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「あれ? もしかして、お隣だったお兄さん?」

「あれ? もしかして、お隣だったお兄さん?」


 エルヴィルことエルは目の前に立つ男を見て首を傾げた。

 今日は特別に陽光強く暑い日であるのに、目の前の男は首までしっかりとボタンを留めた黒い軍服を着ていながら涼しそうな表情をしている。


「そうだよ」


 軍服の男、グレン=ヴィンセントは過去の自分のように奔放な三人組を見てにっこりとした。

 

「今日はどうしてここへ?」


 ウィルが熱を持った瞳でグレンに問いかけた。

 子どもたちにとって国の中枢で働く魔術騎士団の制服は憧れの対象である。

 遠巻きにしてはいるが、他の子どもたちもそわそわとこちらを気にしている。グレンは注目されていることにくすぐったく感じながら、仔犬のように見上げてくる丸い眼鏡の奥の茶色い瞳へ視線を戻した。


「うん、ちょっと中央からのお使いでね」


 これ以上は聞かれても話せないので仕方がない。グレンは言葉を濁して答えた。

 魔術騎士団はその名の通り騎兵隊なので馬やドラゴンに乗る。だが、一般の騎士に比べて魔法を併用するので、馬やドラゴンをあまり疲れさせず長距離を一気に駆けることができるのだ。そのため遠方へ書状を届ける役割を任されていた。

 ふくろうに届けてもらう方法もあるにはあるのだが、途中で何があるか分からないので、重要な書類は魔術騎士団が運ぶことになっていた。ただし、グレンは書状の内容は知らない。魔術学院院長に届ける書類に魔術騎士団が運ばなくてはいけないほど重要な内容があるのだろうかと少し思う。

 任務であるが故、否やはないが好奇心だけは刺激されてしまう。しかし国家機密なのだから下手な好奇心は我が身に災厄として降りかかるかもしれない。

 グレンはただ自分の任務を確実にこなすことだけを考えることにしていた。


「ふぅーん」


 ごまかし笑いをするグレンの表情を見て、赤毛の少年の眼鏡がきらんと光ったが、それ以上突っ込まれることはなかったのでグレンは胸を撫で下ろした。


 三人組に初めて会ったのは先月。グレンが今回と同じように院長宛の書状を届けに来たときのことだ。

 三人組は院長室のクッキーを盗み食いしようとして忍び込み、盗み食い防止魔法がかかったクッキーに逃げられた挙げ句、院長室で光魔法を爆発させ、部屋をしっちゃかめっちゃかにしていた。

 その光景は今思い出しても笑いが込み上げてくる。

 そのとき、ピンク髪の女の子が隣の家のエルヴィルだということにグレンは気付いていたが、エルヴィルの方はそれどころでは無かったのだろう。頭に貼り付いたマンドラゴラを振り落とそうと暴れて部屋を破壊中だったのだから。


「魔術騎士団のグレンと知り合いなんて羨ましい」


 わっと他の子どもたちに囲まれ、エルは「え? え?」と動揺しきりである。

 それを横目で見つつ、グレンはウィルとメル、そしてエルが囲んでいたテーブルの上に視線を落とした。テーブルの上にはなにやらびっしりと書き込みのある手帳が開いたままで置かれている。


「で、お前たちは何をしていたんだ?」


 グレンの質問の意図にいち早く反応したのはウィルだった。ウィルは眼鏡をきらんと光らせると、探偵のような口ぶりで言った。


「盗難事件なんですよ」


 ウィルの返事に虚を突かれたグレンは、「は?」と間抜けた声を出した。


「マレフィーの銀の指輪が無くなってしまったんです。それで今、関係者の証言を集めているところだったんです」

「ん? 銀の指輪? スチューデントリングか?」

「ええ」

 

 マグダラス魔術学院では学生証としてひとりに一つずつスチューデントリングが与えられていた。銀でできているそれは、生徒たちの身分を証明すると同時に闇の魔術から学生を護ってくれる。そしてまた集中力を高め魔力を増幅させてくれる呪い的な意味合いも込められていた。

 特に個人を識別するような魔術は組み込まれていないため、生徒内では恋人同士で取りかえっこしたりするアイテムとしても使われている。

 マレフィ―は恋人であるフレッドとスチューデントリングを交換したばかりだったらしく、朝な夕なと指から外してはうっとりと見惚れていたそうだ。そして、目を離した隙に指輪は跡形もなく消えてしまったのだという。


「ウズはフレッドの事が好きだったのよ。それなのにフレッドがマレフィに告白したものだから、ウズはマレフィを憎んでいたの。だから……」


 どうやらマレフィの友人らしい金髪の真っ直ぐな長い髪をした少女が、黒いおさげ髪の女の子を意識しながらグレイに言った。さすがに現場を目撃した訳ではないため、決めつけたようには言えなかった彼女の語尾は小さく掻き消える。

 それを聞いたウズは色めき立った。


「ちょっと、証拠もないのに人を疑わないでくれる?」


 強い物言いに怖気づいたか、金髪の長い髪の少女はぐっと言葉を詰まらせる。その様子に調子づいたウズがうすら笑いを浮かべながらマレフィに言い募った。

 

「だいたい、スチューデントリングを交換だなんて校則違反よ」

「交換する相手がいないからってやきもち焼いてるのよ、マレフィ気にすることはないわ」


 グレンは目の前で繰り広げられている舌戦に引いていた。自分の頃も色恋に関するごたごたはあったが、基本男子で徒党を組んでいたグレンには縁遠い話題だった。

 グレンは遠巻きにしている男子へ同情の視線を送った。


「こうなったら、誰が指輪を持っているかグレンさんに探索魔法をかけてもらいましょうよ」


 金髪の少女が勝ち気に言うと、ウズはそれをせせら笑った。


「いいわよ、でも私が持ってなかった時はどうするの。相応の謝罪をしてくれるんでしょうね」


 どうするの、少年。キミが犯人探しなんて探偵気取りで始めたものだから、こんな事態になっちゃったよ。とグレンは赤毛の少年ウィルの様子を窺った。

 ウィルは蒼白な顔で突っ立っている。


 その時、濃いブラウンの髪をした少年が前に出てきた。そして、三人の少女をそれぞれ順番に見ると金髪少女の肩にやんわりと片手を置いた。そして落ち着いた様子で口を開いた。


「もうこんなことよそうよ」

「フレッド……」


 マレフィとウズが縋るような目つきでフレッドを見つめる。


「マレフィがうかつだったことは事実だ。だけど交換した指輪をそんなに喜んでくれたことに僕は喜びを感じている。もしこれでグレンさんに探索魔法をかけてもらって指輪のありかが分かったとして、僕は誰かが犯人と暴かれるのは賛成しない」

「でも! 犯人を野ばなしにしておくの? また次の盗難事件が起きるかもしれないのよ」


 金髪の少女がフレッドに訴えた。それをフレッドは微笑んで受け止めた。そしてフレッドはマレフィの傍に片膝をついた。


「僕は友達を疑いたくない。今も、これからも。マレフィの護りが無くなるからこれを使ったらいい」


 フレッドは自分の指から校章が刻まれた銀の指輪を抜き取ると、マレフィの手を取り指に嵌めた。指輪は生き物のように嵌める人間の指のサイズに合わせて変形し、マレフィの指にぴったり収まった。フレッドは満足そうににこりと微笑む。まるでなにかの儀式のようで見ている生徒たちの頬が少し赤くなった。

 フレッドに手を握られているマレフィは熟れたトマトよりも真っ赤だ。


「それじゃフレッドの護りが無くなるじゃない」


 ウズはひとり苦々しい顔をして言った。


「僕は院長先生に正直に無くしたことを話してくるよ。元々は僕の指輪なんだから」


 グレンは最初フレッドは人が好すぎると思ったが、案外大物だなと印象を改めた。卒業したら魔術騎士団に欲しい逸材かもしれない。人事の決定権はグレンにはないが、推薦くらいはできるだろう。


「おっと、もう時間だな」


 グレンはさっきから蒼くなったり赤くなったりしているウィルを呼び付けた。そして、耳の傍で囁いた。


「北の塔を捜索してみるといいよ探偵くん。そこにはキラキラ光るものを集めたがるカラスたちが巣を作ってるんだ。俺が学生のころから有名でね。その手の紛失事件が相次いでたんだが、上級生からなにも聞いてない? ああ、そう。ま、その頃から確実に代替わりはしてると思うんだけど、探してみる価値はあると思うよ」


 グレンは含み笑いをしつつウィルにそう吹き込んだ。


 カラスは自分の宝物を奪おうとするヤツには容赦ない。だが彼らならなんとかするんじゃないかなとグレンは期待する。

 これが原因でウィルたち三人組とフレッドたちは、またまたマグダラス院長から叱責され罰を受ける羽目になるのだが、次にグレンが学院を訪れたときには大きな絆創膏を頬に貼り付けたウィルが晴れ晴れとした表情でグレンに報告と礼を言ったのだった。

 




 


 




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