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「銀の指輪、僕があげてもいいよ」

「銀の指輪、僕があげてもいいよ」


 真っ赤になったウィルがエルを引き留めて口を開いた。

 柱の影で聞いていたメルサは、ウィルの上から目線の言い方に「何様だ」とクククッと吹き出すのを必死に堪えていた。


 エルは真っ赤に熟れたウィルの顔をマジマジと見つめた。

 その様子は告白されていることに気付いていないのではないかと心配になるくらいポカンとしている。


「あ、あのさ。エル、……こんなこと催促するのはよくないとは思うんだけど、そろそろ返事もらってもいいかな」


 ウィルはとうとう泣きそうでさえある。エルは夢から醒めたようにハッとして、そして頬を少し朱に染めた。

 かなり遠回しな言い方だけれども、これはウィルからの告白に違いない。


「え、銀の指輪? え、なんで?」


 まじないの途中で魔具としての指輪を人に渡すわけにはいかない。エルは突然のウィルの言葉に非常に動揺した。


 実のところエルは、北の塔でウィルに助けられてからというもの、いつもの赤毛で凡庸としたいたずら仲間としてならアリだが到底恋の相手とは認識していなかったウィルがキラキラ光っているように見えて困っていた。初めは飛行用の軟膏を塗っているのか、妖精の粉を振りかけたのかと思っていたのだが、軟膏や妖精の粉で起こる魔法現象はウィルに起きていない。もっとも魔法薬の授業で作らされる軟膏はともかく、妖精の粉は院長室で厳重に管理されている魔法薬の材料の中でもとりわけ貴重なものだった。ウィルが勝手に持ち出してふんだんに身体に振りかけているとは思えないのだ。


 そこでエルはメルサにウィルが発光しているかと聞いてみた。メルサは光っているようには見えないと答え、エルは自分のその視覚現象を心因性のものであると判断した。

 つまり、魔法を一度も使わなかった自分に対して、フレッドのサポートをしながら習った魔法を見事に使いこなしたウィルに対して嫉妬しているのだと結論づけた。

 次いで、メルサの得意な攻撃魔法はともかく、それ以外の成績は三人ともドングリの背比べなのに、一人だけ置いていかれるのは困ると焦った。


 だがしかし、螺旋階段から落ちそうになったエルを助け、身代わりに落ちてくれたウィルに感謝していないわけではなかった。人の足を引っ張ったりしたいわけではない。だからこそ新月を待って自己の魔力を増幅させる呪いをかけた。次の試験で合格し、三人一緒に進級するために。


 月の満ちるのを利用した呪いは、誕生、再生、成功、成就といった白魔法に向いている。反対に死、失脚、失敗、のろいといった黒魔法は満月から新月にかけて呪いをする。性質は違うが、どちらも満願の日までは途中で止めることは許されない。あと二日で結願となる。試験は三日後だった。

 

 エルは動揺しつつも聞き返した。ウィルの顔は羞恥と緊張で真っ赤になり、身体は決壊間近のダムように震えている。


「なんで、って……君が、僕から指輪を貰いたがっているって……」


 エルはウィルの言葉をじっと聞いている。だが、そこには歓喜の色も恥じらいも感じられない。ウィルはメルサに騙されたのではないかと感じはじめていた。

 エルは自分の指輪にそっと手を重ね、ウィルの視線からそれを隠した。自分がウィルと指輪を交換したがっているという事実はない。もちろん女の子であるがゆえ、そのシチュエーションに憧れのようなものは抱いていたが、相手がウィルだということも、はじめてされた告白が「交換してあげてもいい」なんて言い方だということもエルには想定外だった。

 なによりエルには小さい頃から暫定的に決まった婚約者がいた。それはお隣のお兄さん。の、うちの誰か。グレン=ヴィンセントは男ばかりの三人兄弟の末っ子であり、一番の有力候補ではあったが、少女向けの物語のようにエルの秘めたる初恋の相手という事実はない。ヴィンセント家とは年に数回程度のパーティーに招待されるくらいしか交流はなく、総じて歳上ばかりの婚約者候補はすでに成人して勤めているため、ヴィンセント家当主とエルの父親との間でこうなっているとはいえ、エルはそのうち婚約はヴィンセント家からの要望で破棄されるのではないかと読んでいた。


「えっと、悪いけどウィル。指輪は交換出来ないの。事情は話せないんだけど」


 呪いを施していることは他言できないため、あやふやに言葉を濁す。嫌いではないけど恋人には見られない……と思う。キラキラフィルターは、自分に自信がつけば嫉妬することも無くなるだろうとエルは考えた。

 断られたウィルは、さらに真っ赤になって、声を震わせながらぎこちなく笑った。


「そ、そう。ま、また入り用になったら言ってよ。じゃ、また!」

 

 何度も躓きながら廊下を走り去るウィルを、いくつもの瞳が憐れみの視線でもって見送った。

 メルサは柱の影から出てくると、エルの肩を叩いた。

 

「エル……なんか、ごめん」


 メルサは自分の勘違いでウィルを傷つけたかもしれないと後悔した。きょとんとするエルに一言声をかけると、ウィルの後を追ってメルサも駆け出した。

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