「人間になっちゃったの?」
「人間になっちゃったの?」
メルサは驚きの声をあげた。
「……悪い?」
メルサの前に立つのは、同じ年ごろの少年。前髪と襟足が少し長めの黒髪は、くせ毛なのかぴょんぴょんと毛先が遊んでいる。前髪の合間から見える金色の形のよい大きな瞳が、動揺しきりのメルサをじっと見つめていた。
潜在魔力が高く、攻撃系の魔法は得意なメルサは、その実、魔力のコントロールが大の苦手だった。攻撃系ならとにかく標的に向かってぶっぱなせばいいと考えている。
魔術は魔力のコントロールが胆である。攻撃系の魔術もコントロールが大事なのだけれどもそれは彼女の目下の課題である。
そもそも魔法使いによって得意な魔法、そうでない魔法がある。
つまり適性というやつなのであるが、オールマイティーに魔術を操れる魔法使いはそういない。
そんな魔法使いの強い味方が使い魔である。
魔法の基礎を学んだ一年生は、二年生に進級すると自分の使い魔を探す。使い魔と血を介した魔法契約をするのだ。
使い魔の種類は鳥類、トカゲなどの爬虫類、コウモリ、猫、虫、蜘蛛と多岐にわたる。時には悪魔と契約するものもいるとか。
では魔法使いはどうやって使い魔と出会うのか。こればかりは出会いという他なく、まだ一年生の頃に出会ってしまう人もいれば、三年生に進級するまでに見つからない人もいる。
三年生以降は使い魔と力を合わせ、ともに成長していく事が重要視されるため、パートナーが見つからない魔法使いは不利だった。
休暇を終え、学院を訪ねてきたグレンから一個だけ預かったマリィの卵。
三人で協力して孵した。割れないように大事に抱え、交代で温めた。ドラゴンは親の魔力を感じ取って卵の中で成長するという。
たまたま殻が割れ、孵ったときの当番がメルサだったからか、それともメルサの魔力が気に入ったのか、黒いドラゴンの赤ちゃんは、孵るやいなやメルサの指に傷を付け、さっさと契約してしまった。
これを知って落ち込んだのはウィル。
けれども契約を済ませてしまったのであれば仕方がないと納得したようだった。今ではチビと呼び、可愛がっている。
ドラゴンの赤ちゃんは、日に日に成長している。
そして今日、使い魔を変化させる魔法を習ったばかりのメルサは、自分の使い魔であるチビに術をかけた。
ドラゴンをカラスに変化させるつもりが、どうしてこうなってしまったのだろう。おそらく魔力が暴走したのだということだけわかる。
それでも突如煙の中から現れた彼にはチビとの共通点がある。メルサが送った赤のリボンに琥珀の首飾りこそが、彼がチビだという証拠だった。
「わるくは……ないけど」
タジタジとメルサが答えると、チビがぶるりと首を振った。ドラゴンのチビがよくやる仕草だった。
「だったらいいでしょ。僕、一度人間になってみたかったんだよね」
ニコリというよりもニヤリに近い笑みを浮かべると、チビはメルサの寮室を出ていこうとする。
それに気付いてメルサはギョッとした。そして慌てて予備のローブを持って追いかける。
「チビーー! 服! 服着なきゃだめだってー!」
エルがこの場にいなくて、ひとまず良かったと思うメルサだった。
チビをローブで包むと、メルサは元に戻す呪文を唱えた。だが、ムラのあるメルサの魔力は、思ったように働かない。チビは少年の姿のまま退屈そうに「くあ」とアクビをした。
「なぁ」
「ん? もうちょいだから待ってて」
「自分で元に戻るからさ、ちょっとだけ好きにさせてよ」
「え! 自分で戻れるの?」
驚くメルサにチビはニッと唇を引いた。
「僕を誰だと思ってるの。ドラゴンの王、ブラックドラゴン種だよ? ねぇ、メルサ。遊びに行こう」
裸にローブを羽織っただけの姿に頓着することなく、チビはメルサの腕を引いて、窓から飛び出した。
メルサとエルの部屋は、一階ではない。
石造りの堅牢な女子寮の窓から飛び出したチビとメルサは、眼下に灯るオレンジ色の魔法灯を見ながら夜の闇に身を躍らせた。