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「早く帰りたいよ」

「早く帰りたいよ」


 後ろ手に回され身体をぐるぐる巻きに縛られたメルサは、泣きたいのを堪えて、盗賊に聞こえない小声で呟いた。

 人間になっているチビも同様に縛られ、草の上に転がされている。尖った八重歯を剥き出しにして怒りをあらわに、もがもがともがいている。まるでいもむしだ。

 盗賊たちはメルサとチビを捕まえたあと、二人が金目のものを持っていないことが分かると、縛り上げて放置した。彼らは現在、火で炙った肉を食べ、祝杯をあげているようだ。

 

「殺されなかっただけ儲けもの、かな」


 本当に。

 鉈を持った男が近づいてきたときは、生きた心地がしなかった。


 繁みにいるのが魔獣でもなく、彼らを追ってきた警備兵でもなく、子どもだということを知り、男たちは易々とメルサたちを捕らえてしまったのだ。

 攻撃魔法をぶっぱなしてもいいかメルサがとっさに迷ってしまったことも、簡単に捕まってしまった原因のひとつといえる。

 これが魔術学院なら、そう簡単には捕まらない自信があるのにと悔しく思う。


「子どもなら生きて捕まえておけば高く売れる」


 と予定外の儲けの予感に男たちは、ますます酒が進んでいるようだった。

 チビもまた暴れるかと思ったのに、拍子抜けするほど簡単に捕まっていた。

 盗賊たちはチビのローブをめくると、自身にも慣れ親しんだものをそこに見つけて怪訝な表情をした。


「お、こっちはボウズか。だが、剥いでもいないうちからどうして裸なんだ?」

「こっちの嬢ちゃんも金目のものは持ってねぇですし、着ているものも粗末だな。おいはぎに遭ったあとなのか?」

「かわいそうにな。子どもだけでこんなところをうろついているからだぜ」

「これじゃ、身代金は期待できねぇな。磨いて売るか」

「おいちゃんたちが金持ちの御主人様を見つけてやるからな、いい子にしてるんだぞ」


 しまいにはチビに服を投げ与えて同情する始末。

 魔術学院のローブということさえ気付かない様子だから、彼らは魔法使いではないのだな、とメルサは思った。

 そして逃げる隙を窺いつつ、こうして奴等が盗んできた宝物の詰まった袋と共におとなしく転がされているのだ。


 メルサは盗賊たちが肉を頬張っているのを憎々しげに見ているチビに小声で話しかけた。


「ねぇ、チビはどうしてあのとき……逃げなかったの?」


 ドラゴンに変身すれば飛んで逃げることも、鉤爪で攻撃することもできるはずだった。

 チビは顔をあげ、メルサと視線を合わせた。


「メルサを置いて俺だけ逃げるなんてことするわけないだろ。メルサこそ、どうしてあのとき攻撃魔法出さなかったんだ? コントロールはぜんぜんだけど得意だろ? ドギャーン!!って火花でるやつ」

「う、うん」


 火花のでるドギャーンって……もしかして光魔法と炎魔法の合体技のやつのことかなとメルサは考える。

 前の休暇でエルの実家を訪れたグレンに教えてもらった攻撃魔法だ。威力も命中率もまだまだ練習中だけど、目標に当てられた日はスカッとする。


「魔法使いと魔法使い見習いにはさ、色々制約があるのよ。それを破ったら処罰されちゃうんだ。そのうちのひとつが『魔法使いでないものを魔法及び魔術で害しない』ってやつでさ。攻撃魔法は剣や槍、弓なんかに比べると殺傷能力が段違いだから、非魔法使いを保護して、魔法を悪用する魔法使いを取り締まる法みたいなんだけど」

「へぇ……。メルサって意外にちゃんと勉強してたんだな」

「意外にってなによ。まあ、これはね。入学して早々に叩き込まれたから」

「へぇ~。それじゃ、魔法でなきゃ反撃していいってこと?」

「その手があった!」


 メルサは喜んだが、チビは関心なさげにころりと横を向いた。


「人間ってめんどくさそう」




 しばらくして盗賊たちは気持ちよく酔ったのだろう。三人ともが高いびきをかきはじめた。焚き火はチロチロと燃え、盗賊たちの顔を赤く照らしている。

 そこいらには欠けた茶碗、木の枝を削って肉を刺したであろう串、空の徳利が転がっている。

 どうやら見張り役もいないようだ。子ども相手ということで油断しているらしい。

 メルサはチビにドラゴンに戻るように言った。盗賊たちが与えたワンピースのような服がみるみるしぼんで草地に落ちたかと思うと形を変えて盛り上がった。

 チビの身体を縛っていた縄が弛み、少し難儀していたようだがドラゴンのチビが服の裾から這い出した。


「この縄を切って」

『それよりこのままくわえて飛んで逃げた方が良くない?』


 メルサはミノムシのまま、チビの背中に乗せられてはるか上空を運ばれる自分を想像してみた。

 ころりと転げ落ちてスイカのように潰れるところまで想像して身体が震えた。

 飛行用の軟膏があれば、最悪地面に叩きつけられることはないだろうけれど、あいにく持ち合わせていない。


「このままじゃあ、チビの首にしがみつけないし、もしあの人たちが起きたら反撃できないでしょ?」

『そんなの……メルサがいいっていうなら鉤爪で引き裂いて動けなくさせることくらい簡単なのに』


 土竜だから火だるまにしたり、溺れさせたりはできないんだけどさ、とチビが言う。


『あ、でも地震を起こさせて地面の裂け目に落としたり、砂嵐を起こして目を潰して永遠に光を喪わせたりは出来るよ! やっちゃう?』

「やっちゃわなくていいし!」


 そこまでするとなけなしの良心が痛む。魔法を使わない方法で大人の男、しかも荒くれた盗賊と戦うなどメルサには自信がなかった。

 逃げれるものなら、その方が平和的解決というものじゃない。そうチビを説得すると、チビはやれやれと呆れたように首を振った。

 それでも気持ちは伝わったらしい。渋々といった様子でチビがメルサの縄を噛みきる。首を伸ばしてもメルサの肩くらいの体長しかないチビだが、クワッと口を開けて尖った歯を剥き出しにされるとなかなかの迫力だ。

 初めて会ったときのマリィもそのくらいの大きさだったが、グレンがいうには本来の姿はもっと大きいらしい。

 肩乗りしやすい大きさに変化させているだけなのだそうだ。

 本来の姿以上は大きくなれないらしいから、チビはこれが最大サイズ。手のひらサイズくらいには小さくなれるみたいだけど。


 手首の傷をチビがぺろりと舐めた。擦り傷からうっすらと血が滲んでいることに気づく。

 チビが低く唸った。


『やっぱりヤっちゃった方が良くない? あとあとめんどくさそうだよ』

「だめだってば。さ、帰ろう」

『ちぇ』


 メルサがチビの首にしがみつき、チビの翼が軽く予備運動を始めた時、ジュッと草が焦げる音と匂いがした。

 はっと音のする方を見たメルサは、チビの足元の草が黒く煤けているのに気付いた。


「このまま逃げられると思うな小娘」


 盗賊の頭目らしき男が目を覚まし、そこに立っていた。素手で右手を前に差し出している。

 頭目はドラゴンを見て少し驚き、それからニヤリと唇を歪めた。


「小娘、その歳でドラゴン使いだったか。それはいい。それをこちらへ寄越せ。そうすれば命だけは助けてやる」


 ジリッと頭目が草を踏みしめ近づいてくる。

 メルサはゴクリと唾を飲み込み、チビの首にかけた腕に力をこめた。それをどう解釈したのか頭目の男の表情が剣呑になる。


「おっと、バカな考えを起こすなよ。俺は魔法が使える。丸焼きにされたくなきゃ、素直にドラゴンを置いていきな。……それにしてもあのガキはどうした。嬢ちゃんを置いて先に逃げたのかぁ?」


 威嚇のつもりなのだろう。ジュッと音がして、逆方向の足元の草も黒々と焦げる。

 しかし、相手が魔法使いと知れば遠慮はいらなかった。


「飛んで!!」


 メルサの掛け声とともにチビの翼が力強く羽ばたいた。


「逃がすか!」


 小さな火の玉が幾つもメルサに向かって飛んでくるが、チビがそれを難なく避けた。メルサは必死にチビの首にしがみつく。

 どんどん飛んでくる火の玉を避けるチビの飛行は、酔っ払ったムスカ鳥が飛んでいるかのように乱飛行だった。

 しかし、盗賊の頭目はまともな魔法教育を受けていないとみえて、魔法の素養はあるものの威力は弱い。小さな火の玉をひとつずつ飛ばす程度のもののようだ。

 最初こそ乱発してきたが、それももう息切れ間近らしく勢いが弱っている。これなら逃げられそうだ。


 チビも同じように考えたようだ。もっとも使い魔と契約魔法使いは特別な絆が結ばれる。メルサの考えを読み取ったかのようにチビはぐっと高度を上げた。

 

「逃がすな!!」


 この騒ぎに他の盗賊たちもさすがに酔いがさめたとみえて、ヒュンヒュンと矢が飛ぶ。


『グワァ!』


 その一本がチビのお尻に刺さった。高度が下がる。


「ドラゴンには見えるところに傷をつけるな、小娘はやっちまえ」


 小娘よりドラゴンの方が高く売れるという魂胆が丸見えの盗賊の怒号に、大事なパートナーを傷付けられたメルサはプツンと頭の中の何かが切れる音が聞こえた。


 ほぼ無意識で、杖がない分コントロールの効かない大きな火の玉がメルサの頭上に現れる。

 それは生き物のように唸り、燃え盛る。


 見下ろせばオレンジ色に照らされた盗賊たちの顔には恐怖の色がべったりと貼り付けられていた。それはそうだろう。小娘と侮っていた少女がドラゴン使いで、しかも頭目のご自慢の炎魔法よりもさらに威力の大きい魔法を見せつけ、しかもそれは自分たちをびたりと狙っているのだから。


 少なくともあの連中のうちひとりは魔法使いなんだ。もう構うか!!


 メルサが腕を降り下ろした方角に向けて、火の玉は飛んでいく。

 グオッと熱風をまといながらそれは、盗賊たちに向けて放たれた。


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