幸せな女の子
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お父さんの車に乗って、家まで帰ってきました。
ルーシーが歩いてきた道を、車はあっという間に飛び越えてしまいます。
「でも、私の方が立派なのよ。
車はおつかいなんて、できないんだもの」
誕生日パーティーは、庭で行われます。
テーブルに並んだ料理を自由に食べられるので、立食パーティーは、ルーシーのお気に召してました。
ルーシーは、車の窓に顔を張り付けます。
会場の庭には、人がもう大勢集まっていました。
「私が来てないのに、みんなせっかちね」
ルーシーが遅いのではありません。みんなが早すぎるのです。
もしルーシーが来なかったら、どうするつもりだったのでしょうか。
主役無しでパーティーが始まったらと思うと、ぞっとします。
「お母さんに苺を渡してこなくっちゃ。
きっと、ケーキも焼き上がっているところよ」
いてもたってもいられずに、お父さんたちを置いて、家に入ります。
お母さんは、キッチンでスープを煮込んでいました。
ルーシーはあまり好きではありませんが、トマトのスープです。
「ママ」
ルーシーが呼ぶと、お母さんが振り返りました。
「ルーシー! 帰ってきてたのね」
「今来たのよ。おつかいもほら、ちゃんとそろえてきたわ」
一番大きい苺をお母さんに見せます。
つやつやと赤い苺は、ルーシーの口よりも大きいくらいでした。
苺を受け取ったお母さんですが、ルーシーの鼻を指でつつきます。
「ルーシー、外で忘れ物をしてきたでしょう」
「忘れ物? してないわ」
「あら。じゃあ、これはどうしたの?」
そう言ってお母さんが取り出したのは、ルーシーの大切な、レースのハンカチでした。
ハンカチは、おじさんの家に預けてきたはずです。
どうして、お母さんがハンカチを持っているのでしょう。
「苺をくださった家の人が、親切にも届けてくれたのよ。
家の前に落ちていたからって」
「落としたんじゃないわ。置いていったのよ」
お母さんには、わからないでしょう。
ルーシーは、ハンカチをポケットにしまいました。
わざわざ返しに来るなんて、なんて頑固なおじさんなんでしょう。
「ねえ、ケーキはもう焼けた? 私もなにか手伝う?」
ルーシーはケーキを見たがりましたが、お母さんはオーブンに近づかせてくれません。
ケーキを見たら、ルーシーがずっと張り付いてしまうと、わかっているのです。
「いいから、庭に行ってきなさいな。
みんな、ルーシーに会いたくてたまらないんだから。行ってあげなきゃかわいそうよ」
「そうね。ちゃんとご挨拶をしとかなくちゃ」
お母さんに言われて、庭に戻ります。
ルーシーを待っていたのは本当で、すぐにエルダやシャルルやロミリアが、駆け寄ってきました。
「ルーシー! やっと帰ってきたのね!」
「私たち、ずっと待ってたのよ。誕生日を祝いに来たのに、ずっといないんだもの!」
「お誕生日おめでとう」
エルダが最初に声を上げて、ロミリアが叫んで、シャルルがはにかみました。
よそゆきの服はどれも素敵で、ルーシーの誕生日を祝うのにぴったりです。
「待たせちゃったのね。
でも、そのおかげで、おいしいケーキが食べられるのよ」
あんなにもらったのですから、独り占めするつもりはありません。
あれだけあれば、みんなにも苺を分けてあげられるでしょう。
「まあ、もうケーキの話をするなんて。ルーシーったら、はしたないわ」
ロミリアは咎めますが、だれだってケーキは大好きです。
「だれか、ケーキの話をしたかい?」
おいしいケーキと聞きつけて、カルロフが顔を出しました。
途端に三人が、ルーシーの後ろに隠れます。
悪戯ばっかりするから、カルロフは嫌われてしまっているのです。
「ひどいなあ、なにもしてないのに隠れるなんて。
ネズミみたいだ」
「よく言うわ! エルダの髪を引っ張っておいて!」
影から顔を出して、ロミルダが睨みました。
エルダはびくびくしながら、手で髪を隠しています。
カルロフったら、ルーシーがいない間に、女の子に悪戯をしていたようです。
「声を掛けるときに手に取っただけさ。
だって、縄みたいに太いおさげだったんだもの。てっきり、ベルだと思ったんだ」
「縄じゃないわ!」
泣きそうな顔でエルダが叫びます。
「カルロフ。女の子の髪の毛を引っ張るなんて、ひどいわ」
じっとカルロフの目を見つめます。
ルーシーは、カルロフが怖くありません。
家がお隣なので、カルロフは、ルーシーにだけは、乱暴にできないのです。
ルーシーがカルロフのお母さんに言いつけてしまえば、カルロフはお母さんにお尻をぶたれます。
「私が見ている限り、悪戯は許さないからね。今日の主役は私よ」
「はいはい、ルーシー様の言う通り。なにもしないよ、女王様」
「女王は嫌よ、お姫様がいいわ」
「そんな怖い顔したお姫様なんていないよ。
怖い女王様がちょうどいいや!」
それだけ言い残すと、カルロフは逃げてしまいました。
まったく、カルロフの逃げ足には、犬も勝てません。
「カルロフったら。プティングを取り上げてしまおうかしら!」
「それがいいのよ! あの人、いっつもお行儀が悪いんだから!」
カルロフに会ったら、ちゃんと謝らせなければなりません。
でなければ、ケーキをおあずけにしてしまいます。
ルーシーは、パーティーに招待したお客さん全員に挨拶をしていきます。
さっき会ったばかりのおじいさんや、会えていなかったカルロフのお母さんとお父さん。
学校の先生に、親戚の従姉妹たち。
おめでとうの言葉をたくさん受け取っているうちに、三時になってしまいました。
大人たちにはワイングラス、子供たちには小さなグラスが配られます。
「ほら、ルーシー。乾杯は貴方がするのよ」
お母さんに背中を押され、ルーシーはみんなの前に立ちました。
並々に注がれたオレンジジュースが、今にも零れそうです。
今日は、本当にいろいろなことがありました。
いつもなら、誕生日プレゼントを受け取って、料理が運ばれてくるのをずっと待っていたでしょう。
なのに今日は、外を歩いて、森で蛇と会って、ヒヨコと仲良くなりました。
人生、なにがあるかわかりません。
「今日は、私のために集まってくれてありがとう。
私の八歳の誕生日を、お祝いしに来てくれて、ありがとう」
ヒヨコはテーブルの隅に乗せています。
こっそりご馳走をつつこうとしたので、おばあちゃんが摘まみあげてしまいました。
「みんな、大好き! これからも、よろしくお願いするわ!」
乾杯! とグラスを掲げると、みんなも一斉にグラスを掲げました。
そこから先は、どんちゃん騒ぎです。
お酒を飲んだ男の人たちは歌を歌いだしますし、女の人は御馳走を食べながら、おしゃべりをします。
ルーシーは好きな物ばかり食べましたが、今日だけは、見逃してもらえました。
みんなにおめでとうと言われて、褒められて、プレゼントもたくさんです。
食べ終わったら、プレゼントの包みを開けて、みんなと遊べます。
「いつだって最高の誕生日だけど、今日はもっと最高だわ。
だって、こんなに頑張ったんだもの」
苺がたくさん乗ったケーキが、その証です。
大きく頬張って、ルーシーは笑みをこぼしました。
今日のルーシーは、世界で一番幸せな女の子です。