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「今日が新月だったら良かったのに」

「今日が新月だったら良かったのに」


 エルは寮室の窓から夜空を見上げて呟いた。

 夜空には細い月が昇っている。新月の夜まではあと二日といったところであろうか。

 魔女たるもの月の満ち欠けには精通していなくてどうする。月は魔法使いたちにとって神聖な力を与えてくれ、また潜在能力を高めてくれるものなのだから。

 エルはその月を見上げて一つため息を零した。そしてその弱弱しい月光を集めるかのようにエルはスチューデントリングを月の光る方へかざした。


 友人であり同室であるメルサは、ベッドの中で目を瞑りながらエルが起き出す気配を感じていた。そして薄眼を開けてその様子を見ていた。

 エルの切なそうな表情。そして、新月を待ち望む呟き。

 そしてウィルに対する最近のエルの態度から、メルサは理解した。


 (そうか、エルはウィルが好きなのか)


 なぜなら新月から満月にかけては恋愛が上手くいく呪いをする絶好のチャンスだから。

 無の空から徐々に満ちていく月は、力が漲る象徴。人知れず呪いを施し、やがて満月で満願成就となる。

 ただ、この手の呪いは人に知られず深夜に行うものだから、メルサは友人のために気づかなかったフリをすることを心に決めた。


 (くふふ。そうなのね、そうなのね)


 メルサは上掛けの中で忍び笑いを漏らした。







 翌朝、朝食のためにエルとともに食堂へ向かったメルサは、男子塔の階段から降りてきたウィルと偶然会い、そのままいつものように合流した。

 朝食のシリアルとカウ牛の新鮮な乳、フルーツとオムレツとベーコン、そしてサラダをトレイに乗せると、テーブルについた。

 ちなみに学年によって座れる区域が決まっている。一年生であるウィルたちは出入り口に近く、配膳下膳口からは遠い一角である。席順は自由なので各々好きな友達と固まり、談笑しながら食事をするのだ。


 先日もめごとを起こした黒髪おさげのウズは左右に15人ずつ、一度に30人がテーブルにつける一年生用の長テーブルの端っこに座り無言で食事をしていた。ウィルたちの興味を引いたのは、ウズに噛みついていたマレフィの友人であるベラがウズの向かい側に座っていた事だった。

 向かい合わせに座っておきながら二人の間に会話はないようだ。

 仲直りしたんならともかく、まだ気まずいなら離れて座ればいいのにとメルサは思った。授業なら苦手な人と無理やりペアにされることがあっても食事くらいは楽しくとればいいのに、と。

 反対にウィルはそんな二人に好感をもったようだ。

 友達思いのメルサはなんだか面白くなかった。


 そして対称的なのは反対側のテーブル。マレフィとフレッドがなかよく朝食を摂っている。

 マレフィの指には前のようにフレッドのスチューデントリングがはめられていた。





 マレフィの指輪紛失騒ぎの当日の夜、グレンのアドバイスで北の塔に忍び込んだメルサとウィルとエル、そしてフレッドは、塔に入るなり驚いた。

 なぜならそこはカラスの集合団地になっていたからだ。

 昔は何かの祭壇に使われていたらしい北の塔の一階には教会にあるようなベンチが並んでいて、一学年くらいは着席できるようになっていた。ちなみに一学年の定員は約60名だが、その年によって僅かな増減はある。

 つまり60人前後の人間が着席できるだけのベンチがあり、出口から一番遠い奥には石の祭壇があった。そして、塔内部にはどろりと溶けた姿で固まり、埃を被っているろうそくが付いたままの燭台が一定の間隔で設置されている。

 石の床にはカラスが巣材に使った様々なものが落ちて散乱しているし、高い塔の天井の窪み部分には無数のカラスの巣が点在していた。

 ウィルたちが塔に入った時からカラスは警戒しているらしく、ギャアギャアと喚き立てている。


 ウィルたちはびくつきながらもフレッドを先頭にして塔へと入っていった。


「ちょっと薄気味悪いな」


 最後尾のウィルが天井を見上げていった。両手を身体を抱くようにして身を縮めている。


「ああ……メルもエルも待っていたら良かったのに」


 フレッドは後ろを振り向いて自分の背中のローブを掴んで連なっている二人に言った。


「うん、ちょっと後悔してる」


 震えながら返事をしたエルにフレッドが答える。


「それなら外で待っている?」

 

 エルはブンブンと頭を振った。その際にローブのフードからはみ出したピンクの先がカールした髪がぴょんと跳ねた。 


「それもいや。だって外は黒い森だよ?」


 北の塔はマグダラス魔術学院の敷地内とはいえ寮や学舎のある場所とは少し離れていた。そして、北の塔を取り囲むのは黒い森。そこは昼間でさえも森の中までは光が届かない鬱蒼とした森だった。だからこそ魔術に使うヒカリキノコやテングダケ、ナメクジ、カエル、オトギリソウなどが収集、捕獲できるのではあるが。『魔法使いのための薬草学』の授業で入ることはあっても、生徒のみでの黒い森の立ち入りは禁じられている。

 人狼よけの鈴を持っていても、吸血虫よけのお香を焚いていてもなんとなく恐ろしい森なのだ。


「大丈夫、僕のローブに捕まっていて。みんな無事にここを出よう。な、ウィル」


 フレッドが頼もしく杖を胸の前に構えてみせた。


「そ、そうだよ。僕たちがメルサとエルを守るからぁって、わぁ~!!」

「ウィル、大丈夫!?」

「だ、大丈夫。カラスが頭の上ギリギリを飛んでいったんだ」


 頭を抱えてしゃがみこんだウィルを小馬鹿にするように、どこかでカァとひときわ高くカラスが鳴いた。


「ちくしょう、カラスのやつ。僕、絶対二年生でカラスを使い魔に選択しないからな」


 顔を真っ赤にしたウィルは悔しそうに呟いた。


「はやくしないと、まずいな」


 フレッドが天井を仰いで顔をしかめた。カラスがまるで四人に出ていけと言っているかのようにギャアギャアと騒いでいる。歓迎されるとは思っていなかったが、これは危機的状況だ。

 幸い塔の内壁に沿ってらせん状に階段が作られている。それを昇れればカラスの巣を覗くことは出来そうだった。


「とにかく階段を昇ろう。僕が光魔法で照らしながら先頭を行くから、ウィルは障壁シールド魔法を展開できる?」

「うん、まあ一瞬なら」

「それで充分。メルサとエルヴィルはカラスの巣を覗いて指輪を探して貰える?」

「「もちろん、任せて」」

「じゃあ、行こう」


「光の精霊よ我に力を与えたまえ。闇を退け、光を生み出せ」


 フレッドの言葉に応えるように杖の先の石が光を発し、僅かに周囲が明るくなった。フレッドと二番目のエルの顔が見える。


「おお、フレッド上手い」

「いやぁ、それほどでもないよ。光は得意なんだけど闇の魔術が苦手でさ」

「それは仕方がないよ、光と闇は相剋だから」


 フレッドとエルがさっきまでの緊張感を忘れたかのように仲良く話す。闇のなかでメルサがウィルの腕をつねった。


(あなたもしっかりしなさいよ!)


「いてっ!」

「ウィル、どうした」

「なんでもない、カラスにつつかれたのかなぁ……」


(もぉ、情けない)


「ウィルまで光が届かないな、メルサ光出せる?」


 階段の踏板の幅は20センチで一段の高さがまちまちだった。壁から端までの幅も50センチほどしかない。しかも片方の端には欄干もなく塔内部へと開かれている。つまり、体勢を崩せば塔の石の床の上に落ちてしまう。

 メルサとウィルの足元が暗いことを気にしたフレッドが三番目のメルサに声をかけた。


「うん、もちろん」

「ちょぉっと待った!」

「なによ、ウィル」

「メルが光を出したら塔が壊れちゃうよ、メルのは光は光でも閃光弾じゃないか。あ、いてっ!」

「じゃあ、ウィルが光を出してくれる? メルサはシールドお願いしてもいいかな」

「もちろん。シールドよりは炎の玉を出す方が得意なんだけど」

「メルサやめて。火事を起こしたら先生にバレちゃう」

「……焼き鳥にする方が早いのに」

「先輩や先生の使い魔もいるかもしれないのになんてことを。もしやっちゃったら厳罰処分だよ。」

「ちぇ」


 四人は階段を踏み外さないように気を付けながら、カラスの動向にも気を配りつつ塔を昇っていった。

 ときおり巣を荒らされると思ったカラスが鋭い爪とくちばしで攻撃をしてくるが、メルサの障壁魔法で阻まれる。


 そして、四人は指輪を探して塔の上の方まで上がってきた。塔の中程が一番カラスの巣が多く頻繁に攻撃を受けたが、上部となるととたんにカラスの攻撃が減った。

 四人が少し息をつけるようになったそのとき、ウィルの掲げる光に反射してカラスの巣のなかできらんと光るものがあった。

 これまでも反射したかと思えば食堂のスプーンだったり、カーテンを留める金具だったりしたので、エルが慎重に巣に手を伸ばした。

 少し震えるエルの指先に触れた感触は金属。そして細い針金のような部位とボタンのような飾りがついている。


「あった……! きゃ!」


 エルの手をつつくようにカラスが動いた。エルが驚き身を引いた。エルは体勢を崩し階段から落ちそうになる。咄嗟に皆が支えようと手を伸ばした。

 光量が著しく減ったとメルサが感じたとたん、メルサを内壁の方へ押しやり、ウィルが身体を乗り出した。エルは階段の踏み板にへたりこんだが、ウィルは空中に浮かんでいた。

 だがまだ空中浮遊術は習っていない。


「うわぁ!」


 ギャア!


 カラスの声とウィルの叫び声が薄闇に響く。


「ウィル!!」


 ギャアギャアギャアギャアとカラスが闇の中喚き、しばらくしてドサンと砂袋が落ちるような音が不気味に響いた。フレッドもメルサもエルも蒼白になって階段を駆け降りる。

 不思議とカラスの攻撃は止んでいた。


 そして三人が一番下の階まで降りると、そこには床の上に放心して座り込むウィルと、おびただしい数のカラスがいた。

 メルサがウィルに駆け寄ったが、相当な高さから落ちたにも関わらず出血もなければ手足が変な方向にねじまがってもいなかった。

 メルサらは一様に胸を撫で下ろす。と、その場にもう一人気配があるのを感じた三人は、その姿を見てハッとした。

 出入り口に近いところにカラスたちを従えるようにしてマグダラス院長が立っている。


「なにをしていたのですか、ウィル、メルサ、エルヴィル。またあなたたちですか。それにフレッド、あなたまで……」


 マグダラスの声は冷たく地を這うようだった。マグダラスはフレッドの手にあるリングを見て、目を細くした。そしてなにもかも理解しているというように頷いた。

 フレッドが一歩進み出た。


「マグダラス院長すみません。リングを無くしたのを皆に一緒に探してもらっていたんです」

「みんなで協力してひとつのことを成そうとする態度は非常に好ましいとは思います。しかしそれと規則を破ることは別問題です。私がクロウに連絡を受けて駆けつけなければウィルの命はなかったでしょうね」


 マグダラス院長の言葉にフレッドたちは言葉を無くしてうつむいた。


「追って処分は伝えます。まずは……目的のものは見つけられたようですし、戻りましょう」

「はい……」


 寮に戻ったメルサとエルは、男子寮に戻っていくフレッドとウィルを見送った。

 そして四人は翌朝、院長室に呼び出され反省文の提出と図書室の魔術書の埃取りを申し渡された。

 図書室の掃除だと甘くみてはいけない。魔術書を多数載せた本棚は勝手に移動するし、蔵書は貴重な物のばかり。

 棚から本を抜いてははたきをかける。マグダラス院長の罰は魔法を使わせてもらえない。

 ともあれマレフィの指にはフレッドのスチューデントリングが戻ってきた。

 

 それからなのだ。ウィルに本を手渡すエルが、急に本をドサドサと床に落としたりするようになったのは。

 ときどきウィルをボーっとみては、視線が合いそうになると顔を背ける。

 このままでは三人組は解消になってしまうかもしれない。


 メルサは複雑な思いを胸に沈めて友人の恋の成就を祈った。









 だけではない。実はこそっとウィルを焚き付けた。

 ウィルは顔を真っ赤にして「そんなバカな!」と喚き散らした。

 まんざらでもないその態度にメルサはもうひとつウィルに吹き込んだ。その時の表情はたしかにメルサの魔女の資質を証明するものだった。

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