高校生・2年・春・本屋
「たっくんにはね、お姉さんがいたんだ」
スノさんの言葉を理解することを、俺の脳は拒んだ。
「ずいぶん、面倒だよね」
本屋に居座る僕の鏡は、僕を見ながら呟く。
「全く、彼、いきなり殺そうとしてくるんだから。ところで須野、君、ここのタツヤくんにはお姉さんのことをちゃんと話したのかい?」
「話したよ、公園に行かせる前にね」
竜也と光星の姉。しかし、彼らには姉の記憶がない。その大切な時間すら、青い石は奪っていった。いや、青い石のせいなのか。それは違う。本当は、彼が。他の誰でもない、タツヤくんが……。
「はっきり言って、わたしはあまりよく分かってないんだ。この世界のことが分からないとか、そういうことじゃなくて、この世界の兄弟たちのこととか、姉さんのこととか、そもそもあっちの世界の辰也くんが何をしたのかも分からない」
「……」
雪はなにも知らない。これは、全て兄弟間で起こったことだ。その一部が僕たちのもとへ来た。ただそれだけだ。
「分かった、話すよ。僕の知っていることを」
「ずっと気になっていたんだ」
「何がだい?」
「彼女」
光星が指す場所は、海。波のない、青い地面のようにしか思えない透き通った青の下には、女性がいた。髪が浮かぶ、服が浮かぶ。顔さえ見えないものの、神秘的で、神々しい。
「彼女、誰?」
「ああ、あの人はね……姉さん、だね」
「お兄さんの?」
「そう、こっちの世界の、オレと、光成の、姉」
「でも、僕たちに姉はいないよ」
その一言で、辰也は顔を歪めた。
「生贄だよ」
「何の?」
「今起こっている、すべての。姉さんもそうさ。世界が違う二人の姉は、生贄になったんだ」
「それが、僕がここにいる理由?」
「そうかもね」
「兄弟喧嘩、というべきかな。こっちの世界の竜也くんと光星くんの話が食い違って、イライラして、喧嘩に発展した。それが最初だ。その不協和音は、雪の世界にも渡っていった。辰也くんと光成くんはまだ幼かったからね。よく分からないまま、自然と喧嘩に繋がった。そのままならよかったんだ。だけど、それらは同時に起こった。姉への八つ当たりと、弟への暴言。内容はこうだ。”お前なんか、弟じゃない。消えろ。姉ちゃんも嫌だ、いなくなって!”ってね。それが、衝撃を生み出した。二つの世界は違うはずなのに全く同じものになり、二人のタツヤくんの願いは青い石を通して叶った。二人のお姉さんを犠牲にしてね」
「それが、君が記録本で知った真実ってことかな?」
「そう。もう、燃やしたよ……」
公園。…………………………思い出す。
起き上がると、ベンチに寝かされていたことに気付いた。時間は……2時間経っている。不思議だ、とても心地がよい。何故だろう。とにかく、家に帰る。……いや、本屋に行こう。スノさんじゃなかった。もしかしたら、本屋にいるかもしれない。スノさんも、スノさんじゃない彼も。
「あれが、竜也……似てるなあ」
透明な女性が、宙に浮かび、竜也の後ろ姿を見ていた。