三、『危機が連鎖しようとも』
異世界召喚管理局の目的を魔導ネットワークで調べることはできた。
自らの組織を維持するための生贄を、偶々召喚魔法を成功させたマリティアと奏に求め、殺そうとしている。
これは完全にピルットの襲撃とは別件。むしろ、この事態は、召喚で奏が呼ばれてしまったからこそ起きてしまった。といえなくもない。
次から次と……
歯軋りをしたい気分だが、マリティアを更に不安にさせかねないので我慢。
しかし、これで警察に保護して貰うという当初の目的を達するのが難しくなった。
女性至上主義者の隠れ蓑的な組織であっても、国際的な組織なのだ。
しかも、魔女同盟が国連より権限が強い組織であるのなら、少なくとも町の警察程度でどうこうできるとは奏には思えない。
だが、だからといって、それを甘んじて受け入れる気はさらさらないのだ。
送還されるその時まで、全力で守ると心に誓った。なら、どうする白技奏?
自分に呼び掛けた奏は、好転する材料を探すために、水晶タブレットに指を付ける。
『魔導ネットワークを使って、現状を既にある治安維持組織に伝えられないのか?』
「魔導ネットには、監視システムが存在しています。魔女同盟の名の下に創られたものですから、直轄組織である管理局が使えないということはないと思います」
『アクセスすれば、妨害されると?』
「はい。普通に情報を検索するだけなら問題ないですけど……」
どうやら既に試していたらしい。
賢い子だ。
思わず頭をなでなでしてしまい、マリティアもマリティアではにゃ~っとしてしまう。
そんな場合じゃないとハッとした二人は、若干気まずくなりながら話を進める。
「一応、好転的な情報もあります。まず、今の私達はなんら異世界召喚条約の抵触していないのです」
『抵触条件は?』
「犯罪行為あるいは世界を危機に落としれるなにか」
『随分アバウトだな』
「ですね」
『少なくとも、俺達には正当防衛が適応されるってところか?』
「はい。危機的状況下での召喚は、合法だとネットで書かれていました」
ネットの情報が全面的に正しいとは思えないが、あるいはむこうとこっちでは状況が違うのだろうか?
なんとなくマリティアの信じやすさに不安を感じつつ奏は指を動かす。
『だとすると、なにかしらの偽装の準備をしていると考えられるよな?』
「多分ですけど、広範囲強制翻訳魔法や彼女達が自分の魔法を使わないで、魔法具のみを使っているのが、その一つだと思います」
『その根拠は?』
「古い魔法は今の魔法より偽装がし易いのです。魔術式が単純ですし、術式解析防止の仕組みとかも組み込まれていないことが多いですからね。あと、魔法具は公共魔力でも使えますから、個人の特定が難しくなります」
どこの世界も技術が他に流失するのは困るということなのだろう。どんな仕組みかわかれば、それを基に対抗策が考え出されるのは、戦争などではよくある話だ。公共魔力という言葉についてはよくわからないが、まあ、ニュアンスからして電気のような扱いの魔力なのかもしれない。魔法で社会が回っているのなら、そういう仕組みがあってもおかしくない。となると……
『魔法具の製造番号とかそういうのは存在しないのか?』
「ありますけど、破棄しちゃえばいいだけの話ですからね。なんとでもなるともいます。そういう推理小説とかもありましたし」
根拠がフィクションって……
なんか色々と不安な要素がチラチラでてきているが、魔法具しか使ってないというのは有益な情報だった。
つまりだ。
『彼女達一人が使える魔法は、道具一つに付き、一つって考えてもいいか?』
「高級な物になれば一つの魔法具で複数の魔法が使える物もありますけど、破棄を前提にしているのなら、安価な魔法具しか使わないはずです。新設の組織であり、強引に作られた以上、それほど予算は貰えていないでしょうからね。ただ、あの髑髏の仮面を付けた人だけは普通に魔法を使っているみたいでした」
『根拠は?』
「魔法具が創り出した現象に介入して、瞬間移動を行っていましたから。そういうことは固定の魔法現象しか起こせない魔法具では……不可能だとは言えませんが、難しいはずです。後、通常の管理局の裁判は、必ず執行官一人が随行して、世界に影響が出る前に召喚者を処分する。という形を取っていますから、彼女が普通に魔法を使っても、どうとでもいいわけができると考えているのかもしれません」
普通に魔法が使えるね……
正直、どれが普通で普通じゃないか見分けがつかない奏にはピンとこない話だった。
『そもそも、魔女というのはどんな魔法が使えるんだ?』
その問いに、マリティアは少し困った顔になった。
「個人個人で大きく違います。基本的にやろうと思えばなんでもできますけど、先天属性やどんなハイ・ブルームを持っているかで、得意な魔法が変わるって感じでしょうか?」
『先天属性というのは?』
「魔力には個人個人でなり易い法則や現象があるのです。炎になり易い魔力もあれば、氷になり易い魔力もあるってことですね」
つまり、ピルットという女が光線を多用したのは、得意な魔法だったからってことか。
『得意じゃない魔法を使う場合は、どうなる?』
「消費される魔力量が大きくなったり、時間が掛かったりとかですかね? ですので、使えないわけじゃありません」
ならよっぽどじゃない限り使わないな。戦闘中にそれらのデメリットは場合によっては致命的になりかねない。
『ハイ・ブルームというのは?』
「具現化機構具。魔女が魔法を使うために使う現代のステッキ・箒ですね」
『だとすれば、それを失えば』
「はい。魔法を使えなくなります」
なるほどね……
奏が連想するのは、髑髏仮面の女が取り出した大鎌。つまり、あれが彼女の具現化機構具ということなのだろう。
『執行官が一人随行って話だったが、あの人数は少なくとも正式なものなのか?』
「みたいです。色々と細かい役職とかあるみたいですけど、どれも正しく機能しているとは言い難いみたいですね」
そもそも女性至上主義者が我を強引に通すための隠れ蓑的な組織だ。表向きさえ整っていればそれで十分だったということだろう。
『だとすると、これ以上の増援はないだろうな』
「なんでです?」
『正式な動き以外をすれば、それを口実に捜査が始まるかもしれないだろ? あくまで管理局として正しい行動の結果でなければいけないのなら、それ以上の行動は取れないだろうさ』
「じゃあ、あの人達を退けることができれば……」
『当面の危機は回避できるだろうな。ただし、その後に彼女達が不正を行おうとしていることを明らかにする必要がある』
「でも……相手は十三人ですよ?」
不安そうなマリティアに、奏は微笑み掛けて、水晶タブレットに書き、それを見た彼女は首を傾げることになった。
『大丈夫。そのために町にわざわざ逃げ込んだんだよ』
白い仮面を付けた赤ローブ姿の女性が二人、狭い路地の中を歩いていた。
一応、前後の注意を分担して行っているようだが、お世辞にも上手い警戒の仕方だとは言えなかった。
そもそも、上に対して警戒していないのがいただけない。町に入る時にも思ったが、まるで素人だ。
と上から彼女達を見下ろしている奏は思った。
彼は今、路地の両端の壁に手足を押し付けて、張り付くように路地の上にいるのだ。
ちなみにマリティアは、管理局員達が向かう先の建物の影に隠れて貰っている。
彼女が言うには、召喚魔法に使われた魔力は、黄昏の持ち主であるマリティアの魔力が使われているはずで、管理局はそれを探知して町で待ち伏せしていたんじゃないかという話だった。つまり、向こうにはある程度、マリティアの場所がわかるということ。
本当は、こういう囮のようなことをマリティアにはさせたくなかった奏だが、
「奏さんに抱き抱えられたままだと、邪魔にしかなりませんし、これぐらいしか手助けできそうにないですから」
と強い意志を宿した瞳で言われてしまえば、それを強く否定することもできない。説得する時間もない以上、ならば危険な目に遭う前に決着を付ければいいのだ。
管理局員達が奏の上を通過した瞬間、手に持っていた小石を上斜めに向かって投げる。
レンガ壁に当たり、音が生じると、後ろを警戒していた女も前を向き、手に持つ杖を構えた。
その瞬間、壁から両手足を同時に離し、全身をばねのようにして衝撃を相殺して、音を発てずに女の後ろに着地する。
そして、素早く腕を女の首に回し、締め上げ、一瞬で意識を奪うと、軽くジャンプして再び壁に張り付き、音を発てずに上斜めへと登る。
前を歩いていた女より前に移動すると同時に、気絶させられた女がゆっくりと地面に倒れるのは同時だった。
後ろにいた女が倒れる音を聞き、驚いて振り返る前にいた女。
その背後に音もなく着地すると同時に、先程と同じように首を締め上げた。
まずは二人。残り十一人。
あっさり二人を無力化した後、隠れていたマリティアの所に彼女達を持って行く。
待っていた彼女に奏が頷くと、マリティアも頷き、意識を失っている管理局員達から水晶玉が付いている杖を取り上げた。
じーっと杖を見た後、それを奏に渡すマリティア。
「真ん中にあるスイッチを押すだけで発動する簡単な魔法具ですね。しかも、やっぱり公共魔力を使ったものなので、奏さんでも使えますよ」
受け取った杖を言われた通り見ていると、確かに真ん中に押し込みタイプのスイッチが付いていた。
玩具みたいな道具だな……
持った感じ、プラスチックみたいな軽さと硬さを覚え、どうにも心許ない。
「じゃあ、予定通りに」
もう一本の杖はマリティアが持ったのを確認して、奏は頷いでその場から離れた。
今から彼女は、捕まえた管理局員達を完全に無力化するために、彼女達の服を素っ裸にする予定なのだ。
門の前で隠れていた隠匿の魔法具や投げた石を防いだ攻勢防御魔法具も持っていることを考えれば、むいちゃったほうが安全だと語ったのはマリティアの提案。
魔法具の形は千差万別で、それとわかる特徴がない場合もあるそうだ。
勿論、魔法使いであれば見分けは付くのだが、残念ながら奏は当然、マリティアは魔法使いではない。
本当なら、安全面を考えて、奏がむくまでやるべきだが、流石に意識を失った女性の服を脱がすのは、いくら普通の少年じゃないとはいえ躊躇われたのだ。
完全に落としているから、ちょっとやそっとじゃ起きないだろう。
などと強引に言い聞かせている時、
「うわ……派手な下着ですね……」
思わずって感じにつぶやくマリティアの声が耳に入り、条件反射的に足が止まりそうになったのは、まあ、奏だけの秘密だ。




