三、『朧舞う紫電』
「あれー? あれー? 逃げたんじゃないの? じゃないの?」
広場に奏が戻ってきたことに気付いたピルットが、小首を傾げる。
可愛らしい仕草であるはずのそれを七色の渦巻きマネキンがやると、酷く不気味に見える。
しかも、それをやっているのが、闇の爆発にさらされている状況下なのだ。対応したのか、慣れたのか、最早警察官達が創り出す魔法は効かなくなっているようだ。
そのことに気付いた白いローブの警察官達は、顔を青ざめさせ、次々と撃つことを止めてしまう。
絶望がその場を支配しようとしていた。
ただ一人、それを感じていながら、それでもなお、前へと歩く奏。
恐怖がないわけではない。
しかし、ここであきらめてしまえば、飛行船で起きたような、十年前に体感してしまった以上の惨劇が引き起こされてしまうだろう。
確信と呼べる予測が、奏の中の怒りを、恨みを、一気に呼び起こし、燃え続ける復讐の感情をピルットに向けさせ、絶望すら飲み込みさせる。
死ぬ気はない。しかし、命の賭け時だ!
ステップを刻み、下半身全て、足の指一本一本すら使ってゆらゆらと動き、ピルットの周りを彷徨うように動き出し、更に上半身を不規則に動かし始める奏。
その動きは風に揺れる柳のようであり、通常の人間の動きでは見受けられないような不自然さを醸し出し、見る物にまるで幻でも見ているかのような印象を抱かせる。
『朧歩き』と名付けている奏が学んできたボクシングや柔術・剣術など、様々な歩法をミックスしたオリジナルの技だ。
これを前にすると、大抵の相手は戸惑う。
それは狙いが定められないからであり、また、近付き殴り掛かっても空を切ってしまうからだ。特に銃などの射撃武器を使う相手ならそれは顕著となる。
奏はピルットの光線を見て、銃との想定戦闘訓練を思い出していた。
銃も光線も直線状の攻撃だ。勿論、速度の違いはあるだろうが、戦い方のベースにすることはできる。
もっとも、捕まった復讐相手を、銃を持った警察官達の中で殺すために想定した訓練なので、一と多数では戦い方の調整が必要になるだろう。
だが、その調整をしている時間はない。
それは、今、実戦でやるしかないのだ。
ゆらゆらと揺れるように回って近付く奏。
まるでそれに合わせるかのように、身体を揺らすピルットは、
「ゆらゆら~、ゆらゆら~」
ふざけた言動をしながら、奏を真正面に捉えるように身体を動かす。
とはいえ、前も後もわからない姿なので、もしかしたら後ろかもしれない。
そういうおちょくった行動をピルットならしそうなのだ。
なんせ向こうは奏の攻撃が効かないと経験してしまっている。その上、目などの器官がなく周囲の状況を理解しているのなら、二つの意味でどちらであろうとかまいやしないだろう。
あるいは前後ろという概念すら彼女の中から消失している可能性だってある。
それがどれだけ行動に影響を与えるか不明だが、対人用に高められた武術を単純に使うのは危険だと推測させた。
目まぐるしく今のピルットを分析しながら、奏は攻撃のタイミングを見計らう。
一種の膠着状態に近いが、ゆっくり回りながら近付いているため、いずれは破られるのは誰が見ても明らか。
当の二人はそれで緊迫している様子はないが、周りの警察官達はそういうわけにはいかなかった。
突然の乱入者。しかも、この世界では無能の烙印を押されることが多い男が、無謀にも魔神に挑んでいる。普通に考えれば、死に行くようなものだが、誰も嘲り馬鹿にできない。
銃を構えながら固唾を飲んで見守るしかできなかったが、一人の警察官が自分の職務を思い出したのか、ハッとした。
彼女は奏を援護するべく、ライフル型の具現化機構具を構え、撃とうとした。
その瞬間、事態は一気に動く。
奏が特殊な歩法を止め、瞬間移動といってもいい速度で、ピルットとの間合いを詰めた。
刹那に頭部と腹部に二つの拳が叩き込まれる。
腰を曲げ、上半身を投げ出すように身体ごと上下に放たれた空手でいう山突きが、紫電の発生と共にピルットの身体を吹き飛ばす。
同時に、七色に渦巻く頭部から光線が放たれ、援護しようとした警察官の真横に走った。
ピルットの注意が、彼女に向ったのを感じ取り、奏は好機と捉え仕掛けたのだ。
別に警察官を助けようとしたわけではない。
だが、結果的に助けられた彼女はポッと顔を赤らめ、同僚に呆れられながら引き摺られるように建物の影に避難している。
なんであれ、これで、広場にはピルットと奏の二人だけになった。
援護はない。あっても効果がないのだから、邪魔なだけだが、だからといって、奏にとって有利な状況ではない。
吹き飛ばされたピルットが、広場に面している建物の壁に叩き付けられ、その面に幾何学的な魔法陣を発生させる。
彼女の身体が地面に着地するより早く、ふっと短く息を吐き、奏が一気に間合いを詰め、その腹に腰だめの正拳突き突き刺す。
打ち込まれた中段突きによって、くの字に曲がるピルット。
奏の攻撃はそれで終わらず、まるで壁に張り付けにするかのように、拳の乱打を振るう。
胴体に対して集中的に突き刺さる紫電を纏った打撃。
まるで放電でもされているかのように舞い散る紫電の中、奏は手応えのなさを感じていた。
防御魔法具の力だけではなく、対魔獣用という建物の力も借りても駄目か……
そう思いつつ、しかし、奏の狙いはダメージを与えることではない。
上手く行けよ!
願いを込めて、次のステップに進もうとした。次の刹那、奏は悪寒を感じ、条件反射的に両拳を眼前に構え、回し蹴りを放つ。
ピルットの脇腹にミドルキックが突き刺さると共に、彼女の頭部から光線が放たれ、奏の上半身に襲い掛かる。
光線が防御している両腕に当たる直前、大量の紫電が発生し、弾く。だが、同時に両手に持つ指輪の魔法具にひびが入ってしまう。
出力限界を越える攻撃力より魔法具が完全に壊れる寸前、奏の蹴りがピルットの身体を横に吹き飛ばす。
なんとか完全に壊れるのを防ぐことはできたが、二度目は無理か……
指輪についているスイッチを押し、紫電の壁が発生するのを素早く確認しつつ、転がるピルットを見る奏。
しかし、途切れることなく攻撃を与えても、光線を撃つのを止められないのはこれで分かった。それならそれでやりようはある。
再び朧歩きを始め、ピルットを翻弄しながら近付く。
吹き飛ばされて通りの前に倒れていたピルットは、ゆっくりと立ち上がりながら、牽制のためか、頭部から短い光線を連射する。
奏の腹部に向けて放たれた光線を、足運びで、あるいは上半身だけで避け続け、ピルットに徐々に間合いを詰め、隙を伺う。
同じことの繰り返しになる。そう思われたが、そうはならなかった。
唐突にピルットの身体がチカチカと輝き出す。
ほぼ同時に背筋が寒くなるのを感じた奏は、本能に身を任せ、全速力で後ろに走り出す。
しかし、建物の影に隠れようとした瞬間、
間に合わない!?
ピルットの身体が膨張し、奏はその七色の光の奔流に巻き込まれてしまった。




