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武装魔人  作者: 改樹考果
エピソード壱『狙われる少女』
7/15

一、『異世界召喚管理局』

 赤レンガで作られたヨーロッパ建築に似た町・オータムノーム07で、赤いローブを着た集団に杖を突き付けられている少年と少女。

 百八十以上の高身長。脂肪の一切付いていない筋肉質の体。伸ばし放題になり、無造作に首の上で縛った腰まである黒髪。人を射殺せそうなほど鋭い目。その左目斜め上に走る傷痕が、学生服を着ていなければ未成年どころか、真っ当な人間であるかどうかさえ疑念を抱かせるほどに凶悪な顔付きをしている少年の名は、白技(しらぎ) (そう)

 その奏に片腕で抱き抱えられている少女の名は、マリティア=ムリリム。

 金髪金目のふわふわとした癖っ毛の強いロングヘア。人形のように整った顔立ち。女性としての特徴が出る前の幼子であるため、今はまだ可愛らしい印象を覚えるが、成長すれば絶世の美女になることを窺わせるほどの美少女。

 そんな二人の関係は、召喚された者と召喚した者。

 現代日本から窮地に陥ったマリティアを助けるために、彼女が祖母から受け継いだ魔法具・黄昏によって奏は召喚された。

 元凶となったパルットという女は既に倒しており、後は人里に行き警察組織にマリティアを保護して貰えば、奏の役目は終わるはずだった。

 しかし、夜通し歩いて見付けた町に入る直前、現れたのは異世界召喚管理局だと名乗る仮面を付けた十三人。

 そのリーダー格だと思われる髑髏の仮面をかぶった女は言った。

 「知らんようだが教えてやる。異世界人の召喚は、今やこの世界では重罪なのだよ。知らなかったでは済まされないほどにな」

 そして、宣言する。

 「さあ! 魔女裁判を始めようではないか!」

 その言葉を広範囲強制翻訳魔法というマリティア曰く古い魔法で聞いていた奏は、判断に困っていた。

 現代日本人である奏からすると、魔女裁判という言葉は、無実の罪で次々と拷問に掛けて殺したとか、そういう凄惨なイメージがある。

 しかし、事前にマリティアから聞いたこの世界の名前、魔女の世界(ウィッチワールド)から推察するに、この異世界は魔女が頂点に存在している可能性が高い。

 実際、目の前にいる者達は、魔女同盟というものの直轄組織らしいし、よくよく見れば全員が全員女性らしい身体的特徴を有していた。

 だとすると、イメージとは違いまともな裁判なのかもしれない。

 と思った矢先、杖を突き付けていた管理局員達の一人が、警告なしに杖先から光球を撃ってきた。

 完全な不意打ちだったが、警戒を怠ってなかった奏は難なく避ける。

 奏に当たらず道路に落ちた光球は、まるで水滴のように吸い込まれ、消えた。

 てっきり攻撃的な現象が起きるのかと思っていただけに、眉を顰める奏。

 「駄目です! 避けて奏さん!」

 避けて?

 マリティアの警告に、一瞬戸惑った奏だったが、直ぐになにに対して言った言葉か気付く。

 光球が撃ち込まれた場所を中心に、光の線が発生し、渦巻き状の魔法陣が描かれる。

 まるで浸食するように広がる魔法陣が、避けた奏の足下へと迫った。

 ほぼ同時に奏が感じたのは、大気の急激な変動。

 魔法陣に向って吸い込まれる上の方の動きと、一気に押し出されるかのように吹く下の方の空気。

 それがなにを意味するのか、奏は瞬時に悟る。

 重力が増加しているのか!?

 滑るように足を動かし、その場から更に離れるが、逃げた先に別の局員達から光球が撃ち込まれ始める。

 道路上に次々と魔法陣が描かれ、その全てを避け続ける奏。

 マリティアを抱えたまま、十二人に狙われているというのに、いつまで経っても捕まらない。

 そのことに苛立ったのか、髑髏仮面の女が派手に舌打ちをし、ローブの下から両腕を出す。

 白い手甲に包まれたその手には、彼女の身長より長い柄と歪曲した刃を持つ武器が握られていた。

 死神とかが持つ奴みたいだな。

 奏のその感想の通り、まさしくそれは大鎌だった。

 明らかにローブの下に隠せる大きさではないが、マリティアが飛行船の中で本などを出したように魔法で収納していたのだろう。

 便利な世界だ。

 などと思った瞬間、髑髏仮面の女の姿が掻き消えた。

 自分の鍛えられた動体視力でも消えたと認識したことに、奏は軽く驚く。

 しかし、前提条件として魔法という未知の技術を組み込み、身構えている彼にそれ以上の動揺は生じなかった。

 故に、最も近くに生じた渦巻き状の魔法陣から刃が現れても、大して動じずに僅かに身体をずらして避けることに成功する。

 歪曲した刃が空を切って奏の横を通り過ぎ、続けて魔法陣の中から髑髏仮面の女が現れた。

 ので、蹴る。

 大鎌の柄と奏の足が交差するようになり、爪先が髑髏仮面の女の顎に斜め下から突き刺さった。

 首から上だけ仰け反った髑髏の仮面は、その一撃で意識を失ったのか、膝から崩れ落ちるようにぺたんと道路に座ってしまう。

 直接襲い掛かってきた人物が一瞬で戦闘不能になったことにより、場の空気が止まった。

 マリティアも唖然となっていたが、直ぐにはっとなる。

 「と、とりあえず逃げましょう奏さん」

 彼女の提案に、奏は頷き、走り出す。

 「ちょっ! ちょっと! そっちはっ!」

 マリティアの制止の言葉を無視して、身体を地面すれすれまで倒し、上半身の加重を加えて更に加速する奏。

 向かう先は、オータムノーム07に入るための門。

 当然、その前には、白い仮面を付けた管理局員達がいる。

 しかし、彼女達は何故か光球を撃たなかった。

 奏は見抜いていた。彼女達が魔法を撃つ時、決まって互いの球が当たらないようにしていた。

 それはつまり、ぶつかり合えば相互干渉を引き起こしてしまうということ。

 自分達に対して真っ直ぐ奏が近付いているのに、彼女達が魔法を放てなくなっているのがその良い証拠だろう。

 勿論、上司であると推測できる髑髏仮面の女が意識を失っていることも大きいはずだ。

 指揮系統を失った直後に、それまで行ってきたことをできなくさせれば、混乱が起きる。

 よく訓練された兵隊であれば、僅かな時間で状況を立て直せるだろうが、彼女達にそういう雰囲気はない。

 なんとなく虎の威を借りている不良集団をイメージしつつ、奏は赤いローブの集団の中に飛び込んだ。

 その瞬間、彼女達は四方に一斉に飛び退く。

 髑髏仮面の女を一撃で気絶させた男だ。

 その反応は当然だと奏は思い、予測していた動きだったのだが、若干、違っていた。

 「けっ、けっ、汚らわしい!」

 「ああっ! 男に、男に近付いてしまった!」

 「早く消毒を!」

 ……俺は病原菌かなんかか?

 彼女達の脇を抜けながら聞こえてきた言葉に、奏は眉を顰める。

 森の中を半日以上も歩き続けたのだ。確かに汚いといえなくもないが、それにしてはあんまりな反応だった。

 まあ、言葉の内容からして、そういう意味での汚らわしいではないのだろう。

 そう思いながら、町の中に入った奏の耳に、マリティアのつぶやきが入った。

 「女性至上主義者?」



 町に逃げ込むことに成功した奏は、とりあえず細い石畳の路地の中に逃げ込んだ。

 追手の気配を感じてはいないが、瞬間移動を目撃している以上、瞬時に目の前に現れるなんてことになりかねないので、あまり安心はできない。

 とはいえ、このまま無意味に逃げ続けても、状況は好転しないだろう。

 相手が組織である以上、殺して終わりっというわけにはいかない。

 しかし、それは、殺すための技術しか研鑽してこなかった奏にとって、どうにも手詰まり感を覚えてしまうことだった。

 故に、奏は自らに解を求めるのを早々に諦めた。

 走りながら、マリティアにペンを持つ仕草を見せる。

 聡い彼女はそれだけで奏が言わんとしていることがわかったのか、さっとノートを彼が書き易いように持ってくれた。

 『こっちの裁判というのは、いきなり罪人を裁くものなのか?』

 その問いに、マリティアはブンブンと首を横に振る。

 「あんなのはどう考えても異常です」

 『なら、召喚魔法を使うと重罪というのはでっち上げなのか?』

 「それは……ちょっとわかりません。えっとなんといいますか……私の知識は少し古いのです。その、つい最近まで祖母と山奥に隠れ住んでいて、手に入れられる知識は祖母が隠れ住む際に持ち込んだ書物ぐらいだったので、十年ほど知識が遅れているって感じですかね?」

 つまり、生まれた直後から、マリティアは隠れ住んでいたということになる。だとすると、そこに彼女が狙われた原因が存在していそうだが、今はそれを追及している場合ではない。

 『ご両親。祖父母はご健在か?』

 「……いいえ。父と母は私が生まれた直後に亡くなったそうです。唯一の肉親だった祖母が私を育ててくれたのですけど……先週……」

 言葉を詰まらせるマリティアに、それ以上はいいよという意味を込めて、優しく頭を撫でる。

 『だとすると頼れる人は、誰もいない。ということになるのか?』

 「はい。残念ながら……一応、祖母が万が一の時には頼るようにって、言っていた人の所に向っている途中だったのですが……私自身は面識がありませんし、その人がいるという場所以外、連絡を取る手段がないのです」

 『通信手段がないってことじゃないよな?』

 「ええ、奏さん達の世界の文明を参考に創られた情報ネットワークは存在しています。だけど、何故か通話番号を教わってないのです」

 『その人は立場的になにかしらの高い役職についていたりするのか?』

 「はい」

 なら単純に、通信傍受を傍受されてマリティアの位置が特定されるのを恐れてってことなのだろう。もっとも、その考えは裏目に出てしまっているようだが……

 そう思考しながら、奏はノートに考えとは別の言葉を書いた。

 『情報ネットワークが存在しているって言ったが、もしかして使えるか?』

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