれ以上続けるってんなら____」


「ヤメロォォオオッ!」


 男がポキポキと拳を鳴らした所で、フレアが叫んだ。


 やめろ、私を助けようとするな。私は私の大事なものを守るんだ。私は守る側であって、人に……それも人間なんかに守られてたまるか。人間は醜い生き物なんだ。そんな人間になんか助けてもらいたくなんかない。


「……泣きながら…………助けを求める様な目でこっち見ながら何言ってんだよ。人も魔物も関係ねェよ。助けて欲しけりゃそう言えよ。それに俺は助けたいから助けんだ」


 フレアは泣いていた。その大き目の瞳を潤ませ、その眼からボロボロと涙を零していたのだ。

 男が彼女の目の前に立った瞬間に、絶望の中に希望が立ち塞がってくれた瞬間に、彼が本当の人間の正しさを持っていたから、厳しさと優しさを兼ね備えた本当の人としての心を持っていたから。


「まあ、何でもいい。来いよ。行くぞ」


「え、……は? え?」


 フワッと、フレアを謎の浮遊感が襲う。背中と膝の裏に人の手の、腕の感触、体を横に何かに任せるように。


「ちょ……待て、これって……」


「怪我人は黙ってろ」


 男はフレアを横向きに、そう、お姫様抱っこの形で抱き上げると怒りに満ちた表情で門兵の所へ、街の中へ入る為に。


「ちょ、ちょっと待て、何勝手な事を……」


「勝手だからなんだよ。退けよ」


 男がギロリと一睨み。凄まじいまでの気迫に門兵も周囲にいた商人や冒険者達も動く事は出来ず、ただ固まるのみ。

 勝てない……束になってもこの男には勝てない。そう思わせるには十分過ぎる程だった。が、門兵にとっては仕事、己の生活が掛かっている。


「し、しかし私も仕事ですので通すわけには……」


「なら文句は【エスカトリーナ家】に言ってくれ。俺は逃げも隠れもしねェ。俺はそこにいるし、何があっても俺が責任を取る」


 エスカトリーナ家。その名を出しただけで門兵は固まり、周囲の人間達もざわつき始める。その時点でかなりの有力者である事は伺える。


「んじゃ、通るぜ」


 そうして男は門を潜り街の中へ、その腕に抱かれているフレアはただあまりの怒涛の出来事に目を丸くして固まっている事しか出来なかった。

はい、学ラン少年についてなんですが、恐らくは皆さんのご想像通りですが、少し違います。その詳細は次回をお待ちください。

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