魔喰いの森のお人好し。side.魔
魔族側、彼視点のお話。話の流れは同じなので、最後に軽い異種族とのR15程度の描写が入ります。ご注意ください。
ずっと長い間一人きりで暮らしている森(周辺の集落では「魔喰いの森」と呼ばれている森。由来は森に棲みついた魔種族、つまりは僕が関係している)の奥深くに建っている屋敷に拾った彼女を抱きかかえて戻ると、シエンは自分の部屋に連れて行き寝台に寝かせた。
すぐに使える場所が、自室〔そこ〕しかなかったせいだ。
(とりあえず、僕の寝るところはあとで空いてる部屋を掃除して作ろう)
フゥ、と息を吐いて、フードをとる。
灯りのついていない部屋に置かれた、大きな姿見に自分の影が映って慌ててフードを被りなおす。
輝く赤い目は魔族としてはよくある色だ。けれど、その映った髪の色は魔族としては忌み嫌われる色。ゆえに、シエンに近づく魔族は少ない(妖精や精霊は、たまに声をかけてくる。大抵、頼み事だけど)のである。
「どうしよう、拾ってきちゃった……僕、ニンゲンなんて初めてなのに。いや、それ以前に魔族〔同族〕ともほとんど顔会わせてないんだけどっ!」
少し落ち着いて思考が回り始めると、ひとりでに独り言が口に出る。長いこと一人で暮らしていると、ついつい独り言がクセになるのだ。たまに二役とか三役とか演じちゃうこともある……だって、寂しいじゃないか。
あわあわして、部屋の中をあっちに行ったりこっちに行ったりして、チラリと寝台の天蓋を支える柱の横から、眠っている人間の雌 (らしい) を伺う。
目覚める気配は、いまのところなさそうだ。
「怪我の手当て、必要かな?」
見たところ、目立った大きな外傷はない。汗もかいてないし、苦しそうな様子もないから大丈夫だとは思うけれど。
不安になって恐る恐るそばに寄り、彼女に被せた布団を捲った。布団の上に片膝をついた格好で腰掛け、雌〔おんな〕の胸元をくつろげる。
薄手のヒラヒラとした下着が見え、その下には胸の膨らみを包むレース地のゴテゴテとした布が透けている。
シエンは眠る彼女の胸元、みぞおちの上に耳をあて鼓動を聴いた。
トクン、トクンと規則正しく、ゆっくりと脈打つそれにホッとする。
( 良かった )
くつろげた衣服を元に戻して、見える傷だけでも薬を塗っておこうと立ち上がる。そして、そのあとは食べ物の調達……自分の料理を他人に振る舞ったことなどないけれど、美味しい食材〔もの〕用意しとかなくちゃ!
(ヒトカゲの尻尾とか、モリミズチの目玉とか、好きかな? だったらいいのに)
そんなことを考えながら、いそいそと彼は部屋を出て行った。
傷に薬を塗り、部屋の出入りを繰り返して何度目かの時――聞こえた声に心の臓が飛び上がった。
「誰、じゃ?」
聞いたことのない涼やかな響き。
(これが、声? 小鳥の囀りみたいだ……)
初めて耳にする、人間の雌の声に戸惑う。
何か気の利いたことを答えなくては、と思うのに、まるで思い浮かばない。人間どころか同族相手にも経験が少なすぎるのだ。
息を止め、ジリジリと下がり……それではダメだと、足踏みしていると彼女がまた話してくれた。
「妾〔わらわ〕を助けてくれたのか? それとも喰らうつもりか? どちらでも、好きにするがよい」
暗い中でも、綺麗に微笑む彼女の顔が見えた。妖しく、透きとおる氷を思わせる潔さ。
長くツヤリとした黒髪に、力のある石のような黒の瞳。肌は白く輝いて、細いのにしなやかな曲線を持っている。
気の利いた言葉を探していた唇が、勝手に動いた。
「喰らう、しない。助けた、わけでも……運んだ、だけ」
誰かと会話をするなんて、いつぶりだろう?
錆び付いた機械のように、発した言葉は片言でひどく掠れている。
フッ、寝台で横になっている彼女が嬉しそうに笑った気がした。気のせい、だと思うけど。
「そうか。では、礼は言わぬ。世話をかけたな……もうしばらく世話になっても、よいかの?」
「……はい」
「妾はエリル。解っておろうが、魔族ではない。向こうではもう少し長い名を持つが、ここでは意味がなかろう? 好きに呼べ」
エリル。
それが、この美しい雌の名前。
「エリル、さま」
シエンにとっては当たり前だった呼び方だけど、エリルにはひどく意表をついた呼び名だったらしく笑われてしまった。
そして、どうやら無傷だと思っていた胸のあたりを少々打っているのか、痛みを訴えた。
(大変だ! あとで薬草を持ってこよう)
と、思案しているとエリルが部屋が暗いと言い出したから、息ができない。体が震えた。
「明かりをつけて、くれぬか?」
「………」
「イヤ、か。まあ、よいわ……名は?」
「 シエン 」
魔族の中でも忌み嫌われる姿を見たら、また一人になるかもしれない。
(やっと来た、貴女は……僕の「番い」? 「番い」、だよね――)
大事にして、ここを好きになってもらうんだ! 再び眠りについたエリルを眺めて、シエンは秘やかに彼女の待遇を心に決める。
甘やかして、大事に、大事にする。
そう、最初から、多分、そういう運命だったんだ――。
*** ***
彼女の胸に薬草の湿布を貼る時(何故か、僕が貼ることになった。裸の胸、全部見えてますけどいいんですか? あ、暗いからいいのか……)や、食事を一緒にする時(僕しかいない、なんて殺し文句ですよね。まあ、事実ここには 僕 しか棲んでないので選択の余地が……)に勘違いしそうになるけれど、安易に自惚れないよう戒めてますよ。ちゃんと。()部分要参照。
彼女の怪我が治るまで、と耐えていると掴まれた腕を思いっきり引き落とされていた。
「ひっわぁぁぁっ!」
不意をついた衝撃に出た声は、とても情けないものだった。し、仕方ないじゃないかっ!
「な、何を……なさるのです?」
押し倒される、なんて思ってもみない。しかも、相手は「番い」と定めた雌……いや。いやいやいや! あり得ないよっ。
「契って欲しい」と請われても、白昼夢としか思えない。じつはよく見るんだ、僕!
一人でいると、見ちゃうよねっ。
あわあわしていると、番いに恫喝された。あっ、番いって勝手に呼んじゃった!
(うっ、浮かれるな、浮かれちゃダメだっ、浮かれたら死ぬ!! 突き落とされたら死んでしまうっっ)
「え、エリル様?」
「何じゃ」
「僕は、魔族ですよ?」
覆い被さる彼女はきょとんとする。可愛い、可愛すぎますっ。甘やかしたい……!
「だから? 妾では不満かの?」
「いえ。伴侶は欲しい……正直、飢えています」
勝手に番いとか、呼んでて引きますよ。きっと。
「ならば、好都合じゃ。妾もお主がいいのだ、お主しかおらぬ――とさえ思うておる。今ではの」
それは。
「僕が、どんな、姿でも?」
ふっ、と彼女は覆い被さっていた体を持ち上げて、シエンの不安を祓うかのように、ホホホと妖艶に笑ってみせた。
「心配なら、見せてみれば良い。それで妾の気が変われば、いいがの?」
その日(じつは昼過ぎだった)から三日三晩、僕は彼女を抱き続けた。
僕らの種族では、これが当たり前なんだ。
流石にぐったりとなったシエンの上に乗ったエリルが、彼の両頬を包んで白い前髪を撫で分ける。
露わになった額と髪に口づけられ、頬が熱く火照る。
彼の白い髪も赤い瞳も、彼女にとっては嫌うべき特徴ではなく、愛でる対象であるらしい(信じられないけど、嬉しい誤算だ)。シエンの種族が白蛇の姿でもその言葉は翻らず、本性で愛しても嫌がらなかった(ちょっと驚いてはいたけれど逆にすごく喜んでたな。なんでだろう?)。
「エリル、さま」
唇を塞いでいた彼女の唇〔それ〕が離れ、シエンは正式な番いとなった雌の名前を呼ぶ。
素肌を這う番いの白い手は官能的に動いて、体の線をなぞるみたいに爪を滑らせた。
そうされると、なんだか変な気分になるんだけど……さすがに今は 少し 辛い。
「シエン、腹が空いたの」
それは人間の彼女も同じだったようで、ポツリと呟く。
「 ! 」
合間に水分補給はしたけれど、食べ物らしい食べ物はほとんど口にしていなかった。番いに無理を強いるなんて……本来、あってはならないことだ。
でも、お互いに初めてだったし、夢中になってしまったんだ。僕の馬鹿!!
「すぐ、ご用意します。エリル様」
「うむ」
満足そうに微笑むエリルに、ホッとする。
まだ、呆れられたわけではないようだ。
ガバリと寝台から起き上がった彼に、スルリと彼女の腕が後ろから巻きつく。
「まだじゃ、まだ……足りぬ」
脱ぎ捨てていた服を掻き集めて身につけ始めたシエンに、その声は届かなかった。というか、意味がよく理解できていなかった。
「え?」と振り返った彼に、シーツの波間に寝そべった裸の彼女は興がいったようにコロコロと笑って、うっそりと口元に美しい笑みを浮かべる。
「何でもないわ。お主は有能よの、シエン?」
食事のあと、まさか「番い」である彼女に再び押し倒されるとは露とも知らない彼は素直に喜び(どうせなら押し倒したいんだよ! 僕だって)、跳ねる足取りで部屋を出て行った。
とりあえず、ここまでで一度完結とさせていただきます。
出会いの場面だけの短い話でしたが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。2013年が巳年……ということもあり、彼の外見はニョロニョロでした。
爬虫類が苦手な方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ありません。一応、詳細は伏せたので大丈夫(だと思いたい!)!
本年もよろしくお願いします! の気持ちと、
ここまでお付き合いいただいた感謝を込めて。
追伸、
今年中には、彼らの続きを投稿できたらなあ……と思っています。