五、『対応し、変化する武』
髑髏女の呼び掛けに、奏は煙突の後ろに隠れながら眉を顰めた。
気配は消しているはずなんだがな……
当てずっぽうに言っている可能性を考えたが、ふと思い、自分が持つ魔法具に目を落とす。
そういえば、マリティアが言ってなかったか? 魔法具かそうじゃないかを魔法使いなら見分けを付けられる。なら、それはどうやって判定する?
奏の疑問の答えは、髑髏女の方から出てきた。
「魔法具の気配がプンプンすんだよ! 杖が一、指輪が五!」
つまり、魔法具に使われている魔法を感じ取れるということか……他ができてなかったことを考えると、ある程度意識しないとわからないか、それともあの女が他の連中より魔法使いとして優れているのか? ……まあ、なんであれ、これは利用できる。
素早く思考をまとめた奏は、なんの躊躇もなく杖と指輪をその場に置き、
「っは、出てこないならそれでいいさ!」
という言葉を聞きながら、屋根から飛び降り、着地と同時に路地を音もなく走り、建物を回り、髑髏女達が立っている下へと移動。
見上げると、髑髏女を取り囲んでいた局員達が屋根の縁に立っており、一列に並んで杖を煙突に向けていた。
「撃て!」
命令と共に光球が放たれる。それと同時に、奏は壁に向かって飛び、手で窓の縁を掴み、壁を蹴って隣の一階上の窓へと跳躍。それをもう一回、更にもう一回やって局員達がいる屋根の縁へと両手を掛けた。
全ての動作が、僅かな音しか発していないため、真下にそんなことをやられているというのに、局員達は一切気付かず光球を撃ち続けている。
そんな彼女達の一番左端下に、奏はぶら下がって機会を待つ。
「流石の化け物も、これじゃあ動けねえよな!」
嘲りの言葉と共に、髑髏女の姿が掻き消えた。
その瞬間、奏は壁を蹴り、縁を支点にぐるりと回って屋根の上に飛び込む。
驚愕する端の局員に背後に一回転して着地し、片腕で首を絞めて気絶させ、もう一つの手で杖を奪い、撃つ。
迫る光球に対して、光球を撃ち返す隣の局員。
光の球と球がぶつかった瞬間、一瞬だけ宙に渦巻きの魔法陣を描き、消滅した。
なるほど、こうなるのか。
などと感心しながら、奏は腕の中の局員を隣に対して押し投げ、反射的に受け止めさせつつ、彼女達に対して容赦なく前蹴りを放つ。
斜めという不安定な足場ということもあってか、踏ん張りの効かない局員は吹き飛び、更に後ろにいた他の連中も巻き込んで屋根から一気に落ちた。
一気に六人を片付けられた。それは喜ぶべき状況なのだが、奏は何故か眉を顰める。
全員を巻き込んだ?
想定では、吹き飛ばせても一人が限界であり、ましてや全員を屋根から叩き落せるなど思ってもいなかった。
奏は自分の実力を正確に把握している。そうでなくては戦術が組めないし、思わぬ誤算を呼び込みかねない。
彼にとって戦いとは、直感によって行うものではなく、理路整然と先を読み、己と敵を把握し、状況と意志を支配に置くものなのだ。
故に、怪我などにより弱くなることは想定内だが、予想外に強くなるというのは、喜ばしいことではない。
加えて、何故蹴りの威力が増したのかその原因がわからないのだ。
しかし、わからなくても状況は進む。
「てめぇ……」
煙突の後ろから髑髏女が現れる。
怒りに震える彼女を無視して、奏は局員達が落ちた方向へと走り、奪った杖を下に向けて撃つ。
発生した重力に押し潰される彼女達を確認し、ため息一つ。
これで完全に六人を無力化させた。
だが、ある意味、ここからが本番だといえる。
背後に骸骨女が着地する音が聞こえた。
「クソ男のくせして、無視するんじゃね!」
走り寄る音と、刃が風を切る音、それだけ情報があれば、振り返らなくても、腰を深く落とすだけで大鎌の一振りを避けられる。
「てめぇ!」
そして、大型武器である以上、一度振り切ってしまえば振り返すまでに奏は攻撃できる。
ブレイクダンスのように背を屋根に付けて回転し、両手を支えに下から伸びるように蹴りを放った。
狙うは骸骨女の顎。
脳を揺らし、気絶させようとしたのだ。
しかし、
「っは! 馬鹿の一つ覚えみてえに顔を狙いやがってよ! 見え見えなんだよ!」
そう嘲る女の顎の前に、なにかがあった。
ガラスのような半透明の障壁。それが奏の蹴りを防いでいた。
まるで鉄板でも蹴ったかのような感覚に、眉を顰めつつ、更に蹴ってその衝撃で横に転がり、屋根から落ちる。
斬り返された大鎌が空を切る気配を感じながら、思考をめぐらす。
あれがあの女の防御魔法か……
マリティアから事前に聞いた話によると、
「魔法使いには色々なタイプがいますが、戦闘職の魔法使いであるのなら、決まって同時並行で使っている魔法がいくつかあります。筋力強化や器官強化、いろいろとありますけど、最も使われているのは防御魔法ですね。まあ、危険な場所で働く魔法使いなら決まって使っている魔法と言った方が正しいかもしれません。えっと、それで防御魔法は、名前の通り、術者の身を守るための魔法で、使い手によってその特性は大きく違います。奏さんが見た雷の攻勢防御魔法とかもその一つですね。なにかしらの属性が付与したり、条件付けをすることで術者の負担や、わざわざ命令しなくても自動で発動させられるとか、これも色々です。でもこれって、逆に言えば、全ての現象に対して万能性を発揮するものはないってことでもあります。だから、なにかしらの欠点や突破点があると思ってくれてもいいですよ」
だとするのなら、あの防御魔法を破るためにはもう少し情報を集める必要があるな。
そう思いながら奏は路地に着地し、走り出す。
直前までいた場所に、大鎌が振り下ろされ、石畳が砕け散る。
大鎌全体に淡い光が宿っている影響か、二階から飛び降りた勢いで石を砕くという乱暴な扱い方したというのに、持ち上げられた刃の先端は一切欠けている様子がない。
刃をそらす技術は身に付けているが、あんなものに直接触ろうという気には、流石の奏でも思わない。が、それならそれで、やりようはある。
追ってくるのを気配で確認しつつ、路地の角を曲がり、向こうから見えなくなる位置になる同時に反転。
髑髏女が路地角から飛び出すと共に、間近に奏がいることに気付き、慌てて大鎌を振るってくるが、不安定な体勢と甘い狙いで放たれた斬撃など当たるはずもない。
石畳に触れるギリギリまで身体を倒して、刃を避け、跳ね上がるように肘鉄を腹部に叩き込む。
だが、またしても半透明の障壁に阻まれてしまう。
髑髏女本人が完全に反応できていなかった。つまり、術者の意思で発動させるものではなく、条件発動。効果範囲は体全体と考えて支障はなさそうか。なら。
瞬時に目の前で起きた現象を分析した奏は、立ち上がりつつ、曲げた肘を伸ばし、大鎌を振り抜いた腕越しに赤いローブの襟にするりと手を伸ばす。
防がれることを覚悟しての掴みだったが、半透明の障壁が現れることはなかった。
「この!」
腕を戻そうとする髑髏女だったが、それより早く、奏は小さく回転し、背負い投げを放った。
背中を石畳に叩き付けられる髑髏女だったが、身体が完全に地面に落ちている様子はない。しかし、直ぐにその原因が消えたのか、髑髏女の背が着く。
なるほど、分かった。
奏が確信を得ると共に、髑髏女が倒れながら大鎌を奏に向けてくる。
「死ね!」
刃の周りに紫電が走り、それが瞬く間に矢の形へと変化して撃ち出される。
が、その頃には奏は路地を曲がって建物の影に隠れており、紫電の矢はむなしく赤レンガの壁に砕け散るだけだった。
遠距離攻撃に切り替えたか。まあ、当然の判断だ。
などと思いながら、壁を蹴って屋上へと登る。
煙突まで移動し、置いていた杖と指輪を回収しようとした時、ほぼ同時に髑髏女が飛び上がってきた。しかも、そのまま空中に留まった。
「空中からなぶ――」
何事かを言うとしていた髑髏女に、奏は魔法具を回収するのを止め、振り向きざまに間合いを一気に詰める。
髑髏女の高度は、丁度屋根の高さと同じぐらいであり、近付けば手が届く位置だった。
慌てて上へと飛ぼうとするが、それより早く、奏は手を伸ばす。
素早く、それでいて威力が全くない柔らかな動きで、右手を髑髏女の腹部に置いた。
その瞬間、全身の筋肉を一気に収縮、解放、回転させ、更に重心移動などのその場からほとんど動かない最小限の動きで運動エネルギーを生じさせ、ただ一点、接触している掌へと集める。
いわゆる寸勁と呼ばれている技に似ているそれが叩き込まれた瞬間、髑髏女の腹が大きく凹み、仮面の隙間から液体を撒き散らしながら真後ろへ真っ直ぐ吹き飛んだ。
髑髏女の防御魔法は、自分にダメージを与える衝撃を自身の一・二センチメートル手前で防ぐというものだった。これは彼女自身の意思とは関係のない条件付けによる反射発動。それはつまり、その条件に抵触しない動作であるのなら身体に触れることができるということ。
実際、奏は彼女の襟首を掴み、投げることまで成功しているのだ。
そこまでわかれば後は簡単だ。単純に、条件に抵触しないように触れ、零距離から攻撃すればよい。
その奏の狙いは見事に当たり、髑髏女の身体は向かいの建物、更にその先の建物の上を通過し、噴水がある広場らしき場所に落ちた。
そんな光景を、掌底を突き出したまま見ていた奏は、眉を大きく顰める。
手応えがなかったというわけではない、逆にあり過ぎたのだ。
本来なら奏の寸勁モドキで人がそこまで飛ぶことはない。精々、一つ建物を越えるか超えないかぐらいが限度のはずだった。
飛行魔法の影響か? それとも、魔力というのが俺にもなにかしらの影響を与え始めているのだろうか?
自分自身に大きな変化を感じない以上、他に要因があるとしか考えられない奏だったが、そのことについての思考は後回しにする。
まずなにより先に、髑髏女が戦闘不能になったか確認しなくてはいけないのだ。
念の為に煙突の裏から指輪だけを回収してズボンのポケットに入れた後、一気に屋根を駆ける。
レンガ建築の間を軽々と飛び越え、広場が見える位置まで行くと、髑髏女が仮面を上にずらして吐いている姿を目撃した。
しかも、広場に落ちた際の衝撃で手放したのか、大鎌が少し離れた場所に転がっている。
これで魔法は使えないか? いや、まだ予備を持っている可能性もある。油断なく行こう。
奏がそう思って屋根の上から飛び降りようとした時、髑髏女がローブの下からなにかを取り出した。
やっぱり予備があったか。
嘆息しそうになった奏だったが、それをする前に眉を顰めることになる。
大鎌じゃない?
髑髏女がローブの下から取り出したのは、彼女より大きい三脚が付いた巨大な筒だった。
金属製のそれの先端には、筒の直径より大きいロケットが付いていた。
ロケットランチャー?
奏の脳裏に浮かんだ言葉を肯定、いやそれ以上の予想外のことを、髑髏女は叫んだ。
「デイビー・クロケットって兵器を知っているか!? お前たちの世界で作られ、使用されることなく破棄された無反動砲。いいや、小型戦術核兵器を!」




