四、『赤煉瓦の町の中で』
マリティアに隠れて貰った路地は、奥が行き止まりになっている場所だった。
つまり、これ以上は逃げられないということになるのだが、それは同時に攻める場所が限定されるということでもある。
警戒する場所を前と上だけに集中して良いのなら、一対十三という条件をある程度は改善させることができるのだ。
奏があえて近くにある森ではなく、町に逃げ込んだのはこの状況を作り出すため。
戦いにおいて、環境というのは重要だ。
勿論、どんな環境でも戦える術は用意できるし、奏はそれが可能な技を有している。
しかし、だからといって、わざわざ向こうが有利に働きそうな場所で闘おうとするほど壊れた人間ではない。
特に今は、不慣れな誰かを守るということをしているのだ。
加えて、殺さないように手加減するというのは、恐ろしく神経を使う。
そもそも、彼にとって技とは殺し前提。
故に、息を吸うように殺すことはできても、生かすように暴力の修練は行っていない。
奏の本心からしてみれば、向こうが命を狙ってきている以上、殺されても文句は言えない。と思ってしまうところがあるが、相手は仮にも国際的な組織だ。完全な犯罪者だったピルットとは訳が違い過ぎる。それに、今この場で人を殺せば、マリティアに負担を掛けてしまうだろう。
前者としての理由より、後者としての理由から、極力殺さないように先行してきた二人の首を絞めて気絶させたというわけだ。
もっとも、あまりの身体の細さに、うっかり圧し折りそうになったりはした。
マリティアが言うには、管理局にいるほとんどの局員は、戦闘職ではないそうだ。
何故なら、そういうことができる人材は、元からある治安維持組織の方へと流れる。誰も好き好んで新設の組織に入りたいと思う奴はいないということらしい。
もっとも、それでも戦闘職の人間がいないかというと、そういうわけではない。
執行官は、裁判で決まった刑を、例え罪人が抵抗したとしても、執行しなくてはいけないのだ。
随分と日本の執行官と違う役割を担っているものだが、そこら辺も管理局独特な仕様である可能性もなくもない。
なんであれ、執行官であるらしき髑髏仮面の女だけは、殺さないようにっという風にはいかないだろうと奏は思っていた。
一応彼は、普通に魔法を使ってきたピルットに勝ってはいる。だが、あれは不意打ちの積み重ねでしかなく、まともに戦ってはいない。
無論、まともに戦うことこそが、戦いというわけではないので、戦いようはあるだろう。
そんな風に考えながら、奏は赤煉瓦建築物の屋根に立っていた。
屋上から攻め込んでくる奴らがいるかと警戒して登ったのだが、どうにもそういう気配がない。
一瞬、作戦なのかと思ったが、奏は直ぐにそれを否定した。
そもそも、彼女達は奏達を嘲っている。
召喚者であるマリティアは、十歳ぐらいの子供であり、召喚された者は男で魔法など存在していない世界の住人だ。
それだけ条件が整っていれば、女性こそ至上の存在だと思っている彼女達に嘲るなという方が無理というものだろう。
まあ、だとするのならそれを利用させて貰うだけだがな。
奏は音を発てずにレンガ屋根の上を歩く。
向かう先は建物と建物を繋いでいる空中通路。
丁度その下を四人組の局員達が歩いているのだ。
先行させた二人がやられたから、倍の数にしたということなのだろうか? 人一人が通るのが丁度な路地で四人とは……
呆れ返りながら、奏は重力操作魔法具の杖をその場に置き、無造作に飛び降りる。
ただし今回は空中通路の縁を掴み地面に落ちるのを防ぎ、最後に通路の下に入ろうとしていた局員の首に足を回した。
両足による首絞めで気絶させる共に、腕力だけで彼女を持ち上げ、身体を揺らし、前を歩く局員に向けて投げ付ける。
気絶した局員にぶつかって、ドミノ倒しのように倒れる彼女達を一瞥もせず、投げた反動で空中通路の屋根に戻った奏は、置いていた杖を回収し、反対側へと飛び降りた。
空中でくるりと身体を回転させると同時に、杖の一本を倒れながら後ろを警戒している彼女達に向け、スイッチを押す。
先端の水晶玉から光球が放たれ、彼女達の下に渦巻き状の魔法陣が形成される。
立ち上がろうとしていた彼女達が、一斉に地面に抑え付けられ、かなりの加重が掛かっているのかうめき声を発し始めた。
身動き一つとれなくなった彼女達と杖を見比べながら、思う。
拘束用としてはあんまり使えないように思えるんだがな……まあ、執行官の魔法に合わせて選択しているんだろうが……
これで六人。残り七人。
気絶させた四人を重ねて強引に持ち上げ、マリティアの元に戻ると、赤いローブと下着を丁寧に畳んでいた。
黒くほぼ紐に近い面積の小さ過ぎる下着に一瞬目を奪われたが、流れる動きで視線をマリティアに戻す奏。
マリティアはマリティアで、大慌てで赤いローブの下にエッチい下着を隠し、何故か顔を真っ赤にした。
「こ、これがこの世界の基準だと思わないでくださいね」
いや、まあ、ん~……
思考すら言葉にならずに困りながら頷く奏。
とりあえず奏は、持っていた彼女達を地面にそっと置き、一人一人石畳の上に寝かし直しつつ、視線を少し離れた場所にいる両手足を縛られている二人の局員に向ける。
彼女達の上には、マリティアの服だと思われる小さなワンピースなどがかけられており、その下が見えるのを防いでいた。
別に裸を見たかったわけではない。
なんだあれ?
奏の視線の先には、ヨーロッパ人ような彫りの深い白人女性に、アフリカ人のような黒肌のスキンヘッドの女性。一見すると普通の女性に見えるが、白人女性には髪の代わりに無数の黒い蛇・黒人女性は鋭く尖った長い耳と、どうにも普通の人間には見えなかった。
「そういえば、奏さんの世界には『幻想人種』はいないのでしたね」
またしても聞いたことがない言葉に、奏は戸惑うしかない。
「蛇頭の人は幻想人種メデューサ。耳が長い人は幻想人種ダークエルフですね。彼女達は――」
マリティアが解説モードになり始めたのを見て、奏は慌てて手を前に出して首を横に振って止めた。
先程は隠れていたため聞いている余裕はあったが、流石にこちらから仕掛けている状況下では長々と話を聞いていられない。
確かに気になることは気になるが、そういう今に関わらない情報は後回しにするべきなのだ。
「ごめんなさい奏さん」
制止の動作で奏の意図に気付いたのか、若干しゅんとするマリティア。
「あっ、でも、これだけは。彼女達は普通の人とは違う特性や能力を持っている場合があります。ですから、その、気を付けてください」
それはまた厄介な話だな……
思わず眉を顰めてしまう奏だが、まあ、もとより向こうに攻撃するチャンスなど与えるつもりはないので、マリティアを安心させるためにも、なるべく事も無げに頷くことにした。
流石に六人も倒されると、いかに見下していようと慎重に行動せざる得なくなったのか、髑髏仮面の女は残りの六人を四方に配置しながら建物の上を移動していた。
ただし、彼女以外の局員達は、不安定な場所での移動が慣れていないのか、斜めの傾いているレンガ屋根をふらふらと動きながら歩いている。
その様子を隣の建物・煙突の影の後ろから見ていた奏は、眉を強く顰めた。
魔法具の選択、戦力を無意味に分散して、ましてや取り囲むように動きもしなかったことから考えて、今まで彼女達がどんな者達を無実の罪で裁いて来たか予想できたからだ。
あんな実力で、高々十年で瓦解するような組織で、強者を無実の罪で裁けるはずがない。
弱者狙いはああいう連中の特徴といえなくもないが……異世界であろうと、女性上位社会であろうと、結局、なにも変わらないわけか……
世の、いや、人の理不尽の片理を目にし、思わずため息が出そうになる奏だが、隠れているので我慢しつつ、手の中にある物を確認する。
奏の手の中には、真珠の指輪のような魔法具が五つあった。
それが町の前で奏が投げた石を弾いた攻勢防御魔法の魔法具だ。
マリティアが局員をむいたのには、これの特定という目的も含まれていた。
公共魔力で使う魔法具である以上、重力増加杖と同じように誰でも使えるようにしてなくてはいけない。
加えて古い魔法でなくてはいけないという向こうの制約がある以上、近年では当たり前になりつつある使用者制限も掛かってないとマリティアは説明した。
要するに利用できるものは、利用させて貰おうということなのだ。
ちなみに姿を消す魔法具は、どうやら下着を含む全ての服に仕込まれていたらしく、全員エッチいのを履いているのは彼女達の仕様らしい。
思春期真っ只中のアホ丸出しな男ならいざ知らず、奏はその程度で心の中の声を明後日の方向に向かって叫びはしないが、どういうセンスなのだろうか? と疑問に持つのは抑えられない。まあ、どうであれ、姿を隠す魔法具がそんな仕様では使いようがない。
子供のマリティアでは色々な意味で着れない上に、動かないことが発動条件であることから無理矢理奏が着てもほぼ意味がないのだ。
まあ、例え使える魔法だったとしても、そんな変態みたいな行為は、よっぽどの窮地でない限り使いはしないだろう。
つまり、彼にとって今の状況は危機でもなんでもないのだ。
勿論、まだ終わっていない以上、油断はしていない。
しかし、懸念事項は既にこれが終わった後に移行しつつある。
自分達の情報がどこまで伝わっているかによって、動き方が随分変わると考えられるのなら、髑髏仮面の女から色々と聞き出さなくてはいけない。
だがそうなると、マリティアの協力が必要不可欠になってしまう。
奏は喋れない・こちらの文字がわからないのだ。場合によっては拷問が必要になるかもしれないのに、それは本当にどうしたものかと悩む奏だったが、なんにせよ先のことを心配し過ぎても良くない。今は彼女達をとっとと無力化させなくてはいけないのだ。
手の中にある指輪のリング側面に付いているボタンを意識しながら、出るタイミングを窺う。
管理局員達が、屋根の端まで移動し、次の建物・奏が隠れている場所に飛び移ろうとする。
前衛の三人が一気に飛び移ろうとしているので、強襲タイミングは飛んだ瞬間だと決め、奏は杖を意識した。
今いる場所は二階建ての屋上なので、飛んでいる真下の路地に光球を撃ち込めば、良い感じに落ちてくれるだろう。まあ、その場合は打ち所が悪くして死ぬ可能性もあるが……
などと懸念した時、
「待て」
髑髏女が局員達を制止した。
「そこにいるのはわかっている。出てこい化け物!」




