「今日の夜ごはん、何?」
「今日の夜ごはん、何?」
メルサはウィルを見つけ出すと、ウィルが隠れ蓑にしていた黒いカーテンをいきなり剥いだ。
突然の襲撃者にウィルは赤い眼を見開く。
「な、な、な、な……え、え、え、ご、はん?」
「そ、夜ごはん」
「知らないよ、そんなの」
フラレ男のウィルをからかうでもなく、慰めるでもなく、いきなり夜ごはんが話題とは。
傷心の友を気遣ってそっとしておけないものか、とウィルは呆れる。メルサは至って平常運転な表情を崩さない。
ウィルは鼻をひとつ啜ると、メルサを軽く睨んだ。
「メルサがあんなこと言うから……」
「あ、ごめん。勘違い」
「勘違いって! おかげで僕は赤っ恥だよ!」
「うーん、でも真にうけて告白するあたり、本気でエルのこと好きだったんだ?」
びくっと震えたウィルは、次にモジモジとローブを弄り始めた。
「好きっていうか、なんていうか……」
同性から見ても女の子らしいエルは可愛らしい。天然どじっ子キャラなところも、わざとらしければ鼻につくし、度が過ぎればイライラする。けれどメルサの場合は応援してやりたくなるそれだった。決して人に助けてもらうのを待つわけではなく、ドジで不器用なりに自分でなんとかしようとする。
それでも入学当初は寮の相部屋になったメルサは、エルのことが好きではなかった。何をやらせてものんびりしているし、不器用すぎる。ちゃきちゃきと用事を済ませたいメルサとリズムが会わず、イライラとしていたのだ。
それでも授業ではエルと二人一組で組まされることが多く、メルサは辟易していた。だから軽い気持ちでエルの課題を手伝おうとしたのだが、エルはそれを断った。
メルサは最初、何故断られたのかが分からず腹を立てたのだが、エルが一人で取り組む姿、そしてメルサに迷惑をかけないように、少しずつ課題を早く終わらせられるように努力しているのを知った。それを知ってからは、メルサはエルが課題を終わらせるのをのんびりと待つようになった。
のんびりと友人を観察してみれば、エルがただ遅いだけではないことに気づいた。感覚と直感で魔法を扱い暴発させることもしばしばのメルサとは違い、エルはとても丁寧で失敗させることは少なかった。ーーただし、例えば時間内に10本の針を火皮ねずみから採集するといった課題は、時間内に終わらせられた試しがない。
細かな違いを発見するにつれ、メルサはエルに興味をひかれた。
今ではルームメイトで良かったと思うほどに仲が良い。
メルサは顔を赤くしてモジモジとしているウィルを冷たく見下ろした。
フラレたっていうのに何でまだモジモジしてるの。なんだか面白くない、とメルサは一瞬頬を膨らませた。だがそれも食べ物の事を考えるまでのこと。
「今日の夜ごはん、何かな」
メインディッシュは白身魚のフライ、エメラルドソースがけだといいな。スープはピーナッツカボチャの冷たいポタージュ。サラダにはトナカイのローストが乗ったしわくちゃレタス。デザートは真っ赤なブラッドチェリーのパイが最高だ。
「ウィル、『透明になる薬』で食堂につまみ食いに行こう」
メルサはウィルのローブを掴み、強引にカーテンの陰からウィルを引き剥がした。
ウィルが慌てて声を上げる。
「メル! いつのまにそんな薬手にいれたの? あれは確かコメット教授が……」
魔法薬学のコメット教授の部屋にいつ忍び込んだのかって?
そりゃもちろん、赤点で再提出になったレポートを渡しにコメット教授の部屋に行った時に、教授の目を盗んでに決まっている。
慌てるウィルを引きずってメルサがその部屋を出ようとしたところに、見えない壁に阻まれてメルサが鼻を打った。
尻餅をついたメルサのローブのポケットから紫色の小瓶がひとりでに出てくる。それはふよふよと空に浮かんで止まった。
「やはり、メルサ貴女だったのね」
姿は見えないが、コメット教授の甲高い声がした。
そしてウィルは、メルサが痛みを訴えながら、まるで耳を引っ張られているかのように、ずるずると部屋の外へと出ていくのを見送った。
「夜ごはんまでには戻ってこいよー」
メルサもまた不器用ながら、フラレた自分を励ましに来たのだろうな、とウィルは感じた。
「やっぱり、いきなり指輪の交換はなかったかな。うん、なかったな」
先ほどに比べると幾分明るい顔になったウィルは、そう呟くと、恐らく遅れて来るであろうメルサのために、食堂の席を確保しておいてやろうと思うのだった。