魔喰いの森のお人好し。序
序、なので短いです。
暗澹とした闇の向こう、鬱蒼と濃密な緑の空気と生い茂る草木が腐ることで生まれる独特のかび臭い匂いが充満している。
不思議なことにそれらは夜になるとしっとりと冷えた外気に緩和されて、意外と心地良く鼻孔を擽〔くすぐ〕る。昼はそれが少し濃すぎて、長く歩くことは難しいのに、だ。
ガサリ
街灯などない、森の暗闇。この夜は月が大きく欠けているせいで、特に視界は悪い。新月でないのが唯一の光明である。
カサリ、カサリとゆっくり歩いていた影が、立ち止まり……その足下にある、見慣れない存在に軽く瞠目した。
その瞳の色は、輝く深紅。だが、この世界ではそう珍しい色ではない。
フードを深く被っている影は、蹲〔うずくま〕りその存在〔ぬくもり〕を確かめると不思議そうな様子で呟いた。
「おんな?」
しかも、人間の。
と、どうしたものかと考えて、遠く獣の咆哮を耳にして、すぐそばの腐葉土を踏みしめる気配を感じ、悩むのをやめた。
白い肌の少女の頬は少し土に汚れ、枝でひっかいたような傷がある。ほかにももしかしたらひどい怪我をしているかもしれない。
着ている衣服はここらの部族が好むものではなく、明らかにあちら側からの客だと分かる。
長い黒髪、瞳の色はきっと赤ではないだろう。
ならば、生命力は自分たちよりもはるかに低いはずだ。放っておけば、確実に命を落とすに違いない。
影は女を背負うと、ゆっくりと元来た道を戻っていく。
森の奥深く、獣の咆哮が響くその奥へ――。