第九話 未だ不確定
「生き残っている皆さま、一先ず、おめでとうございます。もう大方の方はお分かりでしょうが、これは唯の、文字入力のバイトではありません。それは釣り餌でしかなく、フレーバーテキストのようなものでしかありません」
男はバリケードとして使用した机やPCを元の位置へと戻しつつ、そのアナウンスを聞いていた。
男の悪魔染みた一撃で散ることとなったその部屋の多くの脱落者たちが、係員に引き連れられ、男の方を睨みながら、部屋から出されていく。
男は別に、恨みを買うことなど、恐れていなかった。その肉体で何とでも捻じ伏せられると分かっているからだ。それにそもそも、男はそんなこと、微塵も気にするつもりはなかった。
男は、どうやってこの先に待ち受けているであろう、悪意に溢れた面倒をやり過ごそうか、色々とシミュレートすることに意識の大半を割いていたからだ。
「それで、です。皆さんにこれをお渡ししましょう。時計です、時計。腕時計。今部屋に入ってきた係員のところまで行って一人一つ、受け取ってください。これらの時計は電波時計です。そして、ちゃっちいプラスチック製っぽい感じですが、実は新素材を使って作った、超絶頑強な時計です。時間は秒単位でどれも一緒であることを、不安なら周囲の方と確かめてみてください」
男はそれを聞き、他の参加者の方へと寄ろうとすると、距離を取られた。誰も彼もが、男から目を逸らす。露骨に無視をする。
そう。男は悪目立ちし過ぎたのだ。
「その時計で13時になれば開始とします。それまでは外に食事を取りにいったり、建物の中を自由に闊歩してもらったり、自由にして貰って構いません。とはいえ、PC以外に明かりになるものはありませんので、暗闇手探りで、となりますが。さて、一時間、皆様と再び会えることを楽しみにしていますよ」
席に戻った男は、そのアナウンスを聞きながら、その意味を考えていた。
自身の信頼が致命的に無い状態であるということを男は知った。なら、どうするべきか。男は頭を捻る。
具体的なルールの全容が未だはっきりさせられていない。意図的に色々なところを隠しているかのように。だから男は、今の自身の状況はそれと同じようにところどころ不確定であり、変えることができるのではないのかと判断した。
これは、ある種の人間心理を測る実験であり、バイトという考えは捨てるべきだと男は決意する。用意した荷物がまるで役に立たないものとなったことが確定したというのに、男は微塵もへこまなかった。