「私があちらに移ると、あなたがこちらに来てしまう。それでは意味がないのです。」
「私があちらに移ると、あなたがこちらに来てしまう。それでは意味がないのです」
レドに言われ、チビは首をひねった。
「どういうことだ?」
ですからね、とレドは幼子に噛んで含めるように、忍耐強く説明をする。
数あるドラゴン種の中でも魔力、体力、知力とともに高い能力を持つブラックドラゴン種。生まれたばかりといってもいい幼子のチビは、そのブラックドラゴン種だ。同僚であるマッグとマリィの子どもで、自分にとってはかわいい甥っ子。
いくら基礎値が高いといえ、子どもにはしつけと教育が必要なのは人間の子も同じ。ふつうは親であるマッグとマリィが魔力を与え孵化させて育てるのだが、両親は共働きであるし、そもそもチビは人間の手によって孵化されている。人間の魔力を吸収して孵化したチビには、もう主人がいる。
チビの主人のメルサとかいう少女は、マグダラス魔術学院の見習い魔女だ。まだまだ若く未熟だが、おいしそうな魔力の質をしていた。将来有望ってやつだろう。
(まあ、一番はパウル様だけどね。)
レドは人間の一存でパートナーのパウルとともに教育係に任命されてしまった。
(小娘は、別室でパウル様と個人レッスン……!)
そう考えるとレドは胸がちくちく痛む。
マリィと双子で生まれたレドは、孵化してすぐに親に捨てられた。双子というだけで珍しく親には嫌がられるのに、レドはブラックドラゴンらしくない白い体で生まれたから。
野生のドラゴンならそこで死んでいただろうが、飼いドラゴンだったのが幸いしてヴィンセント家の長子と同じ歳で家同士仲の良かったパウルの家にもらわれ、人の手によって育てられた。
パウルの手のひらのサブレを食べ、パウルの肩に乗り散歩をし、パウルを背中に乗せて飛ぶ。
レドはパウルとともにある今の暮らしが大好きだった。どれくらい好きかというと、もし自分が人間だったらパウルと結婚したいほど。でもそれでは今のようにパウルと寝食ともにずっと一緒ではいられない。
仕事のパートナーとしてパウルに認められていることがなにより嬉しいのだから。
(早く合同レッスンができるまでにチビをしつけなくっちゃ)
決意も新たにレドは、いまだ無駄に後ろをついて回ろうとする好奇心旺盛なチビに『姿勢を正してじっとしている』ことを教えるのだった。
6話の設定を一部変更しました。




